枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。

大進生昌が家に③ ~つとめて、御前に参りて啓すれば~

 早朝、定子様の御前に参上してご報告したら、「そんな軽薄な話は聞いたことない人なのにね。昨夜のことに感心して行ったんでしょう。不憫ですね、あんまりあの人のことを手厳しく言うのも、かわいそうですよ」って、お笑いになるのです。

 姫宮(内親王)様にお仕えする女の子の着物を作るようにと定子様が生昌におっしゃった際にも、「この『袙(あこめ)のうわおそい(上襲=上に着る物)』は、何色にして仕立てましょうか」って言うから、また笑っちゃうんだけど、仕方ないよね。
 「姫宮の御膳に使う食器は、大人に使うものでは具合悪いでしょう。小せえ折敷に、小せえ高坏なんかのほうがよろしゅうございますでしょう?」なんて言うもんだから、「そう、それだったら、『うわおそい』を着た子も、お仕えしやすいでしょうしねw」って私が言ったら、定子様が「いやいや、普通の人みたいに、この人をそんな風に笑ってはいけません。とてもまじめな人なのですから」と、すごく気の毒がっていらっしゃるの、それがまたとっても素敵なのです。

 合間の時間帯に、「大進が(清少納言に)どうしても申し上げたいことがあるんですって」と(誰かが)言ってるのを、定子様がお聞きになって、「またどんなことを言って、笑われようとしてるのかしらね」とおっしゃる様子もまたかわいらしいの。
 「行って聞いてきたら!?」とおっしゃるので、わざわざ出向いたら、「あの夜の門のことを、中納言(兄の平惟仲)に話しましたら、すごく感心いたしましてね、『何とかいい機会があったら、ゆっくりお会いしてお話ししたいもんだよね』って申してましたよ」って、でもそれ以上には何も言わないのよね。
 あの夜のことを言うのかな、とドキドキしたんだけど、「今はまあ、置いといて、また、そちらに伺いますね」とだけ言って帰っちゃったので、定子様の元にまた参上したら、「それで、何事でしたの?」とおっしゃるの。で、彼が言ったことを、こうこうこうでした、と申し上げたら、みんなが「わざわざ、お伺いを立てて、呼び出して言うことではないわよねー。たまたまお屋敷の端っこの方とか部屋なんかにいる時にだって言えるでしょうに」って笑うんだけど、定子様だけは「自分の中で『賢い』って思う人が褒めたものだから、きっと喜ぶだろうナって思って、報告に来たんじゃないかしら?」って。そうおっしゃる、その様子も、すごくステキなのです。


----------訳者の戯言---------

袙(あこめ)っていうのは女の子の着物の一つなんだそうです。その上に「汗衫(かざみ)」という上着を着るらしいんですが、その名前を知らなかったようですね、生昌は。で「うわおそい(上襲)」、つまり「上に着るもの」って雑な感じに言っちゃった。
で、笑われてしまったと。

折敷(おしき)というのは食器を載せる四角い縁付きのお盆に脚がついた食台とのこと。高坏(たかつき)というのは高い台のついた坏形の食器。「坏」というのはお椀よりは浅くて皿よりは深い、というものらしい。だいたい木製で、形はソーサー型のシャンパングラスのような形です。飲み口が広くフラットになってる、シャンパンタワーに使うやつといえば、わかりやすいでしょうか。

ここで出てきた「中納言(兄の平惟仲)」は前々回、「大進生昌が家に①」でちょっと触れましたが、中宮定子の兄である藤原伊周の政敵・藤原道長に超ヨイショして昇進した人ですね。
平惟仲と平生昌は異母兄弟のようですが、きっと兄のことを尊敬してたんでしょうね。

読んでいると、なんとなく、生昌がことあるごとに笑いものにされてるように見えるんだけれども、そんな大悪人でもなく、ちょっとドジで、でもマジメ、という意外といい人そうにも感じられるようになってきます。イジられキャラですね。アンジャッシュの児島的な。夜這い?モドキのことされても、清少納言もまんざらでもなさそうですしね。

そして何かにつけて、中宮定子を絶賛する清少納言。ほめ過ぎ。


【原文】

つとめて、御前に参りて啓すれば、「さることも聞えざりつるものを。夜(よ)べのことにめでて行きたりけるなり。あはれ、かれをはしたなう言ひけむこそ、いとほしけれ」とて、笑はせ給ふ。

姫宮の御方の童べの装束、つかうまつるべきよし仰せらるるに、「この袙のうはおそひは、何の色にかつかうまつらすべき」と申すを、また笑ふもことわりなり。「姫宮の御前の物は、例のやうにては、憎げに候はむ。ちうせい折敷に、ちうせい高坏などこそよく侍らめ」と申すを、「さてこそは、うはおそひ着たらむ童も、参りよからめ」と言ふを、「なほ、例の人のやうに、これなかくな言ひ笑ひそ。いと謹厚なるものを」と、いとほしがらせ給ふもをかし。

中間なるをりに、「大進、まづ物聞えむとあり」と言ふを聞こしめして、「またなでふこと言ひて、笑はれむとならむ」と仰せらるるもまたをかし。「行きて聞け」とのたまはすれば、わざと出でたれば、「一夜の門のこと、中納言に語り侍りしかば、いみじう感じ申されて、『いかでさるべからむをりに、心のどかに対面して、申し承らむ』となむ申されつる」とて、またことごともなし。一夜のことや言はむ、と心ときめきしつれど、「今しづかに、御局に候はむ」とて往(い)ぬれば、帰り参りたるに、「さて、何事ぞ」とのたまはすれば、申しつることを、さなむと啓すれば、「わざと消息し、呼びいづべきことにはあらぬや。おのづから端つ方、局などにゐたらむ時も言へかし」とて笑へば、「おのが心地にかしこしと思ふ人のほめたる、うれしとや思ふと、告げ聞かするならむ」とのたまはする御けしきも、いとめでたし。