枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

弘徽殿とは閑院の左大将の

 弘徽殿(こうきでん)っていうのは、閑院の左大将(藤原公季)のお嬢様で女御の義子さまのことをそのように申し上げるの。その方に「うちふし」っていう者の娘で左京という名前の人がお仕えしてたんだけど、その人と「源中将が付き合ってるのよね」って女房たちが笑うの。

 定子さまが職の御曹司にいらっしゃるところに源中将(宣方)が参上して、「時々は宿直なんかでもお仕えすべきなんですが、そうできるように女房たちも取り計ってくれないし、かなりこちらにお仕えするのがおろそかになってしまってます。せめて宿直の部屋でも用意して下さったら、めちゃくちゃ忠実にお勤めするんですけどね」って言って座っていらっしゃったから、女房たちが、「ホントにぃ??」とかって答えるの、で、私、「ホント、人っていうのは『うち伏し』て、休むところがあるのがいいんだわよねぇ。そういうトコにはしょっちゅうお通いになってらっしゃるそうですものね!」って、横ヤリを入れたからって、「あなたには何も言わない。味方だって頼りにしてたら、他人が言い古した噂話を本当っぽくおっしゃるようだからね!」とかって、すごく真剣にお怨みにになるから、「あれれ、おかしいわね。どういうことを申し上げたかしら? まったく気にさわるようなことは申し上げてませんし」なんて言ったの。で、そばにいた女房に話を振ったら、「そんなdisするようなことは申し上げてないのに、怒り出しなさるのって、何か理由があるのでしょ?」って、派手に笑ってるもんだから、「それもあの人(清少納言)が言わせていらっしゃるんだろっ」って、すごく不愉快にお思いになってるのよね。
 「絶対そんなことは申し上げてません! 人が悪口を言ってるのを聞いても憎ったらしいのに」って、私、答えて、お部屋に引っ込んだら、その後にもやっぱり、「人の恥になるようなことを言いふらした」って恨まれて、「殿上人たちが笑ってるから、言ったんだろ?」っておっしゃるから、「それなら、私一人をお怨みになるべきじゃないのに、おかしいわよ」って言ったら、それから後は、彼とのかかわりは完全に途絶えて、私とは付き合いをおやめになってしまったの。


----------訳者の戯言---------

「源中将語らひてなむ」と出てきます。「語らふ」という語は「じっくり話す」「相談する」という意味ももちろんありますが、「親しく話す」「親しく交際する」さらには「男女が契る」という意味にまで至ります。これはさほど珍しい使い方ではないようですね。
ここでは、「源中将が付き合ってるのよね」という意味です。

「職」はおなじみですが、「職の御曹司」のことです。「職曹司」つまり「中宮職」の庁舎。中宮職というのは、皇后に関する業務全般を司る役所でした。
長徳の変」のあおりを受け後遺症的に謹慎状態だった中宮・定子が、その謹慎期間が明けた直後、「職の御曹司」に長期滞在していた時期があり、その頃の話です。枕草子ではおなじみの場所ですね。

前の段で、しつこく清少納言にちょっかいを出してきた源中将(源宣方)ですが、つれなくされました。それを根に持ったわけではないでしょうけど、この段ではかなりご立腹です。

清少納言からすると、あれだけ自分に言い寄ってきてたのに「うちふし」とかいう者の娘の左京とかいう小娘とねんごろになって、通いつめてるらしい源中将にイラついたんでしょう。やっぱり不憫に感じます。

「うちふし」というのは漢字で書くと「打臥」。人気のあった巫女さんだそうです。占い師な人としてよく当たるというか、中宮・定子の父、関白・藤原道隆の父の兼家もかなりのファンだったらしいですね。で、その娘が左京です。ということで、あまり身分が高いとはいえないというか、むしろ、身分がよろしくない。そんな下層階級の娘が弘徽殿の女御に仕える女房なん!?っていうのが、貴族社会のやらしいところです。何様?
はい、清少納言様です。みんなに代わって、卑しい身分の女と付き合ってる源中将をチクリと皮肉っときましたわ。どーよ。って感じです。

実を言うと、階級社会の当時はそんなものなんですね。全然悪びれてません。むしろいいことしてる感覚ですね。
その左京ってコと親密な関係になった源中将を、女房たちも、殿上人たちも笑いものにしてるというのが、この段のバックグランドにあるわけですね。

清少納言の一言が、自分、そして彼女も馬鹿にされたかのように感じてカチンときたんでしょうけど、怨みの気持ちは止まりません。しつこく食い下がります。さらっと、ジョークででかわせればいいんですが、そういう余裕もない源中将。
かくして、清少納言と源中将は絶交となります。

前の段でもそうでしたが、私の中では不器用だけど意外といい人、という評価になりました、源宣方。
対して、この段で清少納言は本当に嫌な女です。
単に、そういう時代、そういう社会だから仕方ない、では片づけられないものを感じた段ですね。


【原文】

 弘徽殿(こうきでん)とは閑院の左大将の女御をぞ聞こゆる。その御方にうちふしといふ者のむすめ、左京と言ひて候ひけるを、「源中将語らひてなむ」と人々笑ふ。

 宮の職におはしまいしに参りて、「時々は宿直などもつかうまつるべけれど、さべきさまに女房などももてなし給はねば、いと宮仕へおろかに候ふこと。宿直所をだに賜りたらば、いみじうまめに候ひなむ」と言ひゐ給へれば、人々、「げに」などいらふるに、「まことに人は、うちふしやすむ所のあるこそよけれ。さるあたりには、しげう参り給ふなるものを」とさしいらへたりとて、「すべて、もの聞こえじ。方人とたのみ聞こゆれば、人の言ひふるしたるさまにとりなし給ふなめり」など、いみじうまめだちて怨(え)じ給ふを、「あな、あやし。いかなることをか聞こえつる。さらに聞きとがめ給ふべきことなし」などいふ。かたはらなる人を引きゆるがせば、「さるべきこともなきを、ほとほり出で給ふ、やうこそはあらめ」とて、はなやかに笑ふに、「これもかの言はせ給ふならむ」とて、いとものしと思ひ給へり。「さらにさやうのことをなむ言ひ侍らぬ。人のいふだににくきものを」といらへて、引き入りにしかば、後にもなほ、「人に恥ぢがましきこと言ひつけたり」とうらみて、「殿上人笑ふとて、言ひたるなめり」とのたまへば、「さては、一人をうらみ給ふべきことにもあらざなるに、あやし」といへば、その後は絶えてやみ給ひにけり。

 

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