枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

笛は

 笛は、横笛がとてもいかしてるのよね。遠くから聴こえてるのが、徐々に近づいてくるのがいい感じ。近かったのが、離れてってごく微かに聴こえるのも、すごく雰囲気あるの。車に乗ってても、歩いてても、馬に乗ってても、いつも懐に差し入れて持ってたって、全然おかしく見えないしね。こんなに素敵なものってないわよ。まして、自分が知ってる曲なんかは、すごくすばらしいの。明け方、まだ暗いうちに、彼が忘れてったいかした笛が枕元にあるのを見つけたのも、やっぱいい気分。で、彼が人をよこして取りに来させたら、笛を紙に包んで返すっていうのも、立文みたいに見えたわ。

 笙の笛は月の明るい夜、車とかで聴けたのが、めちゃくちゃ素敵だったの。でも大きいから、狭いところでは扱いづらく思えるわね。それにこれ、吹く顔はどうなんでしょ? でも、それは横笛も同じこと、吹き方しだいのようだわね。

 篳篥(ひちりき)はすごくうるさくて、秋の虫で言うと、クツワムシみたいな感じがして不快! 近くでは聴きたくもないわ。まして下手に吹いてるのは、めっちゃ憎ったらしいんだけど、でも、臨時の祭の日に、まだみんなが帝の御前には出ないで、物の後ろで横笛を素晴らしく吹いてるのを、わぁステキだわ♡って聴いてたら、途中あたりから篳篥が参加して、いっしょに吹いたのは、ただただ素晴らしくて、綺麗な髪を持ってる人も、全部逆立っちゃうんじゃないかっていうぐらいの気分がするわ。で、だんだんと、琴や笛に合わせて歩き出てきたのが、すごくいかしてたのよね。


----------訳者の戯言---------

笛、と書いてますが、吹く楽器全般を笛と言ったのでしょう。つまり管楽器のことです。
中でも横笛、褒めまくりです。

立文(たてぶみ)というのは、書状の形式の一つで、書状を「礼紙(らいし)」という別の紙で巻き包み、さらに白紙の包み紙で縦に包み、余った上下を裏側に折るもの、だそう。正式で儀礼的な書状の包み方らしいです。めちゃくちゃていねいな包み方ですが、よく考えてみると祝儀袋とかお香典とかって、こういう感じですよね。


笙(しょう)というのもみなさんご覧になったことがあるかと思いますが、いろいろな長さの管がまとめられた感じの楽器です。17本のようですね。で、音はハーモニカに近い感じの音です。これだけ管があっても、音階の順には繋げられていません。一見、ランダムに見えます。ということで、調べると、どうも笙というのは主にコード(和音)を吹く楽器のようなのですね。なるほど。


篳篥(ひちりき)は割と滑らかな音がするリード楽器です。雅楽の主旋律を奏でる楽器ですから、聴いたことのある方も多いのではないでしょうか。以前、東儀秀樹という雅楽家が吹いているのをテレビで見たことがあります。西洋楽器で言うと、サックスとかクラリネットとかに近いかもしれません。でもダブルリードで吹くらしいですから、オーボエにいちばん近いかもしれないですね。余談ですが、私、オーボエはリード楽器の中でも特に繊細なリード楽器だという認識でして、なぜかというと、学生時代にオーボエをやってた同級生が、楽器の練習よりもリード作りに時間をかけていたからです。いつも水につけて、ナイフで削っては鳴らしていたのをよく見てました、懐かしいですね。

横道にそれましたが、篳篥は主旋律を担当する楽器です。クツワムシというと、まじ日本一うるさいと言われている虫ですよ。さすがに、それといっしょにすんなよと思います。全然違いますよ。聴いたのがよっぽどダメダメな演奏だったのかな?とも思いますけど、清少納言の音楽的センス、どうもあやしいですね。篳篥の音をクツワムシというのはハッキリ言って頭おかしいです。

しかし、篳篥の他の楽器とのセッションプレイについては肯定的なんですよね。つまり、単旋律楽器、特に篳篥についてはアンサンブルでより魅力を増すとも言えるかもしれません。単音楽器である管楽器の無伴奏ソロは普通にありますし、横笛などはその最たるものでしょうけれど、篳篥は向いていないと感じたのでしょうか。もちろん、私は必ずしもそうだとは思わないですし、おそらく名プレイヤーが吹けば、すばらしい演奏が聴けるはずです。
ただ、清少納言も言うとおり、楽器のアンサンブル、セッションというのは、非常にエキサイティングで楽しいものであるということもまた、間違いありません。


さて、笛と言うと、源博雅(みなもとのひろまさ)です。小説やドラマ、映画の「陰陽師」で安倍晴明のパートナーとして登場する、あの人です。元々皇籍にありましたが臣籍降下した公卿で雅楽家です。ドラマでは横笛を吹くイメージですが、得意だったのは篳篥(大篳篥)だったらしい。ただ、横笛、琵琶、筝、和琴も演奏したマルチプレイヤーではあったようですね。作曲家でもあったようです。
ですが、安倍晴明と友だちだったという史料は残ってないらしいですね。完全にフィクションです。おもしろいからいいんですが。


【原文】

 笛は 横笛いみじうをかし。遠うより聞こゆるが、やうやう近うなりゆくもをかし。近かりつるが遥かになりて、いとほのかに聞こゆるも、いとをかし。車にても、徒歩(かち)よりも、馬よりも、すべて、懐にさし入れて持たるも、何とも見えず。さばかりをかしき物はなし。まして聞き知りたる調子などは、いみじうめでたし。暁などに忘れてをかしげなる枕のもとにありける、見付たるもなほをかし。人の取りにおこせたるをおし包みてやるも、立文のやうに見えたり。

 笙(さう)の笛は月の明かきに、車などにて聞き得たる、いとをかし。所せく持てあつかひにくくぞ見ゆる。さて、吹く顔やいかにぞ。それは横笛も吹きなしなめりかし。

 篳篥(ひちりき)はいとかしがましく、秋の虫を言はば、轡(くつわ)虫などの心地して、うたてけ近く聞かまほしからず。ましてわろく吹きたるは、いとにくきに、臨時の祭の日、まだ御前には出でで、ものの後ろに横笛をいみじう吹きたてたる、あな、おもしろと聞くほどに、なからばかりよりうち添へて吹きのぼりたるこそ、ただいみじううるはし髪(がみ)持たらむ人も、みな立ちあがりぬべき心地すれ。やうやう琴・笛にあはせてあゆみ出でたる、いみじうをかし。