枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

をのこは、また、随身こそ

 をのこ(従者の男)と言ったら、やっぱり「随身」がベストでしょうね。とっても美しくて立派な貴族の方々だって、ボディガードの随身を従えてなかったら、かなりのガッカリもの。弁官なんかは、すごくいかした官職だと思ってはいるんだけど、下襲の裾は短いし、随身がつかないのは全然だめなのよね。


----------訳者の戯言---------

随身」というのは今で言うSPとかボディガードです。厳密に言うと、上皇や上達部(三位以上の上級貴族。参議の場合は四位でもこの中に入る)に付けられる警護の武官ですから、ま、従者とは言っても、スペシャリストである公務員なわけですね。上皇には十四人、摂政・関白には十人、大臣・大将には八人、納言・参議には六人、という具合に、身分や官職により数が決められていました。

弁(弁官)というのは、朝廷の最高機関「太政官」の事務官僚で四位五位相当です。学識ある有能な人材がこの官に任用されていたらしいですね。

下襲については「よろこび奏するこそ」に出てきました。今の服装の感じで言うと、シャツみたいなもののようです。
下襲の裾は、身分が高いほど長かったらしく、947年に下襲の長さが、親王上着から1尺5寸(約45cm)、大臣1尺(約30cm)、納言8寸(約24cm)、参議6寸(約18cm)とした(世界大百科事典 第2版)と何かに書かれているそうです。
で、弁官の着る下襲の裾の長さは同格の武官に比べても短かったそうですね。ま、服で官位がわかるシステム自体、どうかとは思いますけど。嫌な社会です。

四位五位の弁官というと、立派な貴族ですが、清少納言的にはだめなようですね。ここでは、最低でも随身が付くぐらいでなきゃね、と言ってますから、少納言清少納言のことではありません)以上の官職になって、随身を従える身分にならないと彼女には認めてもらえないんですね。

しかし。人を官位で判断するようでは、大したことはありません。
SPがついてないっていうだけで、その人に対してガッカリするような人に「をかし」を語られてもなーと思います。


【原文】

 をのこは、また、随身こそあめれ。いみじう美々しうてをかしき君達も、随身なきは、いとしらじらし。弁などは、いとをかしき官(つかさ)に思ひたれど、下襲の裾(しり)短くて、随身のなきぞいとわろきや。

 

現代語訳 枕草子 (岩波現代文庫)

現代語訳 枕草子 (岩波現代文庫)

 

 

主殿司こそ

 主殿司ほど、いかしてる職業ってあるかしら? いや、ないと思うわ。下級の女子スタッフの立場なんかからすると、こんなにうらやましい存在はないわね。身分の高い人にも、ぜひやってほしいお仕事。若くて、きれいな人が、着こなしも決まってたりすると、もっと、さらにカッコいいでしょうね。少し齢を重ねたら、仕事の中身も熟知して、厚かましいくらいなのも、すごくぴったりはまってて、それもいい感じなの。

 主殿司の中で顔のかわいい子を一人選んで、着るものは季節に合わせてコーディネート、裳や唐衣なんかは、最新のトレンド感のあるものにして、歩かせたいもんだわ、って思うのよね。


----------訳者の戯言---------

殿司(とのもづかさ・とのもりづかさ)は、元々は後宮十二司の1つで、後宮の清掃、輿などの乗り物、灯油・火燭・炭薪などの内部の照明などを担当した部署でした。平安時代中期以後に後宮の再編と十二司の解体に伴って、「主殿寮」に吸収されて同署より内侍司に対して派遣される形となったそうです。こうした女官が主殿司(とのもづかさ/とのもりづかさ)あるいは主殿女官と呼ばれたそうです。当然、実際に作業をする女孺などと呼ばれるスタッフがいましたから、そのマネジメントをするのが「主殿司」であったということになります。

