枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

よろづの事よりも② ~よき所に立てむと~

‭ いい場所に車を停めよう!って急がせたもんだから、朝早く家を出て、行列を待つ間、座り込んだり、立ち上がったりしてて。暑くて苦しくってめちゃ疲れちゃってたら、まさにその時!! 斎院の垣下(えが)に参上なさる殿上人、蔵人所のスタッフ、弁官、少納言なんかが7台、8台連なって斎院の方から走らせてきたから、準備OKなんだわ!ってハッと気づいて、うれしくなるの。


----------訳者の戯言---------

垣下(えが)というのは、斎院の饗宴のお相手役だそうです。賀茂祭から斎王がお帰りになってから、斎院で晩餐会的なことが行われたというんですね。

所の衆(ところのしゅう)というのは、蔵人所に属して雑事をつとめた者のことを言います。スタッフさんですね。六位の人が務めたらしいです。

弁(弁官)というのは、朝廷の最高機関「太政官」の事務官僚で四位五位相当。学識ある有能な人材がこの官に任用されていたらしいです。左右、大中少の弁があり、左中弁以上の経験者には参議に昇進する資格があったそうで、将来三位以上に昇る道が開かれた出世の登竜門でもありました。


やはり清少納言イチ押しの「祭のかへさ」の行列の時のことを書いてるようですね。
どんだけソワソワしてるのでしょうか。夏フェスとかの場所取りの感じですか? 百貨店の福袋とか、ユニクロのコラボ商品発売日とかに朝イチで並ぶ人と同じですか。

前に「祭のかへさ、いとをかし」という段がありましたが、被ってないですかね? 被ってるかどうかは引き続き読まないとわかりませんねー。
というわけで、③に続きます。

祭のかへさ、いとをかし①
https://makuranosoushi.hatenablog.com/entry/2020/10/04/121723


【原文】

 よき所に立てむといそがせば、とく出でて待つほど、ゐ入り、立ち上がりなど、暑く苦しきに困ずるほどに、斎院の垣下(ゑが)に参りける殿上人・所の衆・弁・少納言など、七つ八つと引きつづけて、院の方より走らせてくるこそ、事なりにけりとおどろかれてうれしけれ。

 

枕草子[能因本] (原文&現代語訳シリーズ)

枕草子[能因本] (原文&現代語訳シリーズ)

  • 発売日: 2008/04/10
  • メディア: 単行本
 

 

よろづの事よりも①

 ほかのどんなことにも増して、みすぼらしい車にイケてない服装で乗って見物する人って、すごく気に入らないわ。説教なんかを聞く時は全然いいけど。仏罰を無くすためのものだからね。それでもやっぱりあんまり酷いと見苦しいっていうのに、ましてやそれで祭の時なんかは見物しないでもらいたいものよね。車に下簾も無くって、白い単衣の袖なんか垂らしてるようなのよ。私なんかその日のためにって思って、車の簾も新調して、これだったら絶対残念なことにはならないでしょ!って出かけたのに、自分のより立派な車なんかを見つけたら、何のためだったんだろ??って思うくらいなのに、ましてや、いったいどんな気持ちでそんないかさない恰好で見物するのかしら?


----------訳者の戯言---------

例によって、「行列」の見物のようです。清少納言、好きですからねー、これ。

賀茂祭葵祭)の行列はもちろんですが、「見るものは」でもいくつか紹介されていて、帝の行幸賀茂神社の臨時の祭などが挙げられていました。そして清少納言いちばんの押しは「祭のかへさ」、つまり斎王の帰還の行列でしたね。

せっかくのスペシャルなイベントの日には、おしゃれして、車もキメて行かないとだめでしょ! お寺とか行くときはま、そこそこでいいんすけど、ライブとかテーマパークとか行くときはねー、って感じですか。逆にダサい奴、ハァ?って感じ。何考えてんのかしら??という段です。
しかし相変わらずの上からですね。清少納言の本質がよく出ています。

②に続きます。


【原文】

 よろづの事よりも、わびしげなる車に装束わるくて物見る人、いともどかし。説経などはいとよし。罪失ふことなれば。それだになほあながちなるさまにては見苦しきに、まして祭などは見でありぬべし。下簾なくて、白き単衣の袖などうち垂れてあめりかし。ただその日の料と思ひて、車の簾もしたてて、いと口惜しうはあらじと出でたるに、まさる車などを見つけては、何しにとおぼゆるものを、まいて、いかばかりなる心にて、さて見るらむ。

 

枕草子 いとめでたし!

