枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

頭の弁の御もとより

 頭の弁(藤原行成)のところから、主殿司(とのもりづかさ)が絵みたいなものを、白い色紙に包んで、梅の花がきれいに咲いたのに付けて持って来たの。絵なんだろうかな?って急いで受け取って見たら、餅餤っていうものを2個並べて包んでたのね。添えられてた立文には、解文(げもん)の書式で、

進上 餅餤一包
例に依て進上如件(しんじょうくだんのごとし)
別当 少納言殿

って、月日を書いて、「みまなのなりゆき」名義で最後に「この男は自ら参上したいと考えてはいるんですが、昼はルックスがイケてないってことで参上しないようです」って、すごくきれいな字で書いていらっしゃるの。
 定子さまのところに参上してお見せしたら、「すばらしい字で書いてあるわね。おもしろくできてるじゃない」なんてお褒めになって、解文はそのままお取りになったのね。「返事はどうしたらいいでしょう? この餅餤を持って来た時には、使いに褒美なんかを取らせるんでしょうか。知ってる人がいればいいんですけど」って言ったら、それをお聞きになって、「(平)惟仲(これなか)の声がしてたわね。呼んで聞きなさいよ」っておっしゃるから、部屋の端に行って、「左大弁(平惟仲)にお話ししたいんです」って、侍に呼ばせたら、すごくきちんとした服装でやって来たの。
 「違うの、私用なんです。もしかしたら、この弁や少納言なんかのところに、このようなものを持って来る下部(しもべ)とかに、何か渡したりすることがありますか?」って言うと、「そういうことはしなくても大丈夫です。ただ受け取って食べるだけですよ。どうしてそんな事をお聞きになるんです? もしかして、上官の誰かからお貰いになったんですか?」と聞いてきたから、「どうでしょう??」って答えて、(頭の弁への)返事をすごく赤い薄様の紙に「自分で持ってこないで下部に持って来させるのは、とっても冷淡だと思われてしまいますわよ」って、立派な紅梅に付けてお送りしたら、彼がすぐにいらっしゃって、「下部が参りました、下部が参りました」っておっしゃるから、出てったら、「あのような手紙ですから、適当に歌を詠んで送ってこられると思ってたら、本当にイカした文章が書かれてました。女子でちょっとでも自分には教養があると思ってる人たちは歌を詠みたがるんですよね。でもそうでない女性のほうが話しが通じるんです。私なんかに歌を詠んで送ってくる人は、かえって無粋なんですよ」なんておっしゃるのよ。
 「則光とか成康?みたいだなって笑って終わった、そのことを、彼が帝の御前に人々が大勢いた時にお話しになったら、『上手いこと言ったもんだなぁ』って帝もおっしゃってましたよ」って、後で他の人が私に教えてくれたの。みっともない自慢話でしかなくて笑っちゃうんだけどね。


----------訳者の戯言---------

頭の弁。以前も出てきましたが、藤原行成のことです。頭というのは蔵人頭のこと。弁(弁官)というのは、朝廷の最高機関「太政官」の事務官僚で四位五位相当の官だそうです。この二つを兼任しているのが「頭の弁」で、当時この任に就いていたのが、三蹟の一人、能筆家としても有名な藤原行成です。「職の御曹司の西面の立蔀のもとにて①」に登場、清少納言とじゃれ合うかのようにやりとりを交わした年下の多才なインテリ、エリートでもあります。

主殿司(とのもりづかさ)は、天皇の車、輿輦、帷帳に関すること、清掃、湯浴み、灯火、薪炭なんかをつかさどる役所の職員です。

餅餤(へいだん/べいだん)は、中国から来た唐菓子で、鵝(がちょう)や鴨の子、雑菜などを煮合わせたものを餅で挟んで四角く切ったものだそうです。これ、お菓子でしょうか? どっちかというと、サンドイッチとかハンバーガーとか、あるいは肉まんとか、そういう感じのものな気がします。
少し前の段「正月に寺にこもりたるは④」にも書きましたが、昔は食事以外の食べ物を「菓子」と言ったんですね。果物とか木の実とか。ですから、餅餤のようなスナック的なものも菓子なのでしょう。

「立文(たてぶみ)」というのは、書状の形式の一つで、書状(本文を書いた書面)を「礼紙(らいし)」という別の紙で巻き包み、さらに白紙の包み紙で縦に包み、余った上下を裏側に折るものです。正式で儀礼的な書状の包み方らしいですね。