裳(も)というのは、表着の上で腰に巻くものだそうです。後ろに裾を長く引くらしい。
唐衣(からぎぬ)は十二単の一番上に着る丈の短い上着、とのこと。

この段も一種の女性キャリア論だと思うんですが、途中まで「キャリアを積んだらどうなるか」みたいなことを少しは書いてたにもかかわらず、結局最後のところでまた「見かけ」「スタイル」「オシャレ」重視のかっこよさ的な薄っぺらい結論に落ち着くという展開。そりゃ、キャリア女性にとって、ファッションセンス、着こなしも重要な要素の一つであることは認めますよ。しかしこれ、今のファッション誌とあんまり変わりないって。

むしろファッション誌はファッション誌としての役目もポリシーもあるからいいのだけど、枕草子は趣旨か違いますからね、そもそも。
とまあ、またまたdisりながらの読書です。私も他人のことを言えた義理ではありませんね。


【原文】

 主殿司(とのもりづかさ)こそ、なほをかしきものはあれ。下女(しもをんな)の際(きは)は、さばかりうらやましきものはなし。よき人にもせさせまほしきわざなめり。若く、形よからむが、なりなどよくてあらむは、ましてよからむかし。少し老いて、物の例知り、面(おも)なきさまなるも、いとつきづきしくめやすし。

 主殿司の顔愛敬づきたらむ、一人持たりて、装束時にしたがひ、裳、唐衣など、今めかしくてありかせばや、とこそおぼゆれ。

 

すらすら読める枕草子

すらすら読める枕草子

 

 

細殿に人あまたゐて

 細殿に人がいっぱいいて、おもしろくもないおしゃべりをしてたら、キレイな感じの男性や小舎人童なんかが、いかした包みや袋とかに服を包んで、指貫の裾の紐なんかが見えたりしながら、弓、矢、楯とかも持って歩くんだけど、「誰の物なの?」って聞いたら、「誰々様のです」って言って行くコはOK。テンションが上がって、恥ずかしそうに「知りません」って言ったり、何にも言わずに行っちゃうコには、めっちゃイラっとしちゃうわね。


----------訳者の戯言---------

いきなり細殿、って言われても何?っていう感じですが、殿舎の廂の間で、細長いものを細殿(ほそどの)と言ったようですね。仕切りをして、女房などの居室(局)として使用したらしいです。「大進生昌が家に」では「西の廂」と出てきましたが、これも「廂の間」の一つだったんですね。

「小舎人童」は「節は五月にしく月はなし」の段でも出てきました。「貴人の雑用係の少年。また、特に近衛の中将・少将が召し使った少年」(大辞林)とあります。

「指貫(さしぬき)」というのは、裾を紐で引っ張って絞れるようになってる、つまりドローコード付きの袴だそうです。その紐が見えてたと。だからどうなんよ、という話ではありますが。

「誰のん?」って聞いたら、ちゃんと答える男子はいいけど、緊張して「知りません…」とか何にも言わずに逃げちゃうコはNGと。言わんとすることはわかるけど、それ、まあ当たり前じゃん、と私、思います。なのでそれほど面白くはないです。むしろ、「テンパって逃げてっちゃう男子がこれまたカワイイのよ」ぐらいのほうが、エッセイとしてはいいと思うんですけどね。怖げな年長の女性キャリアスタッフに、何か言われたら、普通、ビビりますし。

会社の女性管理職あたりが、別の部署の男性新入社員を「あの子はいい、あの子はだめ」とか言ってるみたいで、ちょっとコワイです。


【原文】

 細殿に人あまたゐて、やすからず物などいふに、清げなる男、小舎人童など、よき包み、袋などに、衣どもつつみて、指貫のくくりなどぞ見えたる、弓、矢、楯など持てありくに、「誰(た)がぞ」と問へば、ついゐて、「なにがし殿の」とて行く者は、よし。けしきばみ、やさしがりて、「知らず」ともいひ、物も言はでも往ぬる者は、いみじうにくし。

 

 