枕草子 いとめでたし!

 

 

ものへ行く路に

 どこかへ行く道の途中で、清潔感があってスリムな男が、立文(たてぶみ)を持って急いで行くのは、どこに行くんだろ?って見ちゃうわ。
 また、キレイな女の子なんかが、袙(あこめ)とか、それもすごく新しくて鮮やかに際立ってるんじゃなくて、着慣れてやわらかくなったのを着て、ツヤツヤしてる屐子(けいし)で歯に土がいっぱいついてるのを履いて、白い紙に包んだ大きな物、もしくは箱の蓋に草子なんかを入れて持って行ってたら、どうしても呼び寄せて中身を見たくなるの。
 門に近いところの前を通るのを呼び入れても、愛想もなく返事もしないで行っちゃう者は、使ってる主人の人間性が推し量られるのよね。


----------訳者の戯言---------

立文(たてぶみ)というのは、書状の形式の一つ。書状(本文を書いた書面)を「礼紙(らいし)」という別の紙で巻き包み、さらに白紙の包み紙で縦に包み、余った上下を裏側に折るものです。正式で儀礼的な書状の包み方らしいんですね。

袙(あこめ)。通常、童女は「袙(あこめ)」という着物の上に「汗衫(かざみ)」という上着を着たらしいです。バキバキの新品よりもちょっと馴染んできたのがいい、というのでしょう。ジーンズとかスニーカーとか、履きならしたのがいい、みたいなものでしょうか。

屐子(けいし)。今で言う下駄みたいなものらしいです。


一応、男前には目が行くんですね、清少納言。けど、身分低い者には大して興味はありません。

でまた、何でお前に呼び止められて入っていかんとあかんねん。って話です。
こっちも忙しいんですわ。えらい上からですなー。という心の声。
ややこしいおばちゃんに呼ばれても行ったらあかんよ、とちゃんと教育できてる主人はなかなか立派です。フフ
何で清少納言に持ってるモノ、いちいち見せなあかんねん。気ぃ悪いわ。あなたにスタッフ教育の云々を言われるのは雇用主としても心外だと思いますね。清少納言、わかってませんな。


【原文】

 ものへ行く路に、清げなる男(をのこ)の細やかなるが、立文持ちて急ぎ行くこそ、いづちならむと見ゆれ。

 また、清げなる童べなどの、袙(あこめ)どものいとあざやかなるにはあらで、なえばみたるに、屐子(けいし)のつややかなるが、歯に土おほく付きたるを履きて、白き紙に大きに包みたる物、もしは箱の蓋に草子どもなど入れて持て行くこそ、いみじう、呼びよせて見まほしけれ。

 門近(かどちか)なる所の前わたりを呼び入るるに、愛敬なく、いらへもせで行く者は、使ふらむ人こそおしはからるれ。

 

NHK「100分de名著」ブックス 清少納言 枕草子 (NHK「100分 de 名著」ブックス)

NHK「100分de名著」ブックス 清少納言 枕草子 (NHK「100分 de 名著」ブックス)

  • 作者:山口 仲美
  • 発売日: 2015/09/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

人の家につきづきしきもの

 (それなりの)人の家に似つかわしいものっていうと…。肘を折ったように曲がってる廊下。円座(わらふだ/わろうだ)。三尺の几帳。大柄な童女。品のいい召使いの女。
 侍の控室。折敷(おしき)。懸盤(かけばん)。中の盤。衝立障子。かき板。みごとに装飾がほどこされた餌袋(えぶくろ)。唐傘(からかさ)。棚厨子(たなずし)。


----------訳者の戯言---------

人の家? 家と言えばだいたいは人が住んでるんですが? 時々は、犬さんの家とか、猫さんの家とか、二十日ねずみの家とかあります。プーさんの家とか。ミッキーの家とか。ピーターラビットの家とか、ムーミンの家もありますけど。もういいですか。

清少納言が言う家は「人」の家です。よく読んでみると、(それなりの)人、っていうことみたいですね。いつものやつです。まー言うと、清少納言的な「人」というのは、(レッキとした)人!、(まさに!)人!、(ちゃんとした)人!ってことでしょう? ひとかどの人間というか、出世した人というか、です。

