枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。

家は

 家は、近衛の御門(陽明門=大内裏の東の門)、二条みかゐ? 一条もいいです。染殿宮(そめどのの宮)、清和院(せかい院)、菅原院(すがはらの院)、冷泉院、閑院、朱雀院、小野宮(をのの宮)、紅梅殿(こうばい)、一条井戸殿(あがたの井戸)、竹三条、小八条、小一条、ですね。


----------訳者の戯言---------

みかゐ?がよくわからないので調べましたが、「のゐん」つまり「二条の院」の誤りという説もあるようですけど、普通こんだけ間違うかな?「ゐ」しか合うてないがな。
それか、「みかど」の間違いとする説。まだこちらのほうが間違いとしてはあり得ます。けど、「二条帝」って家か? というと、違いますよね。ただ、「ミカド」というのは元々「御門」のことらしいですから、この「みかど」は=「御門」かもしれないですね。

ま、近衛の御門もそうなんですけど、そもそも、門が「家」か?という疑問も最初からあるんですよ、私。でも細かいこと言っても何ですし。別に門も家に含めてもいいんですけどね。
だから、二条というのは場所としてはあったわけですから、そこにあった門を指してるのだ、と言われれば、はあ、そうですかー、とは思います。二条に門があったのなら、ね。

さて、一条ですが、これ、書かれたのは一条天皇の時代ですから、一条はまさに今の内裏ということでしょう。

「染殿宮」以下は、いろいろな人が住んでいるお屋敷、邸宅のようですね。
イケてるデザインのアーキテクチャはこれだ!って感じですね。

今だったら、カーサブルータスとかああいうのに載ってる感じでしょうか。
若干多いですけどね。太刀は1個でしたのにねぇ。


【原文】

家は 近衛の御門。二条みかゐ。一条もよし。そめどのの宮。せかい院。すがはらの院。冷泉院。閑院。朱雀院。をのの宮。こうばい。あがたの井戸。たけ三条。小八条。小一条。

たちは

 太刀は、玉造ですね。


----------訳者の戯言---------

1個だけかい!
で、「たまつくり」とは何ぞや?

日本刀っていうのは平安時代の中頃に原型が完成されたらしいですね。
で、主に東北(奥州)に良い鍛冶集団が何個かあったようです。
大きく分けて、舞草鍛冶、月山鍛冶、玉造鍛冶ってあったらしいんですけど、ここで出てきたのは玉造鍛冶。今の宮城県玉造郡というのがあって、 そこの刀工のグループっていうか、ま、そこのがサイコー!ってことですか。

「たち」が「太刀」という説もあるようですけど、「舘」という説もあるらしいです。
玉造も大阪の玉造とか、島根県にも玉造という地名がありますから、どれが正解なのかよくわかりません。
6~7世紀頃までは「玉造部」という装飾品を作ったりする民のグループがあったらしく、その部民が移り住んだ土地に玉造の地名を付けたということもあったようですね。

私の読解力ではどうしようもないです。


【原文】

たちは たまつくり。

わたりは

 渡し場といえば、志香須賀の渡し、こりずまの渡し場、みづはしの渡しがいいですね。


----------訳者の戯言---------

志香須賀(しかすが)の渡しというのは、愛知県豊川市平井町にあった渡し場らしいです。
他のは場所もよくわかりませんでした。

少し調べると、言葉的には「然すが(しかすが)に」=「そうは言うものの」とか、「懲りずま(こりずま)に」=「しょうこりもなく」といった古語がありました。そういうダブルミーニングのような面白さもあるのでしょうか。
それとも全然関係ないのでしょうか。よくわかりません。

渡し場ねー、それなりに風情もあったんでしょうか。


【原文】

わたりは しかすがのわたり。こりずまのわたり。水はしのわたり。


検:渡りは

みささぎは

 御陵といえば、鴬の御陵、かしはぎの御陵、あめの御陵が素敵です。


----------訳者の戯言---------

「みささぎ」は漢字で「陵」とか「御陵」と書きます。天皇や皇后のお墓ということです。

昔はお墓が丘陵になってました。前方後円墳とか。
なので、絶景だったり、いい感じのもあったのでしょうか。私もいくつかは見たことがありますが、古墳というのは小さい山みたいな感じですよね。

で、鴬の御陵というのは、奈良の若草山の山頂にある前方後円墳です。そのほかのは、調べましたが、わかりませんでした。


【原文】

 みささぎは うぐひすのみささぎ。かしはぎのみささぎ。あめのみささぎ。

海は

 海は、水うみ、与謝の海、かはふちの海がいい感じです。


----------訳者の戯言---------

「海は、水海」、って、いきなり湖かい! 純粋な海ちゃうんかい!
とツッコミ入れつつ、「湖」と言うと、やはり琵琶湖なんですね。京都ですからね、そりゃ、近い湖といえば琵琶湖でしょう。

与謝の海というのは、京都府の北のほうの宮津市というところに宮津湾という湾があって、天橋立という観光地があるんです(日本三景の一つと言われているので有名です)が、天橋立というのは砂嘴(さし)で、その陸側=内海を阿蘇海というらしいんですけど、ま、あのあたりの海を与謝の海とも呼んだらしいですね。

かはふちの海っていうのは、大阪湾とか淀川の河口とか、の説がありますが、何のことやらですね。川はどこでもありますし。まあ、そういう海があったということで、ぼんやりしていますが、仕方ないです、清少納言の心の内側のことでもありますしね、私にほかの文献を調べるスキルもないもので…。
ま、大阪湾と書いてる訳は多いのでそうなんでしょうけど。


【原文】

海は 水うみ。与謝の海。かはふちの海。

淵は

 淵といえば、「かしこ淵」(おそれ多い淵)っていうのは、この淵のどんな奥深い底の部分を見て、こんな名前をつけたんだろうって考えたら、面白い気がしましたね。「ないりその淵」っていう名前は、誰にどんな人が教えたんでしょう?? 
 青色の淵も素敵。蔵人なんかの衣装にできそうな感じで。あと、かくれの淵、いな淵ですね。


----------訳者の戯言---------

「勿入淵」というのは、大阪の大東市あたりの池で「ないりのふち」とか「ないりそのふち」と呼んだらしいです。文字からして「入る勿れ」の「淵」で、「入っちゃダメ」っていう意味ですから、「んなこと、誰にどんな人が教えたんや?」という清少納言のシンプルな疑問があったんでしょうか。

蔵人の衣装については「四月 祭の頃」の段で出てきましたけど、蔵人の衣装「青色」っていうのは、青っぽいけど、ベージュなんですよね。青というのはどうも元々、白と黒の間の広い範囲の色で、主としては青・緑・藍をさしていたらしいです。

今回は淵づくしですが、まだこの後の段も、「〇〇づくし」が続きます。


【原文】

淵は かしこ淵は、いかなる底の心を見て、さる名を付けけむとをかし。ないりその淵は、誰にいかなる人の教へけむ。

青色の淵こそをかしけれ。蔵人などの具にしつべくて。かくれの淵。いな淵。

原は

原は、みかの原、あしたの原、その原がいいですね。


----------訳者の戯言---------

今回は「原」ですね。
そろそろ飽きてきましたが、まだ続くんでしょうか。


【原文】

原は みかの原。あしたの原。その原。