にげなきもの

 似合わないもの。身分の低い者の家に雪が降った様子。そんな家に、月明かりが差し込んでいるのも残念。月が明るい夜に、屋形のない車に出会うこと。また、そんな粗末な車なのに「あめ牛」を繋いでるの。それから、結構年取ってる女が大きなお腹で歩くのもねぇ。若い男が通ってるのさえ見苦しいのに、その男が別の女の人のところに行ったって腹を立ててるんだから。

 年取った男が、寝ぼけてるの。で、そんなジジイが髭面で椎の実をかじってるのもね。歯もない女が梅の実を食べて酸っぱがってる様子も。

 身分の低い人が紅色の袴をはいてるの。最近はそんなのばっかよね。

 靫負(ゆげひ)の佐(すけ)が夜、パトロールをしてる様。その狩衣姿だってかなりヘンなの。人に怖がられる上着がまた大げさ! そんな人がうろついてるのを見つけたら軽蔑でしょうよ! なのに「怪しい者、いるんじゃない?」とかって尋問するのよね。で、入ってきて、空焚きものの香りのついた几帳に掛けた袴なんかは、全然そこに似つかわしくないの。

 見目麗しい若い男のコが弾正の弼になるのも、かなりいかしてないわ。宮の中将(源頼定)なんかが就任してたのは、ほんと残念だったでしょう。


----------訳者の戯言---------

あめ牛は「黄牛」と書くらしい。実際には飴色の毛色の牛で、昔はりっぱな牛として尊ばれたそうです。

靫負(ゆげひ)の佐(すけ)。靫負というのは衛門府のことです。佐は次官でしたね。そういえば「花の木ならぬは② ~あすはひの木~」のところで、兵衛や衛門の官の異名として「柏木」と呼ばれることがあったらしいとも書いていました。

「空だきもの」。「からだきもの」ではなく「そらだきもの」です。お風呂ではありません。「たきもの」は漢字で「薫物」です。薫物には単なる「薫物(たきもの)」と「空薫物(そらだきもの)」があるそうです。「薫物」は仏様の供養をする時に焚く香(こう)、「空薫物」はそういう「供養の気持ち」が込められてない(なんにもない)から「空」ということのようです。

「几帳」というのは、当時の間仕切り、でしたね。可動式のパーテーションです。

しかし、この衛門府の佐(すけ)、えらく嫌われましたね。武官の、粗野な、武骨な感じが嫌なんでしょうかね。というか、ある特定の個人が嫌いだったのかもしれない。着てるものももちろんセンスねーと思ってるんだろうけど、その振る舞いとか、局の雅(みやび)な几帳にそういう下品な服なんか、掛けないでいただける?っていう感じですね。

弾正の弼(ひち)っていうのは、弾正台(だんじょうだい)という警察的組織の尹(長官)の補佐官です。源頼定という人は当時評判の美男子で色好みだったらしい。しかし、なんでイケメン男子が弾正の弼に似合わないのかがよくわかりません。まあ、これも武官ですから、ハンサムな貴公子がやる仕事じゃねーよ。ブサイクで粗野な奴がやっときゃいいのよ的な言い草ですか。もしくは、おキレイなおぼっちゃまクンじゃ務まんないわよ、って話ですか? どっちにしても、ひどいこと書いてます。

警察官や自衛官に対する感情と言うのは、今も同じようなことがあるわけで、何となく嫌いとか、怖いとかね。もちろん誤解も多いんですけどね。それに加え、彼らは時の権力の象徴でもあり、また権力者の意をそのまま実行する実務部隊でもありました。清少納言が時の権力者(藤原道長)に反発する気持ちが表れていたのかもしれません。

ただ、それを差し引いても、表現については、また出ました身分差別、という感じですね。わかってはいるんですが、現代の私のメンタリティだと受け入れがたい表現だらけです。
身分差別だけでなく、性差別、高齢者差別、エイジハラスメント、シルバーハラスメントの類、職業差別、対男性のセクシャルハラスメント的要素もはらんでいます。