「平家にあらずんば人にあらず」と後に言ったのは平清盛ですが…というのは実は間違いらしいですね。実はこれ言ったのは清盛の義理の弟の平時忠でした。この人のお姉さんというのは平清盛の継室でした。継室っていうのは後妻さんなんですね。でも側室や妾ではなく正式な奥方ですし、たぶんご存じかと思いますが、平時子という人です。さらに、平時忠の妹っていうのが後白河上皇の妃、女御ではありますが、高倉天皇の母となった平滋子(建春門院)なんですね。

てことで、平時忠は当時イケイケだったのでしょう。
「此一門にあらざらむ人は皆人非人なるべし」と言ったと、「平家物語」に書かれています。

今の感覚では「人非人」は「人間じゃねー」です。「てめえら人間じゃねー、叩き斬ってやる!!」と言ったのは破れ傘刀舟ですが(古い!昭和!)、ポケモンのタケシも言いましたよ「お前ら人間じゃねー!」。鬼滅~でも人間じゃない人=鬼、いっぱい出てきますしね。アカザも、もちろん鬼舞辻も、たまよさんもですから。あ、ねづこもですね。

めちゃくちゃ逸れましたが、元に戻ります。
当時の「人非人」は、「宮中で出世できてない人」ぐらいの意味なんですよね、清少納言の言う通り。「平家一門でなかったら、出世はできひんよ!」ぐらいの感じのほうが近いかもしれませんね。東大卒じゃなかったら、財務省では出世できへんよ!!ぐらいの感じですか? なんかヤな感じですが、でもそんなものかもしれません。

というわけで、当時の「人」についてずいぶん行数をかけてしまいましたが、そういうことなんですね。


「肱折りたる廊」っていうのは、文字通り肘を負ったみたいに折れ曲がった廊下のこと。お屋敷の広さにふさわしい廊下ってことでしょう。たしかに私の家にはないですし、曲がった廊下のあるのって豪邸だけですもんね。洋館とかでも階段上ったところからぐるっと一周の回廊をよく見ますし。あの浅野内匠頭が切りつけちゃった松の廊下も折れてます。なんか、走り回ってましたもんね。ま、あれは江戸城ですけどね、家ではないですね、城ですね。

「円座(わらふだ/わろうだ)」というのは敷物の一種だそうで、藁(わら)、がま、すげ、まこもなどを渦巻き状に平らに編んで作ったもの、とのこと。おそらく今の座布団(夏用?)に近いものだと思います。

「几帳」というのは、移動式の布製の衝立(ついたて)です。当時の間仕切り、可動式のパーテーションですね。
細かなところまできっちりしている人を「几帳面な人」と言ったりしますが、この几帳から来てるそうです。元々、几帳の柱が細部まで丁寧に仕上げてある、ということからこう言ったそうですね。
一尺≒30.30303030303…cmなので、三尺は90cmぐらいです。三尺の几帳は、室内用の几帳で、高さ三尺×幅六尺だったらしいですね。

大柄な童女。と言うと、私がすぐにイメージしたのが、ゴルフの天才少女、須藤弥勒ちゃんです。まじ天才だと思います。努力もしている感じです。しかも弥勒ですよ、みろく。名前、菩薩様ですから。昔、「山口百恵は菩薩である」ということを書いた人がいましたが、こっちはまじで菩薩です。よくわからない方はググってください。すみません。

はしたもの(端物)。意味は、中途半端なもの、はんぱもの、です。「端女(はしため)」とも言います。召使いの女性のことなんですね。こういう言葉を何気に、何の疑問もなく使う感覚が私は嫌いなんですね。多くの人は、当時はそれがポピュラーだったんだから理解せよと言いますが、仮にも言葉を生業にしているのであれば、もっとセンシティブに物事を捉え、記述する必要があるでしょう。情感豊かで、雅びやかで、最高位のかな文学? 日本の三大随筆? 稀代の女流文学者? ハァ?って感じですね。聞いて呆れます。

折敷(おしき)というのは食器を載せる四角い縁付きのお盆に脚がついた食台とのこと。お盆そのもののことを言う場合もあります。

懸盤(かけばん)は、こちらは簡単に言うと、明らかに脚付きのお膳です。脚のところがアールのデザインになってて豪華です。

「中の盤」は調べましたが、よくわからなかったです。ミディアムサイズのお膳でしょうか?
「おはらき」もよくわかりませんでした。

かき板。裁縫に使う裁ち板のことだという説があります。引出の側面の板をこう呼ぶこともあるそうです。また、昔は、書いた字を拭き消して何度も使えるようにした黒板状のものを「書き板」とも言ったらしいです。ここではどれのことを言ってるのかはわかりません。

