枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。

大進生昌が家に② ~同じ局に住む若き人々などして~

 同じ部屋に滞在する若い子たちみんな、別に何も気にしないで、眠くなったので寝てしまいました。
 私の部屋は東棟の「西の廂」の部屋で、北に続いてるんだけど、北の障子戸にはカギも付いてなくって。そのことも確認しないで、家の主人だってことで、家の勝手も知ってて開けたんだね。変にしゃがれてて上ずった声で、「入っていいですか? どうですか?」と、何回か言う声がするから、びっくりして見たら、几帳の後ろに立ててた燭台の光で明々としててね、そこで障子を15cmほど開けて言ってたんです。めっちゃウケるww
 こんな色っぽいことなんか絶対しないはずのに、自分ちに中宮が来られたので、浮かれちゃって無闇にはしゃいじゃってるんだろうなーって思って、すごく可笑しいのよね。

 横に寝ている女房を揺り起こして、「あっちをご覧になって! こんな時にほんとなら見れない者がいるじゃん!」って言ったら、頭を持ち上げて見て、めちゃくちゃ笑うの。「あれは誰? 告白しに来たの?」って言ったらね、「違いますよー。家の主として、相談したいことがことがございまして…」って言うの。で、「門のことは言いましたけど、障子を開けけてくださいなんて、言ったかしら?」って言ったら、「そのことも申し上げましょう。そちらに伺ってもいいですか? いかがですか?」と言うもんだから、「ほんとに見苦しゅうございますわ! ここから先は入っちゃダメです」って他のコが笑ったら、「若い人がいらっしゃったんですね」って、戸を閉めて帰って行った後、めちゃくちゃ笑っちゃって。開けるくらいなら、シンプルに入ってきたらいいんだし。いいかどうかと言われたら、OKとは誰も言わないでしょうよ、ホント、ウケるわ。


----------訳者の戯言---------

廂というのは「ひさし」のことで、母屋の外側に付加されてる部屋、らしい。

「几帳」というのは、この当時の間仕切りらしいです。可動式のパーテーションですね。
細かなところまできっちりしている人を「几帳面な人」と言ったりしますが、この几帳から来てるそうです。元々、几帳の柱が細部まで丁寧に仕上げてある、ということからこう言うんですね。勉強になりました。

まあ、こういう気のつかない人、残念な人というのは、いつの世にもいるもので、ある意味、不器用な人であり、同情すべきでもあります。


【原文】

同じ局に住む若き人々などして、よろづの事も知らず、ねぶたければみな寝ぬ。東の対の西の廂、北かけてあるに、北の障子に懸金もなかりけるを、それも尋ねず、家あるじなれば、案内を知りて開けてけり。あやしくかればみさわぎたる声にて、「候はむはいかに、いかに」と、あまたたび言ふ声にぞおどろきて見れば、几帳(きちやう=間仕切り)の後ろに立てたる灯台の光はあらはなり。障子を五寸ばかり開けて言ふなりけり。いみじうをかし。さらにかやうのすきずきしきわざ、ゆめにせぬものを、わが家におはしましたりとて、むげに心にまかするなめり、と思ふも、いとをかし。

かたはらなる人を押し起こして、「かれ見給へ。かかる見えぬもののあめるは」と言へば、かしらもたげて見やりて、いみじう笑ふ。「あれはたそ、けそうに」と言へば、「あらず。家のあるじと、定め申すべきことの侍るなり」と言へば、「門のことをこそ聞えつれ、障子開け給へとやは聞こえつる」と言へば、「なほそのことも申さむ。そこに候はむはいかに、いかに」と言へば、「いと見苦しきこと。さらにえおはせじ」とて笑ふめれば、「若き人おはしけり」とて、引き立てて往ぬる、のちに、笑ふこといみじう、開けむとならば、ただ入りねかし、消息を言はむに、よかなりとは、たれか言はむ、と、げにぞをかしき。