枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

殿などのおはしまさで後①

 関白殿(道隆さま)がお亡くなりになった後、世間では事件が起こり、騒がしくなって、定子さまも宮中に参内なさらなくって、小二条殿っていう所にいらっしゃるんだけど、なんとなく、ますますヤな感じなものだから、私は結構長い間、里の実家にいたのね。でも定子さまの周辺が不安だから、やっぱりそのままずっと実家にいるわけにはいかなさそうだったわ。

 右中将(源経房)がいらっしゃって、お話をなさったの。
「今日、中宮(定子)さまのところに参上したら、すごくしみじみともの悲しい感じでした。女房の衣裳も、裳や唐衣が季節に合ってて、気を緩めずにお仕えしてましたね。御簾の横の開いてるとこから覗き込んで見たら、8、9人ほどが朽葉の唐衣、薄紫色の裳に、紫苑や萩なんか色とりどりでいい感じに並んで侍ってるんですよ。お庭の草がすごく生い茂ってて、『何でお刈り取りにならないんです?』って言ったら、『わざと草に露を置かせてご覧になりたいっておっしゃるから』って、宰相の君の声で答えたのは、いい感じだなって思われましたね。『(彼女=清少納言 が)里にいらっしゃるままなのが、とっても辛いの。このような所にお住いになる時には、大変なことがあっても、必ずお側にお仕えすると(定子さまは)思っていらっしゃるのに、甲斐もないわね』って、たくさんの女房たちが言ったのは、(あなた=清少納言 に)話して聞かせなさいってことなんでしょうね。参上してごらんなさい。しみじみとした雰囲気ですから。台の前に植えられてた牡丹なんかが、ステキなことで!!」
なんておっしゃるの。で、
「さあ、みんなが私のことを憎らしいって思ってるから、私のほうも憎らしく思ってしまって…」
って、ご返事申し上げたのね。そうしたら、
「気楽な気持ちで」
って、右中将はお笑いになるの。


----------訳者の戯言---------

右中将というのは、右近衛中将のことだそうです。当時の右近衛中将は源経房という人だったみたいですね。「頭の弁の、職に参り給ひて」の段でも出てきました。道隆の後の権力者・藤原道長の義理の弟にあたる人です。笙の笛が上手かったとかいう話もありました。

朽葉色は薄いキャメル系のカーキです。カフェオレ色、といったほうがいいかもしれません。着用時期は秋のようです。
紫苑色は文字どおり、紫苑という花の色です。青みのある薄い紫色。当時は「しおに」と呼ばれていたようですね。

宰相の君というのは、定子付きの女房、清少納言の同僚です。女房の中でも博識と言われています。これまでにも、この人、何回か登場しています。「北野宰相の娘の宰相の君」という一節が「淑景舎、東宮に参り給ふほどのことなど④」に書かれていました。宰相というのは、当時の日本では参議のことを言いました。北野宰相というのは菅原輔正(すがわらのすけまさ)という人だということです。その人の娘なので「宰相の君」なんですね。

原文で「おいらかにも」と、右中将の源経房が言うくだり。ここの訳、難しいんですね。「おいらかなり」が「気楽な」とか「「穏やかな」「平穏な」という意味ですから、「おいらかにも」は「気楽な気持ちでね」くらいの感じではないかと思います。いかがでしょうか。

さてこの段。
これまで、藤原道隆亡き後の政争、それに付随するごたごたについて、さほど言及することのなかった清少納言ですが、この段では、まあまあ書いていますね。この後、もっと詳しく書くのでしょうか。

なんかいろいろあって、実家に帰ってニート的な状態の清少納言ですが、そこに、右近衛中将の源経房という人がやってきて、お話をしてます。どうやら、「戻ってきてよ~って言われてるみたいですよ」って話のようですね。
②に続きます。


【原文】

 殿などのおはしまさで後、世の中に事出で来、さわがしうなりて、宮も参らせ給はず、小二条殿といふ所におはしますに、何ともなくうたてありしかば、久しう里にゐたり。御前わたりのおぼつかなきにこそ、なほえ絶えてあるまじかりける。

 右中将おはして、物語し給ふ。「今日宮に参りたりつれば、いみじうものこそあはれなりつれ。女房の装束、裳、唐衣をりにあひ、たゆまで候ふかな。御簾のそばのあきたりつるより見入れつれば、八九人ばかり、朽葉の唐衣、薄色の裳に、紫苑、萩など、をかしうて居並みたりつるかな。御前の草のいとしげきを、『などか、かきはらはせでこそ』といひつれば、『ことさら露置かせて御覧ずとて』と、宰相の君の声にていらへつるが、をかしうもおぼえつるかな。『御里居いと心憂し。かかる所に住ませ給はむほどは、いみじきことありとも、必ず候ふべきものにおぼしめされたるに、かひなく』と、あまた言ひつる、語り聞かせ奉れとなめりかし。参りて見給へ。あはれなりつる所のさまかな。台の前に植ゑられたりける牡丹などのをかしきこと」などのたまふ。「いさ、人の憎しと思ひたりしが、また憎くおぼえ侍りしかば」といらへ聞こゆ。「おいらかにも」とて笑ひ給ふ。

 

新潮日本古典集成〈新装版〉 枕草子 上

新潮日本古典集成〈新装版〉 枕草子 上

  • 作者:萩谷 朴
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/09/29
  • メディア: 単行本