餌袋は、2コ前の段「おほきにてよきもの」でも出てきましたね。大きい方がいいらしいですが、エエトコの家にはさらに装飾がいかしてるのがあるのでしょう。

厨子(たなずし)。厨子(ずし)というのは、仏像・仏舎利・教典・位牌などを中に安置する仏具の一種だそうですが、それが棚の形をしているのでしょうか。もしくは棚のある厨子ですか。よくわかりませんが、そういうのがあったのでしょう。

堤子(ひさげ)は、注ぎ口とつる(持ち手?)のある銀や錫製の小鍋形の器。平たく言えば、口の広いヤカンみたいな感じです。昔のものは蓋が付いてないのが多いようですね。これにお酒とかを入れて温めたりもするようです。

銚子(ちょうし)というのも、お酒などを注ぐ容器です。柄杓(ひしゃく)みたいなものですが、注ぎ口があります。実は本来の銚子というのはこの長柄の銚子というものなのですが、先に書いた平たいヤカンみたいなのを今はお銚子と呼ぶことがい多いようです。神前結婚式で三々九度のお神酒を注ぐアレです。実体は堤子(ひさげ/堤)なんですけどね。

また他方、「お銚子1本!」みたいなのことも言います。実はあれは徳利(とっくり)のことをイメージしているんですね。徳利はご存じのとおり、瓶みたいな容器です。首みたいなところがあります、あれです。だいたい飲み屋さんとかで日本酒(熱燗)を頼むとこれに入れたのが出てきます。お酒を注ぐやつ、ということでごっちゃになったのでしょう。今では徳利のことをお銚子と言っても全然間違いではありません。伝わりゃいいんです、それで。言葉なんてもの共通認識ですからね。細かいことを言ってはいけません。


というわけで、それなりに出世した人の家、っていうかお屋敷に相応しい物、者です。
今で言うなら、プール、エレベーター、吹き抜け、天窓、イームズの椅子、アイランドキッチン、美人秘書、かわいいメイド、イケメン執事、屈強なボディガード、ジャクジーヴァシュロン・コンスタンタンカルティエパテック・フィリップハリーウィンストンバーキン、ケリー、ヘレンド、マイセン、ロイヤルコペンハーゲンetc.みたいなことを書いてるわけですね。
やらしいこと極まりないです。


【原文】

 人の家につきづきしきもの 肱折りたる廊。円座(わらふだ)。三尺の几帳。おほきやかなる童女(どうによ)。よきはしたもの。

 侍の曹司(ざうし)。折敷(をしき)。懸盤。中(ちゆう)の盤。おはらき。衝立障子。かき板。装束よくしたる餌袋。傘(からかさ)。棚厨子。提子(ひさげ)。銚子。

 

まんがで読む 枕草子 (学研まんが日本の古典)

まんがで読む 枕草子 (学研まんが日本の古典)

  • 発売日: 2015/03/17
  • メディア: 単行本
 

 

短くてありぬべきもの

 短くっていいもの。急ぎのモノを縫う糸。身分の低い女の髪。人の娘の声。灯台


----------訳者の戯言---------

短くてもいいもの。短いからこそいいもの?という段です。

身分の低い女性というのは、下仕えしてる者とか農作業をしてるような者だから、公家、貴族の女性のような長い髪はいりませんわよ、作業のじゃまになるでしょ?って感じですね。清少納言は普通に、当たり前にそう思ってるようです。
平安時代の女性は髪が長いのが美人の条件、という風にいろいろなところで書かれています。ただ、それは公家社会に限られてるわけで、下々の者がたとえどんなにキュートな、新垣結衣みたいな顔でも髪が短いからNGなんですね。それもどうかと思いますが。身分が低いんだから、短くていいじゃん、ブスでいいじゃん、っていう清少納言。あなたのほうが心がよっぽど醜いと思います。

人の娘。ですが、わざわざ「人の娘」と言うぐらいですから、まだ結婚していない女性、若い女の子のことなんでしょう。清少納言が言うからには貴族の「お嬢様」でしょうね。
「声」が短い方がいいわって言うわけです。

