枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

昔おぼえて不用なるもの

 昔は評判が良かったけど今は役に立たないものっていうと…。
 繧繝縁(うげんべり)の畳が劣化して節が出てきてるの。唐絵(からえ)の屏風が黒ずんで、表が破れたもの。絵師の目が見えなくなってるの。7、8尺(2.1~2.4m)の鬘(かつら)が赤く褪色したもの。海老染めの織物が色あせてくすんできてるの。色好みの人が年老いて衰えちゃったの。
 風情のある家の木立が焼失しちゃったの。池なんかはそのまま残ってるけど、浮草や水草なんかが茂ってしまってね。


----------訳者の戯言---------

原文には、繧繝(うげん)ばし、とありますが、今は「繧繝縁(うげんべり)」というのが一般的なようです。
最も格の高い畳縁で、天皇、皇后、上皇、皇太后などが使うものだそうで、めちゃくちゃカラフルです。現在は皇室一般で使われてるらしい。当然といえば当然ですが、雛人形でも使われてます。神仏像などでも使うそうですね。

畳の節というのは、こぶのように盛り上がってるところのことを言うらしいです。そんなところがあるのかどうか知りませんが、まああるんでしょう。そもそも平安時代の畳がどういう構造だったのか、調べてみたのですが、よくわかりませんでした。

唐絵(からえ)というのは、当時の中国風の絵です。唐絵は高級品だったんでしょうね。

尺というのは長さの単位で、ご存じの方もいらっしゃると思いますが、1尺=約30cmです。なので、7~8尺というと、2.1m~2.4mほどです。そんな鬘(かつら)、いるんですか?
と思いますが、平安時代の貴族の女性はめちゃくちゃ髪が長かったようですから、別に普通です。

科学的根拠に基づくと、概ね毛髪は1日に0.03mm~0.05mm伸びるのだそうです。ということはひと月に約1cm~1.5cmほど伸びるということになります。となると、年に長くても20㎝がMAXかと思います。そして概ね頭髪は4~6年で生え変わるそうです。伸びる速さも、1本の毛髪の寿命も個人差があるでしょうけど、だいたいこんな感じらしいですね。ですから、普通はロングヘアの人でも1mあまりまでしか伸ばせないというのが、妥当なところだと思います。

しかし、平安絵巻などを見ると、1mどころではありません。当時の成人女性は平均身長140cmぐらいだったらしいですが、身長とおんなじくらいとか、それ以上にある感じに見える人もます。ほんまか?
絵ですからね、誇張もあるかもしれませんし、個人差もあるかもしれません。
ちなみにギネスブックには、日本人ではありませんが、8mぐらいの髪の毛の人が世界一のロングヘアとして載っているそうですから、ありえないわけではないんでしょう。平安時代には、生まれてから一回も髪を切らなかった人なんてのもいるそうですからね。これもちょっと嘘っぽいですが。

とはいえ、2メートルぐらいのカツラは確かにあったんでしょうね。いくらなんでも清少納言もそこまでのウソは書かないでしょう。
しかしまた、ここで謎です。当時のカツラは人毛でしたから、やはりそれだけ長い髪の毛の人がいたということでしょうかね。亡くなってた人から髪の毛を取って鬘を作った、とかいう話もありますから。ちょっと怖いですけど。
で、そのカツラが色褪せて赤くなってきたのはアカンということですね。今は人毛ウィッグも化学繊維の人工毛ウィッグも両方あるのでいいですね。人毛のウィッグは褪色はありますが、現代の技術を使えば再度毛染めをしてリカバリーすることが可能だそうです。

葡萄(えび)染めは、もちろん「ぶどうぞめ」ではありません。。古代から日本に自生していた「葡萄葛(エビカズラ)」で染めた織物ということです。葡萄葛っていうのは、簡単に言うと「ヤマブドウ」の昔の呼び方なんだそうですよね。「葡萄」だけでも「えび」と読みました。江戸中期頃から一般には「ぶどう」と読むようになったらしいですがむしろ元々「えび」のほうが正しかったのです。なので、中世以前は当たり前に「えび=紫」だったわけですね。
色味としては、割とバランスのとれたオーソドックスな紫色という印象です。

江戸時代中期の学者で、政治家でもあった新井白石によれば、そもそも海老(えび)の名前の由来が「海にいる伊勢海老の色が山葡萄の色に似ているから」としているそうです。ちょっとあやしいけど。
そもそも、新井白石って何?って感じです。品川庄司とか、ますだおかだみたいなもんですか。いえ違います。「あらいはくせき」と読みます。知ったかぶりみたいですみません。

色好みというと、今で言うと、好色、セクハラオヤジ的な人を想像しますが、古典においては、もう少し繊細なメンタリティを表すようです。つまり、恋愛の情趣、異性の心の機微を理解し、情が深く、洗練された恋のできた人のことを「色好み」と言ったそうですから。例えば色好みの代表と言われ、生涯3700人以上と契ったともされる在原業平ですが、単にそのような行為を好んだわけではなく、老若を問わず、細やかな情をもって女性に接した恋愛マスター、粋な人でもあったとされています。

つまり、そうしたセンス、エネルギーを含めての「色好み」であるという点は、押さえておくべきでしょうね。

したがって、原文にある「くづほる」という語も、「衰えること、元気がなくなること」を表すようですが、気力、体力のパワーダウン、どちらのことも言っていると考えていいでしょう。


【原文】

 昔おぼえて不用なるもの 繧繝(うげん)ばしの畳のふし出で来たる。唐絵の屏風の黒み、おもてそこなはれたる。絵師の目暗き。七八尺の鬘(かづら)の赤くなりたる。葡萄(えび)染めの織物、灰かへりたる。色好みの老いくづほれたる。

 おもしろき家の木立焼け失せたる。池などはさながらあれど、浮き草、水草など茂りて。

 

枕草子 いとめでたし! (朝日小学生新聞の学習読みもの)

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  • 作者:天野慶
  • 発売日: 2019/09/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)