枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

六位の蔵人などは

 六位の蔵人なんかは、こんなコト、心に思い描くべきもんじゃないわよね。
 ……五位に叙せられて、どこかの国の権の守(ごんのかみ)や、大夫(たいふ)とかに…っていう人が、板葺きの狭っくるしい家を持って。また、小檜垣(こひがき)なんていうのを新しくしてね、駐車場には牛車を止めて、その前の近くに一尺(約30cm)ほどになる木を植えて、牛を繋いで草なんか食べさせるの、全然ダメダメだわよ。
 庭をすごくキレイに掃いて、紫色の革で伊予簾を掛け渡して、布障子を張らせて住んでるのね。夜は、「門をしっかり閉めといて!」なんて指示してるの、全然将来性も感じられなくって、気に入らないわ。

 親の家、舅(嫁の実家)はもちろんのこと、叔父や兄なんかの住まない家、そういう適当な人がいないなら、自然とできた仲のいい、気心の知れた受領が任国に行ってる間、空く家、それもなければ、院や皇女のお子様たちの空いてるお屋敷がたくさんあるんだから、そこに仮に住んだりしてね、いい官職を得るのを待ってから、いつの間にかいいお屋敷を探しあてて、そこで暮らしてる、っていうのがいいのよ。


----------訳者の戯言---------

六位の蔵人(六位蔵人)というのは「めでたきもの」にも書きました。
五位の蔵人(五位蔵人)の次の位で、普通は五位まで昇殿が許されるんですが、蔵人だけは六位でも殿上に上ることが許されてたので、「殿上人」と呼ぶことができました。特別扱いだったというか、天皇の側近として名誉な職とされていたのです。

ただ、六位の蔵人(六位蔵人)になると、その後は6年経つとほぼ自動的に五位にはなるものの、蔵人の定員オーバーで「蔵人の五位」という存在に実質的には降格する人もいました。そうなると、それまでは殿上人だったのが、「地下人(じげにん)」になってしまうんですね。その辺については「説経の講師は①」の解説部分にも書いていますのでご参照いただければと思います。
もちろん、五位の蔵人(五位蔵人)になる人もいたでしょうし、地方の国司の守(受領等)になる人もいたでしょうし、蔵人の五位(=大夫)に甘んじてた人もいたのでしょう。
この段では、そういう、六位の蔵人を経て、「五位」になった人のことを言ってるようですね。

小檜垣。檜垣というのは、檜 (ひのき) の薄板を網代 (あじろ) に編んでつくった垣根のことだそうですが、これの小っちゃい版かなと思います。

紫革は紫色の皮革で、伊予簾(いよす)は伊予産の篠竹で編んだ上等のすだれ。インテリアに高級品を使ってたんでしょうね。

障子というのは、当時は襖(ふすま)、衝立、屏風などの総称だったようですが、おおむね襖障子のことを言ったようです。さらに白布を張りつけた襖障子のことを、布障子と言ったようで、墨絵が描かれているものが多かったらしいです。これも高級品なのでしょう。

院は、言うまでもなく上皇、前の天皇のことです。
宮腹とは、皇女の子として生まれることだそうですね。要するに、帝の娘の子どもたちです。

というわけで。
六位蔵人というのは、名誉ある将来有望な職業なわけです。なのに、こじんまりとした家建てて、外構を小ぎれいにして、ちっちゃいガレージにミニバンとか置いて、プチ高級インテリアなんか飾って、その割に小心で、戸締りちゃんとやっとけ、とか小うるさい感じなの、やーね。ガレージにミニバン、は違いますが。

せっかくいい感じのエリートコースだったのに、器小さすぎ!と、disっているのでしょう。
たしかに。わからなくもないです。

そんなチマチマするよりさ、親兄弟とか親戚とか知り合いとか、他にもいいお屋敷いっぱいあるでしょうに、そういうとこで暮らしながら、もっと上をめざしましょ! で、いい官職GETして、ステキな豪邸見つけて、いつの間にか住んでる!っていうのがいいのよねー。いかしてるよねー。
と、清少納言的庶民からの成り上がり方美学。ほんまか。


【原文】

 六位の蔵人などは、思ひかくべきことにもあらず。かうぶり得てなにの権の守、大夫などいふ人の、板屋などの狭き家持たりて、また、小檜垣(こひがき)などいふもの新しくして、車宿りに車引き立て、前近く一尺ばかりなる木生(お)ほして、牛つなぎて草など飼はするこそいとにくけれ。

 庭いと清げに掃き、紫革して伊予簾かけわたし、布障子(ぬのさうじ)はらせて住まひたる。夜は「門(かど)強くさせ」など、ことおこなひたる、いみじう生ひ先なう、心づきなし。

 親の家、舅はさらなり、をぢ、兄などの住まぬ家、そのさべき人なからむは、おのづから、むつまじくうち知りたらむ受領の国へいきていたづらならむ、さらずは、院、宮腹の屋あまたあるに、住みなどして、官(つかさ)待ち出でてのち、いつしかよき所尋ね取りて住みたるこそよけれ。