枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

小白河といふ所は③ ~後に来たる車の~

 後で来た車は、停めるスペースがないから、池の方に寄せて停めたんだけど、藤原義懐さま、それをご覧になって、(藤原)実方さまに「状況をうまく伝えられる使者を一人寄こしてよ」ってオーダーしたところ、どんな人だかを人選して連れておいでになったのね。「何て声掛けるのがベストなんかな」って、近くに座ってる人たちで相談して、結果、どう声掛けたのかは聞こえなかったのだけど。で、そのメッセンジャー的な人(使者)が入念に用意してから、その牛車のところに歩いて行ったのね。義懐さまは、またそれを見てお笑いになるのよ。メッセンジャー氏が牛車の後方部分に近づいて何か言ったんだけど、それからかなり時間が経ったもんだから、「歌なんか詠んでるのかなぁ。兵衛府の次官(実方)殿、返歌考えといてよ」なんて笑って、早く返事を聞こうとそこにいる人たちは、年長の上達部まで、みんなが車のほうに注目してらっしゃるのよ。ホント、そんなトップクラスの方々までそれを凝視してるのは面白いできごとだったわ。

 返事を聞いたのか、使者(メッセンジャー)クンが少し歩いてきたところで、車の女子が扇を差し出してまた呼び戻したもんだから、歌の文字とかを言い間違えたんだとしても、こんな風に呼び戻すかなぁ? 呼び戻さないよねぇ、って。時間かかっちゃったんだから、元々そうだったトコはもう直さなくてもいんじゃない?って思ったの。
 使者クンが近くまで戻ってくるのも待ちきれず、「どうだった?」「どうだった?」って、みんなお聞きになって。でも彼は何にも言わず、権中納言(義懐)さまにまず先に申し上げないと、って近づいてって、テンション高めな様子で報告したの。三位の中将(藤原道隆)さまが「早く言いなさい。あまり考えすぎて、言い間違えるんじゃないよ」っておっしゃったんだけど、「これもまぁ同じような(言い間違えみたいな)ものでございます」って答えたのは、聞こえたの。

 藤大納言(藤原為光)さまは誰よりも熱心に覗き込んで、「何て言ってきたの?」っておっしゃるから、三位の中将(藤原道隆)さまが「とてもまっすぐな木を無理やり曲げようとして折っちゃった、的な~」って申し上げられたもんだから、大納言さま、爆笑されて、それに反応して、みんな何気にどっと笑ったその声、車にまで聞こえたかしらね。

 中納言(義懐)さまが「じゃあ、呼び戻される前は何て言ってたの? これは変更後のでしょ」ってお聞きになったら、「長いこと立っておりましたが、何もございませんでしたから、『では戻りましょうかね』と帰ろうとしたら、呼ばれまして」とか言うの。「いったい誰の車なんだろう、知ってらっしゃる?」なんて不思議がられて。「じゃ、次は歌を詠んで送ろかな」とか、おっしゃってるうちに、講師が来られたので、みんな静かに座って、講師の先生のほうだけを見てるうちに、あの牛車はかき消されるように、いなくなってしまったの。
 下簾なんかは今日おろしたてのように見えて、濃い色の単襲に二藍の織物、蘇枋の薄物の上着、そして牛車の後ろ側にも模様を刷り出した裳をそのまま広げて垂らしたりなんかして。誰なんでしょうね…? いったいまたどうしたのかしら?(でもこんな風に消えるようにいなくなるのが)中途半端な返事をするより、実は「もっとも」だと感じられて、かえってすごくいいんじゃないかしら、と思うのよね。


----------訳者の戯言---------

この段の主人公、中納言藤原義懐のアクション開始です。本領発揮と行くのでしょうか。

「顕証」というのは、はっきりしているとか、際立っているという意味だそうです。トップクラスの方々、お偉方、という感じかもしれません。

藤大納言。誰ですか?
調べてみました。私がネットで見つけたのは、藤原忠家藤原為光、藤原公通の3人でした。が、たぶん、「藤大納言」なんて、もっとたくさんいるんじゃないかと思います。通称でしょ。藤原だらけですものね、当時の貴族。その中で大納言になった人なんて相当数いるはずですからね。
フィクションですが、「源氏物語」にも出てきているぐらいです。(『右大臣の四の君』の兄)
源氏物語には、モデルはいたとしても一応架空の人物しか登場しませんから、実在人物の固有名詞は出てきません。そこに出てくるわけですから、「藤大納言」すでに普通名詞化してる感じですね。

で、ここでは年齢(生没年)から考えて、藤大納言=藤原為光という人、とするのが正解だと思います。

「いとなほき木をなむおしをりためる」を、私、「とてもまっすぐな木を無理やり曲げようとして折っちゃった、的な~」と訳してるんですが、意味としては、「そのままだと正当でちゃんとしたものだったのに、無理やり技巧を凝らそうとして失敗作になったんじゃね?」というイメージだと思います。