解文(げもん/げぶみ)というのは、元々は解(げ)とも言い、律令制度において、下の役所から上の役所に出す公式な文書だそうです。

「みまなのなりゆき」は架空の人物の名前です。藤原行成がこれウケるやろな、と狙って書いたわけですが。
任那というのはご存じのとおり、6世紀頃朝鮮半島にあった国の名前です。
「なりゆき」は行成をひっくり返しただけですね。例えば福山雅治という名前の人が、「りゅうきゅうはるまさ」とか「そびえとはるまさ」とか名乗ってウケようとする感じですか。違いますか。そもそもそんなのでウケませんし。寒いだけですし。
ちなみに任那帰化人は古事記の中で「額有角人」とされているそうです。知識人の間では、任那=角のある人という共通イメージもあったのかもしれませんね。もちろん、本当に角のある人がいたわけではありません。
先ほどの例で言うと「いっかくはるまさ」「アルミラージはるまさ」とかでもいいんですが、こうなるともはやワケがわからなさすぎて、ツッコミようもなくなります。

平惟仲は「大進生昌が家に①」に出てきた平生昌の異母兄です。「訳者の戯言」にも書きましたが、なかなかの曲者のようですが、この頃はすでに50代。ベテラン公卿という役どころだと思います。そもそもは俊才だったそうで、この人は「寛和の変」という政変の裏で暗躍した人でもあります。後に道長に近づいたようですが、元は道隆派の一人でした。「寛和の変」について詳しくは「小白河といふ所は④」にあります。この人はこの人でいろいろなドラマがあるようですね。

則光は橘則光です。清少納言の元夫で兄妹のように付き合っているという男性ですね。「里にまかでたるに」という段にメインで登場しました。この段の顛末、「里にまかでたるに④」をご覧いただくとおわかりいただきやすいかもしれません。

「なりやす」は「成康」という人のことらしいですが、詳しいことはわかりませんでした。「雪国」の人(ノーベル文学賞)ですか? はい、つまらないのでスルーでいいです。
しかしまじで成康って誰?と思います。藤原でも源でも平でも橘でもありません。大江も小野も該当なしです。「成安」名でも見当たりません。まあ、そういう、和歌とか送られても…っていう「橘則光」的な人がいたんでしょう。

で、この返事の何がそんなに良かったのかというと、とっさに「餅餤」に「冷淡」で返したのがイカしてる、ということらしい。「へいだん」と「れいたん」のダジャレなんですが、機転が利く、アドリブが上手い、という評価なのでしょうか。しかもそれを自慢? 私の、というか現代のセンスでは全然ダメですね。
ただ、あの三蹟の一人の藤原行成が、結構しょーもないことしてた、というほうがおもしろかったです。それはなかなかよかったです。


【原文】

 頭の弁の御もとより、主殿司、ゑなどやうなるものを、白き色紙につつみて、梅の花のいみじう咲きたるにつけて持て来たり。ゑにやあらむと、急ぎ取り入れて見れば、餅餤(べいだん)といふ物を二つ並べてつつみたるなりけり。添へたる立文には、解文(げもん)のやうにて、

進上 餅餤一包
例に依て進上如件
別当 少納言殿

とて月日書きて、「みまなのなりゆき」とて、奥に、「このをのこはみづからまゐらむとするを、昼は形わろしとてまゐらぬなめり」と、いみじうをかしげに書い給へり。御前(ぜん)に参りて御覧ぜさすれば、「めでたくも書きたるかな。をかしくしたり」などほめさせ給ひて、解文は取らせ給ひつ。「返り事いかがすべからむ。この餅餤持て来るには、物などや取らすらむ。知りたらむ人もがな」といふを、きこしめして、「惟仲(これなか)が声のしつるを。呼びて問へ」とのたまはすれば、端に出でて、「左大弁(=惟仲)にもの聞こえむ」と侍して呼ばせたれば、いとよくうるはしくして来たり。「あらず、わたくし事なり。もし、この弁、少納言などのもとに、かかる物持て来る下部(しもべ)などは、することやある」といへば、「さることも侍らず。ただとめてなむ食ひ侍る。何しに問はせ給ふぞ。もし、上官のうちにて得させ給へるか」と問へば、「いかがは」といらへて、返り事をいみじう赤き薄様に、「みづから持てまうで来ぬ下部はいと冷淡なりとなむ見ゆめる」とて、めでたき紅梅につけて奉りたる、すなはちおはして、「下部候ふ。下部候ふ」とのたまへば、出でたるに、「さやうのもの、そらよみしておこせ給へると思ひつるに、美々しくも言ひたりつるかな。女の少し我はと思ひたるは、歌よみがましくぞある。さらぬこそ語らひよけれ。まろなどに、さること言はむ人、かへりて無心ならむかし」などのたまふ。「則光、なりやすなど笑ひてやみにしことを、上の御前に人々いとおほかりけるに、かたり申し給ひければ、『よく言ひたり』となむのたまはせし」とまた人の語りしこそ、見苦しき我ぼめどもをかし。

 

春はあけぼの (声にだすことばえほん)

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