しかし声が「長い、短い」というのはどういうことなのでしょうか。
「あたし~エルメスう~~だあい好きなんですう~」みたいなのが長い感じでしょうか。違うでしょうね。それキャバクラのお姉さんですよ。
声が伸びる、つまりロングトーンということなら、ホイットニー・ヒューストンとかの感じですか。レディー・ガガとか意外かもしれないけど声伸びてるし、アデルとかも。日本だとMISIA? 吉田美和とかですか? 天童よしみ? それともちょっと違いますね。

むしろ「短い」としたのは、言葉数が少ないとか、話が短いということだと思われます。おしゃべりのし過ぎはよくありませんよ、お嬢様。という感じではないかと思いますがいかがでしょうか。

灯台というのは、今で言うとスタンドライトですね。燭台と言った方がわかりやすいかもしれません。ペンダントライトやシーリングライト、ましてやシャンデリアなど無いですから、灯台の高さの高低、つまり長短があって、それでいろいろな照らし方をしたのでしょう。灯台下暗しと言われるように、長いものは広く遠くまで照らしますが、近くはそう明るくない。逆に、低い(短い)灯台はスタンドライトのようなもので手元が明るいので、清少納言はそっちのほうがよかったのでしょう。


短しというのは空間的に短い、あるいは低いということらしいです。ちなみに「高し」の対は「短し」であって、「低し」という語は中古にはなかったようですね。また時間的に短い=早い、速い、ということも「短し」になります。
「短くてありぬべきもの」を、またもや、まぜこぜに出してくるの、たいして面白くないし、私は好きではないんですが、我慢するしか仕方ないんでしょうか。


【原文】

 短くてありぬべきもの とみのもの縫ふ糸。下衆女の髪。人のむすめの声。灯台

 

枕草子

枕草子

  • 作者:清少 納言
  • 発売日: 2018/05/16
  • メディア: Audible版
 

 

おほきにてよきもの

 大きいのがいいもの。家。餌袋。法師。くだもの。牛。松の木。硯の墨。
 男子の目の細いのは女性っぽいわ。とはいっても、鋺(かなまり)みたいなのも恐ろしいわね。火桶。ほおずき。山吹の花。桜の花びら。


----------訳者の戯言---------

家ですか、やはり。そりゃ100㎡超の家に住みたいですよー。え? 小っちゃすぎっすか? すみませんね、この程度で。清少納言のは貴族ですから、豪邸なんでしょうね。ナントカ殿とかいう。結婚式場かよ。

「餌袋」というのは菓子(果物)や乾飯(ほしいい)などを入れて運ぶ袋のことだそうです。平たく言うと弁当袋ですね。意外と食いしん坊ですか? 

法師。お坊さんはデカいほうがいいのでしょうか。清少納言的にはそうだったのでしょう。好みの問題だと思いますが。

菓子というのは、主に果物、木の実とかのことです。チョコとかポテチとかシュークリームとか、今みたいなお菓子はあまりなかった時代ですね。通常の食事以外の食べ物は菓子と言ったようです。

鋺(かなまり)というのは、金属製の椀のことだそうです。大きくて真ん丸でデカい、という感じでしょうか。

酸漿(ぬかづき/ぬかずき/ほほづき/ほおづき/ほおずき)というのは、あの「ほおずき」です。鬼灯とも書きますね。「鬼灯」の字を当てるのは、盆に先祖が帰ってくるとき目印となる提灯の代わりとして飾られたことに由来して、だそうです。ガクに身が包まれていて、その様子が提灯のようだから、でしょう。あの赤いのがデカいのがいいっていうことでしょうか? そういえば「鬼灯の冷徹」というアニメがありました。関係ないですが。


この段は大きいのがいい!っていう話です。まあ、そりゃそうなんでしょうけど。それ、何かおもしろい?ってことですよ。ふーん、あっそ、って思うだけなんですが…。この人、〇〇なものってよく列挙するんですけど、カテゴリーとか視点を変えてておもしろいでしょ?すごいでしょ?って押してくるのが、どうもね。実はこのパターン、全然おもしろくないんですよね、本人気がついてないみたいなんですけどね。


【原文】

 大きにてよきもの 家。餌袋(ゑぶくろ)。法師。菓子(くだもの)。牛。松の木。硯の墨。

 男(をのこ)の目の細きは、女びたり。また、鋺(かなまり)のやうならむもおそろし。火桶。酸漿(ほほづき)。山吹の花。桜の花びら。

 

