にげなきもの
似合わないもの。身分の低い者の家に雪が降った様子。そんな家に、月明かりが差し込んでいるのも残念。月が明るい夜に、屋形のない車に出会うこと。また、そんな粗末な車なのに「あめ牛」を繋いでるの。それから、結構年取ってる女が大きなお腹で歩くのもねぇ。若い男が通ってるのさえ見苦しいのに、その男が別の女の人のところに行ったって腹を立ててるんだから。
年取った男が、寝ぼけてるの。で、そんなジジイが髭面で椎の実をかじってるのもね。歯もない女が梅の実を食べて酸っぱがってる様子も。
身分の低い人が紅色の袴をはいてるの。最近はそんなのばっかよね。
靫負(ゆげひ)の佐(すけ)が夜、パトロールをしてる様。その狩衣姿だってかなりヘンなの。人に怖がられる上着がまた大げさ! そんな人がうろついてるのを見つけたら軽蔑でしょうよ! なのに「怪しい者、いるんじゃない?」とかって尋問するのよね。で、入ってきて、空焚きものの香りのついた几帳に掛けた袴なんかは、全然そこに似つかわしくないの。
見目麗しい若い男のコが弾正の弼になるのも、かなりいかしてないわ。宮の中将(源頼定)なんかが就任してたのは、ほんと残念だったでしょう。
----------訳者の戯言---------
あめ牛は「黄牛」と書くらしい。実際には飴色の毛色の牛で、昔はりっぱな牛として尊ばれたそうです。
靫負(ゆげひ)の佐(すけ)。靫負というのは衛門府のことです。佐は次官でしたね。そういえば「花の木ならぬは② ~あすはひの木~」のところで、兵衛や衛門の官の異名として「柏木」と呼ばれることがあったらしいとも書いていました。
「空だきもの」。「からだきもの」ではなく「そらだきもの」です。お風呂ではありません。「たきもの」は漢字で「薫物」です。薫物には単なる「薫物(たきもの)」と「空薫物(そらだきもの)」があるそうです。「薫物」は仏様の供養をする時に焚く香(こう)、「空薫物」はそういう「供養の気持ち」が込められてない(なんにもない)から「空」ということのようです。
「几帳」というのは、当時の間仕切り、でしたね。可動式のパーテーションです。
しかし、この衛門府の佐(すけ)、えらく嫌われましたね。武官の、粗野な、武骨な感じが嫌なんでしょうかね。というか、ある特定の個人が嫌いだったのかもしれない。着てるものももちろんセンスねーと思ってるんだろうけど、その振る舞いとか、局の雅(みやび)な几帳にそういう下品な服なんか、掛けないでいただける?っていう感じですね。
弾正の弼(ひち)っていうのは、弾正台(だんじょうだい)という警察的組織の尹(長官)の補佐官です。源頼定という人は当時評判の美男子で色好みだったらしい。しかし、なんでイケメン男子が弾正の弼に似合わないのかがよくわかりません。まあ、これも武官ですから、ハンサムな貴公子がやる仕事じゃねーよ。ブサイクで粗野な奴がやっときゃいいのよ的な言い草ですか。もしくは、おキレイなおぼっちゃまクンじゃ務まんないわよ、って話ですか? どっちにしても、ひどいこと書いてます。
警察官や自衛官に対する感情と言うのは、今も同じようなことがあるわけで、何となく嫌いとか、怖いとかね。もちろん誤解も多いんですけどね。それに加え、彼らは時の権力の象徴でもあり、また権力者の意をそのまま実行する実務部隊でもありました。清少納言が時の権力者(藤原道長)に反発する気持ちが表れていたのかもしれません。
ただ、それを差し引いても、表現については、また出ました身分差別、という感じですね。わかってはいるんですが、現代の私のメンタリティだと受け入れがたい表現だらけです。
身分差別だけでなく、性差別、高齢者差別、エイジハラスメント、シルバーハラスメントの類、職業差別、対男性のセクシャルハラスメント的要素もはらんでいます。
分不相応なもの。とか言って、途中からは単に気に入らないものをdisりまくり。もうめちゃくちゃで、今ならSNS炎上、アカウント削除、有名人ですからyahooニュースのトップに載るレベル。
「同じことなれども」の段でも、人権感覚についてはいちいちひっかかってられない、と書いてるんですが、また書いてしまいましたよ。
優れた随筆家なら、そういった階層社会に疑問を呈するぐらいでなけりゃ、とほんとに思います。
【原文】
にげなきもの 下衆の家に雪の降りたる。また、月のさし入りたるも、口惜し。月の明かきに屋形なき車のあひたる。また、さる車にあめ牛かけたる。また、老いたる女の腹高くてありく。若き男持ちたるだに見苦しきに、こと人のもとへいきたるとて腹立つよ。
老いたる男の寝まどひたる。また、さやうに鬚がちなる者の椎つみたる。歯もなき女の梅食ひて酸がりたる。
下衆の紅の袴着たる。この頃はそれのみぞあめる。
靫負(ゆげひ)の佐(すけ)の夜行姿。狩衣姿も、いとあやしげなり。人におぢらるる袍(うへのきぬ)は、おどろおどろし。立ちさまよふも、見つけてあなづらはし。「嫌疑の者やある」ととがむ。入りゐて、空だきものにしみたる几帳にうちかける袴など、いみじうたつきなし。
形よき君達の、弾正の弼(ひち)にておはする、いと見苦し。宮の中将などの、さも口惜しかりしかな。