分不相応なもの。とか言って、途中からは単に気に入らないものをdisりまくり。もうめちゃくちゃで、今ならSNS炎上、アカウント削除、有名人ですからyahooニュースのトップに載るレベル。
同じことなれども」の段でも、人権感覚についてはいちいちひっかかってられない、と書いてるんですが、また書いてしまいましたよ。
優れた随筆家なら、そういった階層社会に疑問を呈するぐらいでなけりゃ、とほんとに思います。


【原文】

 にげなきもの 下衆の家に雪の降りたる。また、月のさし入りたるも、口惜し。月の明かきに屋形なき車のあひたる。また、さる車にあめ牛かけたる。また、老いたる女の腹高くてありく。若き男持ちたるだに見苦しきに、こと人のもとへいきたるとて腹立つよ。

 老いたる男の寝まどひたる。また、さやうに鬚がちなる者の椎つみたる。歯もなき女の梅食ひて酸がりたる。

 下衆の紅の袴着たる。この頃はそれのみぞあめる。

 靫負(ゆげひ)の佐(すけ)の夜行姿。狩衣姿も、いとあやしげなり。人におぢらるる袍(うへのきぬ)は、おどろおどろし。立ちさまよふも、見つけてあなづらはし。「嫌疑の者やある」ととがむ。入りゐて、空だきものにしみたる几帳にうちかける袴など、いみじうたつきなし。

 形よき君達の、弾正の弼(ひち)にておはする、いと見苦し。宮の中将などの、さも口惜しかりしかな。

 

枕草子 (まんがで読破)

枕草子 (まんがで読破)

 

 

七月ばかりに

 七月頃、風が強く吹いて雨が土砂降りになった日、おおむねすごく涼しいから、扇であおぐのも忘れて。汗の臭いが少しだけする薄い綿入りの衣をかぶってお昼寝するのはすごくいい気分なの。


----------訳者の戯言---------

旧暦七月というと、おおよそ今の8月~9月ぐらいなんですが、初秋、残暑厳しい頃と言えると思いますし、少し涼しくなってくる頃でもあります。
七月ばかりいみじう暑ければ」では、まだまだとても暑い、という記述がありました。タイトル(冒頭部分)は似ていますが、内容はだいぶ違います。


【原文】

 七月ばかりに、風いたう吹きて、雨などさわがしき日、大方いと涼しければ、扇もうち忘れたるに、汗の香少しかかへたる綿衣(わたぎぬ)の薄きを、いとよく引き着て昼寝したるこそをかしけれ。

 

 

枕草子 上 (ちくま学芸文庫)

枕草子 上 (ちくま学芸文庫)

 

 

虫は

 虫は、鈴虫、ひぐらし、蝶、松虫、コオロギ、キリギリス、われから、蜻蛉、蛍なんかが、いいわね。

 ミノムシはとっても哀愁があるの。鬼が産んだから、親に似てこの子も恐ろしい心を持っているんじゃないかって、親がみすぼらしい衣を着せて「もうすぐ秋風が吹く頃がやってくるから。待ってなさい」って言い残して逃げ去っていったことも知らないで。風の音を聞いて、八月くらいになると、「父よ、父よ」と儚げに鳴くのには、すごくしんみりしちゃうんだよね。

 額づき虫(=コメツキムシ)にもまた、しみじみ感動。その心の内に仏教の信仰心をおこして、頭を下げて歩くのよ。思いがけず、暗い所なんかを、ホトホトと足音を響かせるかのように歩く姿はカワイイと思うの。

 蝿こそは、憎いものの中に入れるべきで、こんなに可愛げのないものはないわね。人と同じように扱って、目の敵にするほどの大きさではないけど、秋なんかには、どんどん何にでもとまるし、顔なんかにも湿った足でとまるのよ。人の名前に蝿って付いてるのも、すごくヤな感じ。

