枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、「わかりやすい」「初心者向け」となっているとは思いますがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

小白河といふ所は④ ~朝座の講師清範~

 朝の説経の講師、清範は、ステージの上も光りに満ちた気がして、ものすごく素晴らしかったわ。でも暑さがとんでもない上に、やりかけてて今日置いたままにできない仕事をそのまんまにして来たから、私はほんのちょっとだけ聞いて帰ろうとしてたんだけど、次々と車が続いてて、会場から出る術もなかったのよね。朝の部が終わったから、やっぱり出て行こうって、前に並んでる何台かの車に声をかけたら、近くに駐車してた車が、私が出ていくのがうれしいのかな、どうぞどうぞ早く早く、って車を引き出してスペースを空けてくれたんだけど、その様子をご覧になって、老上達部の皆さんは、すごく騒々しく笑って、私が帰ってしまうことを咎められるの。でも、それはあえてスルーして、無理やり狭っ苦しいところから抜け出したら、権中納言(義懐)さまが「いやいや、帰っちゃうのもいいもんさ」って微笑まれたのは、とっても素敵なお気遣いだったわ。でも、そんな言葉もしっかりと耳にとどめる間もなく、暑さで朦朧としながら出ていって、人を遣わして「(こう暑くては)あなた様も五千人の中に入るかもしれませんよね」とだけ伝えて、帰ってきたの。

 八講の初日から最終日まで、ずっと駐車してた牛車があったんだけど、人が近寄って来る様子もなく、まったく、ただただ意外に思うくらい、絵みたいに動かずに過ごしてたのね。それが珍しく、素晴らしいって、義懐さまは心惹かれたのかしら、車の主はどんな人なんだろう、どうやったらその人のことを知ることができるんだろうと、尋ね回ってるって。それをお聞きになって、藤大納言(藤原為光)さまなんかは「何がすばらしいのかねえ。全然気に入らないよね。普通じゃない者に違いないさ」って、おっしゃったの、おかしかったわね。

 さて、その月の二十日過ぎ、中納言(義懐)さまが出家なさったのは、悲しいことでした。桜なんかが散ってしまうのはさすがに世の常としても。「おくを待つ間の」とは言われるけど、そんなことも言えないくらいに、義懐さまは立派なお姿でいらっしゃいましたわね。


----------訳者の戯言---------

清範というのは、この日、朝の部の講師をやったお坊さんなんですね。調べると962年生まれなので、986年にはまだ24、5歳。ある意味、今のアイドルに近い物を感じますね。実際、人気あったらしいです。

鎌倉時代に仏教の新興宗派が出てきた頃には、アイドルお坊さんによる、仏教イベントに関わる国家的事件「承元の法難」というのがあったそうです。詳しくは、拙ブログ「徒然草を現代語訳したり考えたりしてみる」の第二百二十七段 「六時礼賛」は をご覧いただけると詳解しています。興味のある方はご覧ください。

原文に出てくる「しきなみに」です。漢字で「頻並みに」と書くようです。頻繁、頻度の「頻」ですね。「あとからあとから続くさま」を表すそうです。ここでは渋滞の様子を表していますね。

「かしがまし」は「囂し」と書くそうです。知らん。見たことないっす、こんな字。聞いたこともないし、もちろん書いたこともない。まあ、古語ですから当然ですか。と思って調べると、谷崎潤一郎の小説には出てくるらしい。「雨蛙の啼くのが前よりも繁く、囂しく聞える」とね。さすが文豪、小説家。現時点では金田一秀穂と林先生なら知ってるかも。プレバトの俳句の先生とかね、今、日本でこの字を書けるのはそのあたりぐらいでしょう。私、明日には忘れている自信あります。

うるさい、騒々しいという意味ですね。今、わざわざ「囂しい」という語を使う必要性がないんですよね。そりゃあ廃れます。仕方ないです。言葉とはそういうものだ。

いらへ。漢字では「答へ」「応へ」だそうです。意味はまあそういうことなんでしょうね。

さて、「五千人の中に入る」です。これは「五千起去」という故事があり、それに基いて言った言葉のようですね。ウィキペディアには次のように書かれています。

法華経』「方便品第二」において、釈尊が大事な教えを説こうとした時、その会座にいた5000人の四衆(比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷、すなわち男女の出家・在家修行者たち)が、すでに妙果(悟り)を得ていると自惚れていたために聞こうとせずに起立して去ったことを「五千起去」、「五千上慢」などという。

なるほど、これは当時としては、一般常識的なことだったのでしょうか。ただ、二十歳前の女子が、中納言やってる27、8のお兄さんに「(こう暑くては)あなた様も五千人の中に入るかもしれませんよね」って返すのが、まあ、清少納言清少納言たる所以なんでしょう。生意気っちゃあ生意気です。
ただ、清少納言藤原義懐は遠縁だったとか、清少納言の才覚を買っていて、出仕の際に世話をしたとかの説もあり、何らかの知り合いだった可能性はあります。

