枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

なまめかしきもの

 優美なもの、っていうと、、、スラッとしてて、ピュアで清楚な感じの貴公子の直衣姿。可愛らしい女の子が表袴(うえのはかま)なんかわざとはかずに、脇を大きめに開けたままの汗衫(上着)だけを着て、卯槌や薬玉の紐を長く垂らして、高欄(手すり)の下、扇で顔を隠して座ってるの。

 薄い紙で作った本。柳の芽吹いてきた枝に、青い薄紙に書いた手紙を付けたもの。三重がさねの扇。五重がさねになるとあまりにも厚くなって手元のとこがかっこ悪いわ。そんなに新しくなくって、でもそんなに古くもない檜皮葺(ひわだぶき)のお屋敷に、長い菖蒲の葉をきれいに葺きわたしてるのもね。青々とした簾の下から、几帳(パーテーション)の帷子(カーテン)の朽木形がとてもつやつやとしてて、紐が風に吹かれてなびいてるのは、すごくいい感じね。白い組み紐の細いもの。飾りの帽額が色鮮やかな御簾の外、手すりにめちゃくちゃかわいい猫が赤い首輪に白い札をつけて、重りの紐や組紐の長いのをつけて、引きずって歩くのもいい感じで、優美な雰囲気があるの。

 五月の端午の節句の時、薬玉を配る菖蒲(あやめ)の蔵人。髪に菖蒲の鬘をつけて、赤紐みたいな派手な色じゃない紐、領布(ひれ)、裙帯(くたい)なんかを身に着けて、薬玉を皇子たちや上達部が立ち並んでいらっしゃるところで献上する様子って、すごく優雅で上品な感じ。みなさん、それを受け取って、腰に巻いて、舞いを舞って拝礼されるのもすごく素敵なの。

 紫の紙を使って包み文にして、房の長い藤の枝につけたものもね。小忌(おみ)役の貴公子が、これまたとっても優美なのよ。


----------訳者の戯言---------

なまめかしい(艶めかしい)、というと、現代語では、「色っぽい」というニュアンスが強いです。艶っぽいとか、あでやかで美しいとかですね。
しかし。平安時代の頃はもうすこし、「優美さ」を感じることの形容詞だったようです。優美な、優雅な、上品な、という感じでしょうか。近代になると、もう少しセクシーなイメージになるようですね。元々は「生めかし」だったという説がありますから、古代にはフレッシュというか、若々しい、みずみずしい感じに近かったのだと思います。
ここでは「優美なもの」と訳しましてみました。

うえのはかま(表袴)というのは、濃い紫色の袴の上に重ね履きする白い袴です。
かざみ(汗衫)というのは、後宮に奉仕する童女が表着(うわぎ)の上に着た正装用の服(デジタル大辞泉)なのだそうです。今のジャケット的なものでしょうね。「脇が明き、裾を長く引く。この服装のとき、濃(こき)の袴(はかま)に表袴(うえのはかま)を重ねてはく」と書かれています。濃色(こきいろ)というのは、単に濃い色というわけではなく、たて、よこともに濃い紫色の糸で織ったものを言ったようですね。

卯槌、薬玉については、「すさまじきもの③ ~よろしうよみたると思ふ歌を~」に詳しく書きましたのご参照ください。

高欄(こうらん)は「欄干」と同じで、屋敷の周りとかに付いてる手すりみたいなやつのことだそうです。

三重がさねの扇というのは、檜扇の板数が多く厚くなったものだそうです。板8枚を一重といい、その3倍のものだそうです。女房の使った飾り扇とのこと。適度に板数が多いのは優美!なんだけど、あんまり多過ぎて分厚いのもカッコ悪くてダメだよねーと言ってます。

檜皮葺(ひわだぶき)というのは、檜の樹皮を使って屋根を葺く手法。当時は、天皇の私邸である紫宸殿や清涼殿は檜皮葺だったそうです。ただし、朝廷の公的な儀式の場である大極殿は瓦葺きだったとか。

菖蒲を屋根に葺く件については、前に「節は五月にしく月はなし」という段で出てきました。五月、菖蒲の節句に行われた邪気払いのイベントのようですね。

「朽木形」というのは、枯れて木目が浮き上がったような模様なのだそうです。

帽額(もこう)というのは、御簾をかける時、上側の長押に沿って横に張った幕のことです。

「菖蒲(あやめ)の蔵人」というのは、前半で出てきた一般「蔵人」とは少し違うようですね。「平安時代端午の節会に、糸所から献上したショウブ・ヨモギなどの薬玉(くすだま)を、親王や公卿に分けて配る女蔵人(にょくろうど)」(デジタル大辞泉)となっています。女蔵人というのは、宮中に奉仕した女官の1つで、内侍・命婦の下で雑用を務めたそうです。およそ六位に相当し、年労によって五位に叙せられる場合もあったのだそうですね。

領布(ひれ)とは、両肩に掛けて左右へ垂らした長い帯状の布です。
裙帯(くたい)といって、女官の正装の時、装飾として、裳の左右に長く垂らした紐があったらしいですね。

上達部は何度も出てきました。三位以上の幹部貴族です。

「包み文」は、手紙を薄い紙に包んだもの、だそうです。

小忌(おみ)というのは、大嘗会(だいじようえ)や新嘗会(しんじようえ)の時、神事に奉仕する官人が特に厳しく心身を清め、けがれに触れないようにして、「小忌衣(おみごろも)」を着て奉仕するらしいんですが、そのことです。その役を仰せつかった人も小忌と言うことがあったそうですね。小忌人(おみびと)とも言ったらしい。

上では「優美」と訳したと書きましたが、わたくし的には、ここで紹介されている「なまめかしきもの」は、結構爽やかな印象でした。暑苦しくないというか、涼し気な、上品なキレイさを感じます。優美というと、少しウェットなニュアンスも感じますが、個人個人で感じ方も異なるかと思います。これは仕方ないですね。特に現代語のように使い慣れてないですし。

にしても、いつものことながら、清少納言のファッションチェック細かいですね。


【原文】

 なまめかしきもの 細やかに清げなる君達の直衣姿。をかしげなる童女のうへの袴などわざとはあらでほころびがちなる汗衫ばかり着て、卯槌・薬玉など長くつけて、高欄のもとなどに扇さし隠してゐたる。

 薄様の草子。柳の萌え出でたるに、青き薄様に書きたる文つけたる。三重(みえ)がさねの扇。五重はあまりあつくなりて、もとなど憎げなり。いとあたらしからず、いたうものふりぬ桧皮葺(ひはだぶき)の屋に、長き菖蒲をうるはしうふきわたしたる。青やかなる簾の下より、几帳の朽木形、いとつややかにて、紐の<風に>吹きなびかされたる、いとをかし。白き組の細き。帽額あざやかな<る>[り]簾の外、高欄にいとをかしげなる猫の赤き首綱に白き札つきて、いかりの緒、組の長きなどつけて引きあ<り>[る]くもをかしうなまめきたり。

 五月の節のあやめの蔵人。菖蒲のかずら、赤紐の色にはあらぬを、領布(ひ<れ>[し])・裙帯(くたい)などして、薬玉、皇子たち上達部の立ち並み給へるに奉れる、いみじうなまめかし。取りて腰に引きつけつつ、舞踏し、拝し給ふも、いとめでたし。

 紫の紙を包み文にて、房長き藤につけたる。小忌(をみ)の君達もいとなまめかし。

 

枕草子を読み直す (幻冬舎ルネッサンス新書)

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