七月ばかりいみじう暑ければ①
七月の頃になっても、めちゃくちゃ暑いから、家のあちこちを開け放って夜を明かすんだけど、月のキレイに見える頃、不意に目覚めて外を見たら、とっても素敵に感じるんですよね。月が出てなくて真っ暗なのもまたいい感じなの。有明の月はもう言葉にするのも愚かなくらい、素敵なのよね。
とってもピカピカできれいな床板の部屋の端に、ま新しい畳を一枚敷いて、三尺の几帳を部屋の奥の方に押しやってるのは、なんか違う感じ。几帳はそもそも外向きの出入口側に立てるべきものなんだけどね。奥のほうが気になるんでしょうか。
恋人は帰ってしまったのでしょうか、裏がとっても濃くて表は少し色褪せた風の薄色の衣、じゃなければ、元々光沢がある濃い色の綾織で、まだそんなには柔らかくなってないのを、頭の方まで被って寝ているの。
香染の単衣、もしくは黄色の生絹の単衣、紅の単衣、袴の腰紐がすごく長く、衣の下から引き出されたまま着てるっていうのも、まだ衣が解けたまま、っていうことなんでしょう。
衣から出てる髪はまとまっててしかもふわっとボリュームがあるから、その長さもなんとなくわかるの。で、またどこからか、朝方になってとっても霧が立ち込める中、二藍の指貫、あるかないかの色の香染の狩衣、白い生絹に紅色が透けてるのが、艶っぽくて、霧でかなり湿ってしまったのを脱いで、ヘアスタイルもちょっとぼさぼさに乱れてるし、烏帽子を無理してかぶってる感じも、だらしなく思える人が…。
----------訳者の戯言---------
有明(ありあけ)というのは、「まだ月があるうちに夜が明けること」だそうです。明るくなってきた空に、うっすら白い月が浮かんでいる様子ですね。
几帳は今で言うところのパーテーション。衝立です。
「薄色」は単に薄い色を指すのではなく、色の名前です。やや赤みのあるとても薄い薄紫です。ここに書かれているようにまるで褪せた色のようでもあります。
香染は丁子で染めたもので、薄い茶色です。以前出てきた「香色」よりは濃いですね。カフェラテの色ぐらいの感じ。同じ丁子で染めても媒染剤というものを使うと「香染」の濃さが出るらしい。
前にも書きましたが、狩衣はインフォーマル、カジュアル系です。
ふくだみたる。というのは、ぼさぼさになる、とか、けばだつという意味です。そういえば「すさまじきもの」で、手紙の紙がぼさぼさになってて…というくだりがありましたね。
ちょっと、後半を読んでいない時点では、なんか異様な感じです。今の感覚から言うと、セキュリティ、そんな無防備でいいのか?とも思うくらいですね。もちろんハード部分だけではなくて、この女子、メンタル的にもだらしない感じしかしないです。
それとも、あえてアンニュイな感じを味わう段なのですか。最後に出てきた男も何か怪しいですしね。
当時はこんなもの、これが常識的範疇にあった、むしろ当時の情緒であった、と、たぶん言われるんでしょうけどね。もしそうなら、平安貴族などというもの、これについては良いセンスではないな、と私、思います。
そんなことを感じつつ、後半に続きます。
【原文】
七月ばかりいみじう暑ければ、よろづの所あけながら夜もあかすに、月の頃は寝おどろきて見出だすに、いとをかし。闇もまたをかし。有明、はた言ふもおろかなり。
いとつややかなる板の端近う、あざやかなる畳一枚(ひとひら)、うち敷きて、三尺の几帳、奥の方におしやりたるぞあぢきなき。端にこそ立つべけれ。奥の後ろめたからむよ。
人は出でにけるなるべし、薄色の裏いと濃くて、上は少しかへりたるならずは、濃き綾のつややかなるが、いとなえぬを、かしらこめに引き着てぞ寝たる。香染の単衣、もしは黄生絹の単衣、紅(くれなゐ)の単衣、袴の腰のいとながやかに、衣の下よりひかれ着たるも、まだ解けながらなめり。
外(そと)のかたに髪のうちたたなはりてゆるらかなるほど、長さおしはかられたるに、またいづこよりにかあらむ、朝ぼらけのいみじう霧り満ちたるに、二藍の指貫に、あるかなきかの色したる香染の狩衣、白き生絹に紅のとほすにこそはあらめ、つややかなる、霧にいたうしめりたるを脱ぎ、鬢の少しふくだみたれば、烏帽子のおし入れたるけしきも、しどけなく見ゆ。
検:七月ばかりいみじう暑ければ 七月ばかりいみじうあつければ