枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。

うへに候ふ御猫は①

 一条天皇といっしょに暮してるらっしゃる猫は、五位の位階を授けられてて、「命婦(みょうぶ)のおとど」という名前で、すごくかわいくって、天皇も大事にお世話をなさってたんだけど、ある日部屋の端に出てって寝てるもんだから、お世話係の馬の命婦が、「あら、みっともない。奥に入りなさい!」って呼んだのね。それでも日なたで気持ちよく眠ってたから、驚かそうとして、「(犬の)翁丸はどこ? 命婦おとどに噛みついちゃえ!」って言ったもんだから、「マジか!」って、バッカみたいに襲いかかっちゃったの。それで、怯えて、うろたえちゃって、「おとど」は御簾の中に逃げ込んじゃったんです。

 ちょうどご朝食の部屋に天皇がいらっしゃったので、これをご覧になってめちゃくちゃ驚かれたのね。猫を懐にお入れになって、男の人たちを呼んで、蔵人の源忠隆となりなかが参上したらね、「この翁丸をたたいて懲らしめて、犬島に流しなさい! すぐに!」っておっしゃるから、みんな集まって大捕り物になっちゃったの。お世話担当の馬の命婦のほうも責め立てて、「担当を変えよう、すごく不安だ」とおっしゃるので、恐縮して天皇の御前にも出られないの。犬は捕まえられて、滝口の武士なんかに追放されてしまったのよね。

 「かわいそう、すごくゆったりと歩いてたのにね。3月3日の桃の節句に、蔵人頭が柳の飾りをつけ、桃の花をかんざしにして、桜を腰に差したりして歩いてた時は、こんな目に遭うとは思わなかったでしょうに」って、つくづく同情してしまいますわ。


----------訳者の戯言---------

五位に任命されることを「かうぶり/こうぶり」と言ったらしいです。冠のことですね。五位になったら初めて冠をかぶることを許されることからこう呼んだんだそうです。
一条天皇、猫に冠位を与えたわけですね。

「源忠隆」はまあ、わかります。人の名前ですね。当時の蔵人の一人のようです。しかし「なりなか」は不詳。やはり蔵人の一人かと思いますが、どのテキスト見ても不詳となっています。
蔵人っていうのは、この前にも出てきましたが天皇の秘書官ですね。

犬島。犬にも島流しがあるんかいな、と思ったら、本当にありました。島じゃないんですけどね。
現在の京都市伏見区淀、というところ。今は京都競馬場がある辺りです。罪を犯した犬の流刑地だったんですって。

「滝口」というのは、もちろん滝口さんという人のことではなく、「滝口の武士」のことでした。滝口の武士というのは当時の内裏の警護係だったそうですね。9世紀末から、蔵人所の組織下にあった武士だとか。
清涼殿の東庭北東の「滝口」と呼ばれてる御溝水(みかわみず)の落ち口の近くに詰所があったので「滝口」「滝口の武士」と呼ぶようになったそうです。

私、思うんですけど、一条天皇も、馬の命婦っていう「命婦おとど」(猫)の世話係も、大人げないです。でもこの頃、一条天皇ってまだ20歳過ぎくらいなんですよね。で、天皇の指示とは言え、蔵人とか滝口の武士とかも、別に罪もないような犬を捕まえて懲らしめるってよー。
と思いました。

命婦」というのは五位以上の位階にある女性のことだそうです。「おとど」というのはネットで調べたら、「御殿」または「大臣の尊称」とありましたね。この猫さん、男の子なのか女の子なのか、それもちょっとわかりませんね。ま、名前なんでね、「おとど」ちゃんでいいですか。ですね。


【原文】

うへに候ふ御猫は、かうぶりにて命婦おとどとて、いみじうをかしければ、かしづかせ給ふが、端に出でて臥したるに、乳母の馬の命婦、「あな、まさなや。入り給へ」と呼ぶに、日のさし入りたるに、ねぶりてゐたるをおどすとて、「翁丸いづら。命婦おとど食へ」と言ふに、まことかとて、しれものは走りかかりたれば、おびえまどひて、御簾のうちに入りぬ。

朝餉の御間に、上おはしますに、御覧じていみじう驚かせ給ふ。猫を御懐に入れさせ給ひて、男ども召せば、蔵人忠隆、なりなか参りたれば、「この翁丸打ち調じて、犬島へつかはせ。ただ今」と仰せらるれば、集まり狩り騒ぐ。馬の命婦をもさいなみて、「乳母かへてむ。いと後ろめたし」と仰せらるれば、かしこまりて御前にも出でず。犬は狩り出でて、滝口などして追ひつかはしつ。

「あはれ、いみじうゆるぎありきつるものを。三月三日、頭の弁の柳かづらせさせ、桃の花をかざしにささせ、桜腰にさしなどしてありかせ給ひしをり、かかる目見むとは思はざりけむ」などあはれがる。


検:うへにさぶらう御猫は 上にさぶらふ御猫は