「おくを待つ間の」は、「白露の置くを待つ間の朝顔は見ずぞなかなかあるべかりける」という昔の和歌から来ています。
「白露がついて消えるまでの間だけの朝顔なんか見なかったほうがよかった」という訳になるでしょうか。意味は「はかない美しさなんて、かえってむなしくて悲しいだけなので見たくない」ということでしょう。

本題です。

何の予備知識もないまま読み進めてきましたが、意外な方向に話が進みました。
ナンパの話かと思っていたんですけど、私。少しびっくりしたというか、あれれという感じですね。

この段、確認してみると「寛和の変」という政変の数日前のことでして。言うなれば、「クーデター前夜の出来事」的なお話でした、なんと。

詳しくはお調べいただくといいのですが、当時の花山天皇の伯父だったのが、この段の主人公・藤原義懐。もっと書くと、この段でちょいちょいチャチャを入れてくる大納言の藤原為光という人は義懐の妻の父、つまり義父だそうですね。義懐の妻の妹(つまり為光の娘)の、し(漢字はりっしんべんに氏)子という人が、花山天皇の女御にもなっていたりして、このグループはかなり親密な感じです。もちろん、藤原義懐花山天皇の気鋭の側近です。実は花山天皇はこの頃、まだ17歳ぐらいでした。

ちなみに、花山天皇は「かざん天皇」と読みます。お間違えないように。

花山天皇は「し子」というこの女御を寵愛したんですが、早くに病気で亡くしてしまいます。17歳で「寵愛」ですからね17で。どうしましょ。さておき、このことで出家を考えはじめた花山天皇、右大臣・藤原兼家の陰謀で本当に出家してしまいます。(実行部隊は息子の道兼)で、これによって、側近中の側近だった藤原義懐も出家せざるを得ない状況に追い込まれる、と。これが「寛和の変」と呼ばれているものです。

藤原兼家の娘・詮子は円融天皇の女御であり一条天皇の母です。藤原兼家は、このクーデターで天皇になった一条天皇の祖父というポジションに至った、ということになります。公には「摂政」となりこれでカンペキな権力を手に入れたわけですね。

実は、この陰謀の首謀者・藤原兼家は、この段にも出てきている三位の中将=道隆(つまり中宮・定子の父)の父親でもあります。実行部隊長の道兼は道隆の弟。はたして藤原道隆はこの陰謀を知っていたのでしょうかね。

いずれにしても、これを経て藤原兼家以降、摂関は世襲となりました。後から考えると、歴史的にもすごく重要なポイントだったのですね。もう少し細かく言うと、道隆の後、弟・道長がさらに体制を固め、以後ずーっと、子孫にまで権力を保持していった、ということになります。

後年起こる、道隆の息子・伊周と道長の覇権争いについては、大進生昌が家に①にも余談として少し書きました。そこにも花山上皇が登場してましたね。そう、伊周・隆家兄弟が襲撃した事件です。

ちなみにこのイベントの会場主(タイトルの「小白河といふ所」の家長・藤原済時)は、あの村上天皇との「古今和歌集当てっこゲーム」で圧勝した宣耀殿女御=藤原芳子のお兄さんです。今回のストーリーとはあんまり関係ないですが、この人はどちらかというと、反・兼家派。でも道隆とは飲み友達で親密だったらしい。清涼殿の丑寅の隅の③ ~村上の御時に~ 参照。

とまあ、ややっこしい関係、いろいろな因縁がありすぎる当時の社会。読んでいる方は結構疲れます。バックグラウンドを把握するのも大変ですし。これだけ調べても、ごくごくほんの一部しかわかりようがないですからね。

だいたい長いし。

清少納言的には、自分の仕える家の側の陰謀によって、キラキラ素敵だった義懐お兄さまが第一線から一転して出家、僧侶になってしまったあの日あの頃のことを思い出して書いているのが、このお話。立ち位置も心情的にも微妙です。当然、陰謀や政変については具体的に触れてはおらず、これがギリギリの表現かと思います。
それでも、敢えてこれを書いたのは、やはり義懐へのシンパシーが強く残っていたからだと思います。あの頃淡い恋心に近いものもあったのかもしれません。
とすると、私的にクライマックスは、「帰っちゃうのもいいもんさ」「あなた様も五千人の中に入るかもしれませんよね」のやりとりです。

いずれにしてもこの段、エネルギー使いましたよ。次もまあまあ長いです。では。


検:小白河といふ所は

 

 

現代語訳 枕草子 (岩波現代文庫)

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