枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

関白殿、二月二十一日に⑭ ~車の左右に~

 車の左右に大納言殿(伊周)、三位の中将(隆家)のお二人で簾(すだれ)を上げ、下簾を引き上げて女房たちをお乗せになるの。大勢で群れているのなら、少しは隠れる場所もあるんだろうけど、4人ずつ記名順に従って、「誰それ、誰それ」って呼び立ててお乗せになるもんだから、歩いて出て行く気分はほんと情けなくって、目立っちゃう…っていうのも普通にあることなんだけどね。御簾の中にいらっしゃる人たちの目がある中でも、特に定子さまが見苦しいってご覧になるくらい、やりきれないことってないわよ。冷や汗がにじみ出て、きれいにセットしてた髪なんかも全部逆立っちゃってるんじゃないかな?なんて思うの。なんとかして御簾の前を通り過ぎてって、車の傍で兄弟お二人がこちらも気後れするくらいクールでキレイなお姿で微笑んでご覧になるのも現実じゃなくって夢のよう。でも、何とか倒れないでそこまで行きつけたのはエライ!っていうか厚かましいっていうか、いろいろ考えちゃうのよね。


----------訳者の戯言---------

伊周は今さら言うまでもありませんが、今回は道隆の四男、隆家のことを書いておきましょう。定子から見るとすぐ下の弟です。
天下の「さがな者」(荒くれ者)として有名だったらしく、「長徳の変」のキッカケとも言える例の「花山法皇襲撃事件」をやらかしたのもこの弟でした。では、もう一度復習しておきましょう。

長徳2年(996年)といいますから、この段の積善寺の一切経の供養の年の二年後です。


そもそもですが、花山(かざん)法皇、弱冠16歳で即位しました。
その即位した時の逸話が例のレイプ事件です。女流歌人として有名な馬の内侍という人が、即位の日に花山天皇自身にレイプされたというめちゃくちゃなことがありました。ちなみに馬の内侍は、ここでもすでに登場の家長・藤原道隆と恋愛関係にあったとか、その他いろいろな人と浮名を流した超美人だったようですね。

で、即位後、花山天皇は「忯子」という女御を寵愛したんですが、この人を早くに病気で亡くしてしまいます。このことを契機になんと花山天皇、出家を考えはじめるのです。単なるヤンチャではなくピュアなとこもあったんですね。
そして、右大臣・藤原兼家の陰謀で本当に出家してしまうことになります。この時の実行部隊は息子の道兼(道隆の弟で道長の兄)。別に武力を使ったわけではなく「退位して出家したら?? 私も出家しますし~」みたいなことを勧めたらしいんですけどね。で、道兼、言っておいて結局自分は出家しないというわかりやすい嘘をつきました。でも花山天皇の出家によって、側近中の側近だった藤原義懐も出家せざるを得ない状況に追い込まれるんです。これが「寛和(かんな)の変」と呼ばれているものなのですね。

この「寛和の変」については以前「小白河といふ所は④ ~朝座の講師清範~」に詳しく書きました。よろしければお読みください。

何度かこの段でも書きましたが、藤原兼家は関白・道隆の父です。兼家の娘の詮子(道隆の妹)は円融天皇の女御であり一条天皇の母。この段に描かれている時点では女院東三条院)です。藤原兼家は、このクーデター「寛和の変」によって天皇になった一条天皇の祖父というポジションに至ったことになります。公には「摂政」となりこれでカンペキな権力を手に入れたわけですね。

というのが、花山法皇です。
天皇を2年ほどでやめた後、出家はしたもののまだまだ若い。花山法皇襲撃事件の頃は30歳前になってましたが、煩悩ありまくりだったということです。
そして花山法皇藤原為光(この事件の頃には故人)という人の娘に恋してしまい、その屋敷に通うようになってました。そして同じ頃、藤原伊周藤原為光の娘に恋していたというのが不運といえば不運でしたね。ちなみに花山法皇が愛した女御・忯子も為光の娘。つまりその妹と花山法皇は恋愛していたということになります。伊周も。

ところで為光という人は「藤大納言」というニックネームで何回か登場しています。そして、その息子がモテモテイケメンとしてこれまた登場機会の多い、清少納言のめちゃ押しの藤原斉信(ただのぶ)サマでした。いろいろ繋がってますね。