 

月のいと明かきに

 月がすごく明るい夜、川を渡ったら、牛が歩くのにつれて、水晶なんかが割れたみたいに水が散っていくのはおもしろいわね。


----------訳者の戯言---------

月の明るい夜、牛車で浅い川を渡っているのでしょうか。
そういえば「月の輝く夜に」って映画ありましたね。冒頭の部分見て思い出しましたよ。なんか昔の名作っていう感じですけど、観たら意外と良かったですね。全然関係ないですが。


水晶というのは、二酸化珪素(SiO2)が結晶してできた鉱物です。一般にはSiO2の結晶した鉱物は石英と言われており、その中でも無色透明で六角の柱状のきれいな結晶形態をしたものを水晶と呼んでいます。石英を英語などではクオーツと言いますが、水晶のことをクオーツと言うことも多いですね。クリスタルというのも水晶です。呼び方が多くてややっこしいこと極まりない。

よく西洋の占い師などが水晶の玉を持っていますが、あれですね。当然、人工的なガラスができるまではあんな透明の物体など他にないですから、価値も高かったでしょうし、不思議な力があるなどとされていてもおかしくはないでしょう。
余談ですが、不純物が入って色が付いたものが、シトリンとかアメシスト紫水晶)、ローズクオーツ、スモーキークオーツとかです。他にも石英系の半貴石はたくさんあります。

クオーツといえば、機械式時計に対して、水晶式時計のことも一般にクオーツ時計と言います。
水晶(石英)というのは一定の周波数の電気信号を発振するらしいんですが、この水晶振動子がつくり得る時間精度は、機械式時計に比べ飛躍的に高いのですね。それを利用したのがクオーツ時計です。現在の電池式の時計はほとんどクオーツなんですね。ただ、私は個人的に機械式時計が好きで、持っている腕時計は全部機械式なんですが。

また逸れました。鉱物の結晶形態というのは鉱物の原子配列が外形に表れているものではありますが、違う結晶形態をなすことも多くあるそうです。したがって結晶形態だけでは鉱物の種類はわかりません。また、結晶形態が明瞭な結晶は自形といい、やや明瞭な結晶を半自形、結晶形態が全く見られない単なる塊のような結晶を他形というそうです。
SiO2=石英の場合は、一般にここで言う「自形」で無色透明なものを水晶と呼んでいます。

ただ、ここでややっこしいのは、日本語においては、昔は石英の塊(ほとんどの石英)を水晶、今水晶と呼ばれているものを石英と呼んでいたという説が強いらしいんです。全く逆転していたと。ということは、清少納言が言う水晶は今の塊状の石英である可能性が高いです。
無色透明に輝いてるというよりも、月のように白くて、しかもランダムにキラキラしている感じでしょうか。石英の塊にはそんなイメージがあります。それが割れたみたいに、水が散ったと。もちろん彼女がどのようなものを見て、どう感じたかはわかりませんが。


月がすごく明るい夜、だそうですが、実は明日10月29日は旧暦九月の十三日にあたります。先月の十五夜は仲秋の名月でしたが、今回のは晩秋の名月ということになりますね。別名「栗名月」とか「豆名月」とも言われます。十五夜は満月で、中国からやってきたイベントに違いないのですが、十三夜「栗名月」は日本でできたオリジナルらしいです。栗、豆など収穫したものを供えることもしたらしいですから、収穫の感謝を込めて観たのでしょうか。しかも、「未満」の月というところが日本っぽいですね。もう少しで満月、という奥ゆかしい感じが好まれたのでしょうか。空気が冷たく澄んで、高度も冬高くなりすぎる前ですから、きれいに見やすくもなってきます。

現代の私たちの生活に目を向けると、ハロウィンで盛り上がる時季ですね。ハロウィンもその年に穫れたかぼちゃ等を使って収穫を祝うものだったようですが、先にも書いたとおり、この栗名月も収穫の感謝祭的な意味があるようです。仮装してみんなで盛り上がるハロウィンに対して、静かに月を眺めるというイベント。文化の違いが感じられておもしろいですね。


【原文】

 月のいと明かきに、川を渡れば、牛の歩むままに、水晶(すゐさう)などの割れたるやうに、水の散りたるこそをかしけれ。