下簾。「牛車の前後の簾の内側にかけて垂らす二筋の長い布。多くは生絹を用い、端が前後の簾の下から車外に出るように垂らし、女性や貴人が乗る場合に、内部が見えないように用いたもの」だそうです。長細い、カーテンみたいなやつですね。

単襲(ひとえがさね)は当時の女性の衣です。「裏をつけずに、袖口・裾などの縁を撚って仕立てた単衣(ひとえぎぬ)を数枚重ねること。女性が夏季に用いた」とのこと。

二藍はよく出てくる色です。「過ぎにし方恋しきもの」の解説部分を参照いただければと思います。
蘇枋は一つ前の記事「小白河といふ所は② ~少し日たくるほどに~」の解説部分にも書きました。

裳というのは、「腰から下につけ、後ろへ長く引いた衣装」なんだそうですね。

ここの部分の最後のところが、また難解でした。訳しにくい。あれこれ考えた末行きついたのが、この訳です。原文のテイストもある程度生かせてると思うのですが、いかがでしょうか。

さて、ナンパ師・義懐、ナンパ失敗の巻です。

しかし、顔も見ずに女子をナンパしたわけですね。もちろん当時、貴族の恋愛初期段階は御簾越しに、歌を交わすことなんかで盛り上がるというのが、恋愛の過程にあって、男女ともに、教養とか、センスとか、そういうものがかなり重要な要素だったということはわかります。

しかし、とはいえ。仮にナンパが成功したとしても、「あちゃー」っていうことも当然あるはずですからね。

まあ実は結構ライトにこういうことやってるんだということがわかりました。メッセンジャー使ってねぇ。彼も大変ですね。で、周りのお偉方も興味津々という。一応この人たち、国政をつかさどってるトップクラスの政治家や役人たちですからね。
しかもそのナンパ師をステキだわと思う女子(清少納言)もいて、さらに、その清少納言ときたら、ナンパされた女子に対しても、そのナンパの拒否り方をかなり高評価するという展開。意外性盛りだくさんです。

では、この段の顛末④に続きます。


【原文】

 後に来たる車の、ひまもなかりければ、池に引きよせて立ちたるを、見給ひて、実方の君に、「消息をつきづきしう言ひつべからむ者一人」と召せば、いかなる人にかあらむ、選(え)りて率ておはしたり。「いかが言ひやるべき」と、近うゐ給ふ限りのたまひあはせて、やり給ふ言葉は聞こえず。いみじう用意して車のもとへ歩みよるを、かつ笑ひ給ふ。後(しり)の方によりていふめる。久しう立てれば、「歌などよむにやあらむ。兵衛の佐、返し思ひまうけよ」など笑ひて、いつしか返りごと聞かむと、ある限り、おとな上達部まで、みなそなたざまに見やり給へり。げにぞ顕証の人まで見やりしもをかしかりし。

 返事聞きたるにや、少しあゆみ来るほどに、扇をさし出でて呼びかへせば、歌などの文字言ひあやまりてばかりや、かうは呼びかへさむ、久しかりつるほど、おのづからあるべきことはなほすべくもあらじものを、とぞおぼえたる。近う参りつくも心もとなく、「いかに」「いかに」と、たれもたれも問ひ給ふ。ふとも言はず、権中納言ぞのたまひつれば、そこに参り、けしきばみ申す。三位の中将「とくいへ。あまり有心すぎて、しそこなふ」とのたまふに、「これもただ同じことになむ侍る」といふは聞こゆ。

 藤大納言、人よりけにさしのぞきて、「いかが言ひたるぞ」とのたまふめれば、三位の中将「いとなほき木をなむおしをりためる」と聞こえ給ふに、うち笑ひ給へば、みな何となく、さと笑ふ声、聞こえやすらむ。

 中納言、「さて呼びかへさざりつるさきは、いかが言ひつる。これやなほしたること」と問ひ給へば、「久しう立ちて侍りつれど、ともかくも侍らざりつれば、『さは帰り参りなむ』とて帰り侍りつるに、呼びて」などぞ申す。「誰が車ならむ、見しり給へりや」などあやしがり給ひて、「いざ、歌よみて、この度はやらむ」などのたまふほどに、講師のぼりぬれば、みなゐしづまりて、そなたをのみ見るほどに、車はかい消つやうに失せにけり。下簾など、ただ今日はじめたりと見えて、濃き単襲(ひとへがさね)に二藍の織物、蘇芳の薄物のうは着など、後(しり)にも摺りたる裳、やがてひろげながらうちさげなどして、何人ならむ、何かはまた、かたほならむことよりは、げにときこえて、なかなかいとよしとぞおぼゆる。


検:小白河といふ所は③

 

 

こころきらきら枕草子 ~笑って恋して清少納言

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