 夏の虫は、すごく風情があって可愛いの。灯火を近くに寄せて物語本とかを読んでたら、本の上なんかを飛び回ってるのがいい感じだわ。

 蟻は、とっても憎ったらしいけど、身軽さがハンパなくって、水の上なんかを、ただただ、どんどん歩いてくのは、興味を惹かれるところよね。


----------訳者の戯言---------

古代においては、きりぎりす=現代の「コオロギ」、はたおりむし(機織虫)=現代の「キリギリス」だったそうです。松虫は今の鈴虫で、鈴虫は今の松虫、とも言われています。ま、この二つは両方出てきているので、順番が違うだけでどっちでもいいんですが。

「われから」は、海の中で海藻や海草などの上で暮らしている小さな虫ですが、分類上は甲殻類端脚目に属します。つまり、エビやカニの仲間。どっちかと言うと、エビに近い動物だそうです。

「ひを虫」は、朝に生まれて夕方には死ぬ虫らしく、「かげろう(蜻蛉)」の類ではないかとのこと。はかないものを「ひを虫」にたとえることもあったそうです。

額づき虫(ぬかづきむし/叩頭虫)というのは、コメツキムシのことと言われていますが、その、コメツキムシ自体がわかりません。
で、調べてみました。
ウィキペディアによると、「比較的硬い体の甲虫。昆虫綱コウチュウ目に属するコメツキムシ科に属する昆虫の総称である。仰向けにすると、自ら跳ねて元に戻る能力がある小型甲虫。米をつく動作に似ていることからこの名前がある。」などと書かれています。外見的にはタマムシ類にも似ている、そうです。

というわけで、額づき虫=コメツキムシ、とする説が主流ではありますが、私にはまだちょっと疑問があります。

よく、ペコペコする人のことを「コメツキバッタみたい」と言いますね。上司とか、偉い人にへつらうヤな人の例えです。このバッタは正しくは「ショウリョウバッタ」だと言われます。「コメツキムシ」とは違いますが、これを額づき虫と思っていたのか? しかし否です。ショウリョウバッタは、両足を固定するとペコペコ頭を上下させるのです。ペコペコしながら歩くということはありません。

もう一度立ち返って、コメツキムシの生態を調べてみたところ、ショウリョウバッタと同様に、両足を固定すると頭を上下させることがわかりました。こちらもこの動きが「米搗き虫」の名前の由来になったようです。しかし、ショウリョウバッタとは異なり、そのまま歩かせると、頭(実際には胸の部分)が大きいので、頭(胸の部分)を上下に振りながらよちよち歩いているように見えるらしい、ということもわかってきました。これですね。ただ、「ほとめきありく(ほとほとと音をたてて歩く)」とは書かれてますが、実際に「音」を出して歩いたわけではなさそうですが。

人の名前に蝿がつくというのは、どういうことですか? 蝿山さんとか、蝿通とか蝿家とか実蝿とか蝿子とか。そんな人いました? と思うんですが…ま、いたんでしょうね。いたのなら仕方ないです、はい。

前の段は結構いい感じに思えたんですが、この段は私的には今一つでした。ウケるように、あるいは気の利いたことを書こうとして、失敗している気がしますね。ミノムシのとか、額づき虫とか、考えて書いたであろう清少納言には申し訳ないけど、そんなに面白くはなかったです。


【原文】

 虫は、鈴虫。ひぐらし。蝶。松虫。きりぎりす。はたおり。われから。ひを虫。蛍。

 蓑虫、いとあはれなり。鬼の生みたりければ、親に似てこれも恐ろしき心あらむとて、親のあやしき衣ひき着せて、「今秋風吹かむをりぞ来むとする。待てよ」と言ひおきて、逃げて往にけるも知らず、風の音を聞き知りて、八月ばかりになれば、「ちちよ、ちちよ」とはかなげに鳴く、いみじうあはれなり。

 額づき虫、またあはれなり。さるここちに道心おこしてつきありくらむよ。思ひかけず、暗き所などに、ほとめきありきたるこそをかしけれ。

 蝿こそ、憎きもののうちにいれつべく、愛敬なきものはあれ。人々しう、かたきなどにすべきものの大きさにはあらねど、秋など、ただよろづのものにゐ、顔などに濡れ足してゐるなどよ。人の名につきたる、いとうとまし。