話戻ると、それで伊周は花山法皇が自分の恋人を横取りしようと狙っていると思ったわけです。
そこで登場したのは、まだ17、8のこれまたヤンチャ盛りの隆家。「兄ちゃんの女取ろうとしてるアイツ、元天皇かもしれんけどチョイ脅しちゃるわ、見とけや」的な感じで弓で攻撃。元ヤンの元・帝というややこしい花山天皇にまじで弓を引きます。袖を射抜いたらしい。
しかし。花山法皇が恋していたのは、伊周が熱愛していた女性の妹、為光の四女・儼子(たけこ)のほうでした。伊周が通ってたのは三女(寝殿の御方)で、お母さんは同じなのですが、三女は美貌の女子、四女の儼子さんはそうでもなかったらしいです。で、伊周的には、ヤツが行ってるんは美人の俺の彼女に違いねー、と勘違いしたというのがどうも真相のようです。

とは言え、当たり前ですが法皇に弓を引くなどというのは不敬罪ですよ。かなり大それた犯罪です。
ところが、花山法皇も出家の身だったため、女子のところに通ってたなんていうことが表沙汰になると具合悪いってことで、襲撃されたことを隠してたんですね。

が、事件を嗅ぎつけた藤原道長一派が表沙汰にします。ご存じの通り、伊周、隆家を中央政界から排除できる恰好のネタを提供してしまったということですね。

そう考えると、花山天皇というのは藤原兼家から道隆、道長に至るこの時代の政争のキーマンの一人でもあったと言えます。


さて、隆家の話に戻ります。
実は後年、藤原隆家という人は、女真族という大陸の勢力が日本を侵略しようと攻めてきた時、見事に撃退した総司令官として名を馳せています。眼病治療のために大宰権帥大宰府の長官)を拝命して大宰府に出向していた時のことでした。「刀伊の入寇」という、知る人ぞ知るみたいな異国からの侵略でしたが、なかなかの活躍だったということです。
平安時代というのは外国から攻められるなんていう発想があまりなかったようで。都の貴族の生活を見ていてもわかるとおり、平和ボケしてたようですね。なので、都での評価は高くなかったのも仕方ないのでしょう。
元寇」の時に北条時宗が元の勢力をやっつけた話はあれだけ有名なのに、意外と知られていないのが不憫ではありますね。


ずいぶん話が逸れてしまいました。

牛車の下簾。
乗る屋形(箱の部分)の前後に簾(すだれ)があるんですが、中が見えないようにしたり、風雨や寒さを避けたりしたのでしょうね。で、さらにその内側に懸けて簾の下から外部に垂らす絹布があったんですね。それを下簾と言いました。で、女性が牛車に乗る場合、「女車(おんなぐるま)」と言ったんですが、「簾」の下から衣などを出しました。これが「女車」の判別方法の一つだったようですね。屋形から衣を出す前に、まず下簾を簾の下からから外へ出し、それから衣の袖とか裾を出したって言いますから、なかなかめんどくさいことをやるもんです。
ただし、男性がお忍びで出掛けるような時も「女車」に見せかけるため、こういうことをしてカモフラージュしたようですから、当時のメンズもなかなか手が込んでいますよ。

顕証(けんしょう/けんそう)。あらわになって、人目につくこと。また、そのさま。という意味になります。

「汗」が「あゆ」というような表現が出てきましたが、「あゆ」というのはどういうニュアンスなのでしょう。漢字では「落ゆ」と書くらしいですが、「したたり流れる」「したたり落ちる」です。汗とか血とかの場合に使うようですね。つまり、「汗あゆ」だと、汗がにじみ出る、冷や汗が出る、というイメージのようです。


伊周&隆家の中関白家ブラザーズが女房たちを車に乗せて行く、という状況ですね。
名前をコールされて、ブラザーズのとこに行って順番に乗って行く、と。そういうシステムなので一人ひとりが目立ちます。しかもこの二人が「はづかしげに清げなる御さまどもして」乗車のエスコートをしてくれてるんですから、清少納言などは恥ずかしいし、ブラザーズがキレイすぎてクラクラするし、って感じでしょうか。
ま、やんちゃで武闘派、2年後にはやらかしちゃう伊周&隆家なんですけどね。

という感じでみんな車に乗り込んでます。
⑮に続きます。


【原文】

 車の左右に、大納言殿、三位の中将、二所して簾(すだれ)うちあげ、下簾引きあげて乗せ給ふ。うち群れてだにあらば、少し隠れどころもやあらむ、四人づつ書立(かきたて)にしたがひて、「それ、それ」と呼び立てて乗せ給ふに、あゆみ出づる心地ぞ、まことにあさましう顕証なりといふも世の常なり。御簾のうちに、そこらの御目どもの中に、宮の御前の見苦しと御覧ぜむばかり、さらにわびしきことなし。汗のあゆれば、つくろひたてたる髪なども、みなあがりやしたらむとおぼゆ。からうじて過ぎ行きたれば、車のもとに、はづかしげに清げなる御さまどもして、うち笑みて見給ふもうつつならず。されど、倒れでそこまでは行きつきぬるぞ、かしこきか、おもなきか、思ひたどらるれ。