枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

見るものは

 見物すべきものは、臨時の祭。行幸。祭の帰さ。御賀茂詣で。


----------訳者の戯言---------

神社にはそれぞれの例祭ではなく、臨時に行なう祭があります。特に、毎年旧暦11月、下(しも)の酉(とり)の日に行なう賀茂神社の祭、陰暦3月の中の午(うま)の日に行なう石清水八幡宮の祭、陰暦6月15日に行なう祇園の祭などのことを、臨時の祭と言うそうですね。
例祭っていうのは、年一回の大祭のこと。メインの祭です。けど、臨時の祭が決まった日にあるってことは、それも例祭じゃないの?とも思いますが、いちばん重要な最大のお祭だけを「例祭」と言う決まりなんですね。上げ足を取るようなことは言ってはいけません。


行幸というのは、帝の外出のことです。当然ですが、パレードのような行列になります。現代でも陛下が車でお通りになる時、みんな日の丸の旗振ってますもんね。一種のレジャーでもあるのは、当時も今も同じなのでしょう。

しかし、京都人の中には、今だに天皇陛下が「東京に行幸してはる」(東京行幸)と言い張ってる人がいるようですね。笑いますね。


当時は京都で祭っていうと、葵祭のことなんですね、当然のこととして。で、今、葵祭と言われているのは賀茂神社のお祭り(賀茂祭)です。勅祭ですから、やっぱり皇族貴族のものなんですね。
京都を代表する祭りには祇園祭もありますが、祇園祭のほうがだいぶ後のもので、どっちかっていうと町人のお祭りらしいです。

「かへさ」というのは「帰り道」ということなんですが、賀茂祭の翌日、斎王 (斎皇女/いつきのみこ/さいおう) が上賀茂神社から紫野(今の京都市北区)の斎院に帰る行列のことを「祭の帰さ」と言ったんですね。ですが斎院というものは今は残ってません。

昔、斎王は皇族、つまり親王とかがその役を担ったそうですが、途中で無くなって最近までそういう存在はなく、今は「斎王代」という女性が民間から選ばれるようになったそうです。これは昭和30年代以降ですから、結構新しいシステムのようですね。ただ、オーディションとか公募とかではないそうです。ニュースとかでは言いませんけど、数千万円負担できる資産家のお嬢様でないとなれないらしいですね。なので、だいたいは社長令嬢とか、料亭の娘さんとか、大きなお寺の住職の娘さんとか、茶道の家元の娘さんとかがなってるようです。


御賀茂詣。賀茂詣でというのは、賀茂祭の前日、摂政や関白が賀茂神社にお詣りすることだそうです。


「押し」の観覧イベントです。何が面白いのかよくわかりませんが、行列を見たりするのが楽しかったようですね、清少納言は。
TDRとかユニバのパレードとかならわかりますけどね。単なる帝とか貴族とかの行列でしょ。歓迎ー!とかの感じでもなく、むしろレジャー、エンタテイメント的な感じですから、理解不能です。
ただ、ここではメイン中のメインイベントである賀茂祭葵祭はあえてはずしているんです。一般人が見逃しがちな、ここに注目してる私ってステキでしょ、という意図さえ垣間見えます。やらしいよね。

石清水八幡宮の臨時の祭については
なほめでたきこと①
なほめでたきこと②
なほめでたきこと⑤

石清水八幡宮賀茂神社の臨時の祭については
なほめでたきこと③

賀茂神社の臨時の祭の行列については
なほめでたきこと④

もご参照ください。


【原文】

 見るものは 臨時の祭。行幸。祭のかへさ。御賀茂詣(みかもまうで)。