 夏虫、いとをかしうらうたげなり。火近う取り寄せて物語など見るに、草子の上などに飛びありく、いとをかし。

 蟻は、いとにくけれど、軽びいみじうて、水の上などを、ただ歩みに歩みありくこそをかしけれ。

 

枕草子 (岩波文庫)

枕草子 (岩波文庫)

 

 

あてなるもの

 上品なもの。薄色の袙の上に白い汗衫を重ねて着た少女。鴈の卵。かき氷に甘葛のシロップをかけて、新しい金属製のお椀に入れたもの。水晶の数珠。藤の花。梅の花に雪が降りかかってる光景。とっても可愛い子どもが、イチゴなんかを食べてる様子。


----------訳者の戯言---------

薄色は「七月ばかりいみじう暑ければ①」にも出てきました。やや赤みのあるとても薄い薄紫です。

白襲(しらがさね)にはいくつかの意味があります。①白の薄物と白の汗取りとを重ねて着ること。②四月一日の更衣(ころもがえ)のときに替える白色の小袖。③襲(かさね)の色目の名。表裏とも白。おもに下襲で用い、袴・帷(かたびら)・単(ひとえ)も白とする。
とのこと。

汗衫(かざみ)は女児の上着だそうです。省きますが、これまでにも何回か出てきました。
①汗取りの下着(男女ともに用いる)。②平安時代中期以後、後宮に仕える童女の正装用の衣服。「表着」または「袙」の上に着用する、裾の長い単(ひとえ/一重)のもの。一重または二重、との説もあります。

通常、童女は「袙(あこめ)」という着物の上に「汗衫(かざみ)」という上着を着るらしいですね。したがって「薄色に白襲の汗衫」というのは、薄色の袙の上に白い汗衫を重ねて着たスタイル、と解釈しました。もしかすると違うかもしれませんが、いかがでしょうか。

雁は、冬鳥として冬の時期に渡来し、冬が終わるころには北極圏に帰って行きます。ということは、繁殖期の5~7月は日本にはいません。日本で卵を産むことがない鳥なのだそうですね。一方、鴨はやはり冬鳥が多いようですが、通年生息が見られるもの(カルガモオシドリ)もいます。

ということで、かりのこ(雁の子)=鴈の卵は、雁や鴨の類のたまご全般を言うようですが、実際には鴨、それも通年いるカルガモオシドリ(カモ目カモ科オシドリ属)の卵と考えられます。平安時代はもちろん、卵を食用にしませんでしたから、あくまでも鳥の巣とかにある卵、ヒナが生まれる卵のことです。
卵を食用にするようになったのは、日本では江戸時代以降らしいですから、卵は平安時代にそれほどしょっちゅう目にするものでもなかったであろうことも想像できますし、つるんとしてカワイイですから、いい感じに思えたんでしょうか。大きさはたぶん鶏卵のSサイズくらい、ウズラ卵みたいに斑模様もないですしね。

「あまづら」というのは、甘葛という植物で作った甘味料だそうです。甘葛の樹液を煮詰めてシロップにしたようですね。安土桃山時代に砂糖が伝わるまでは、蜂蜜とともに貴重な甘味料だったとか。砂糖が輸入されるようになると衰退したようです。

この段は、上品なもの、優美で高貴なもの。という感じです。今回良かったのは、ややっこしい昔の漢詩とか和歌とか、故事とかが無かったことですね。笑


【原文】

 あてなるもの 薄色に白襲の汗衫。かりのこ。削り氷にあまづら入れて、新しき鋺(かなまり)に入れたる。水晶の数珠。藤の花。梅の花に雪の降りかかりたる。いみじう美しき児(ちご)の、いちごなど食ひたる。

 

 

こころきらきら枕草子 ~笑って恋して清少納言

こころきらきら枕草子 ~笑って恋して清少納言