枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

内裏の局、細殿いみじうをかし

 宮中の女子スタッフの部屋、局の中では特に「細殿」がとってもすばらしいの。上の蔀を上げてあるので、風がいっぱい吹き込んできて、夏でもすごく涼しいのよね。冬は雪や霰(あられ)なんかが風といっしょに降り込んでくるのもとってもいい感じ。狭くって、子どもなんかがやって来てる時には、都合は悪いんだけど、屏風の中にそっと座らせておけば、他の局みたいに大声で笑うことなんてできないから、とってもいいのよね。

 お昼なんかは、油断しないで気遣いしておく必要はあるの。夜は(男の人が来るかもしれなくて??)なおさら気を抜けなくて、それはそれでとってもテンションが上がるわね。靴の音は一晩中聴こえるんだけど、その足音が立ち止まって、指一本だけで戸を叩くと、「あの人だナ」って、すぐわかるのがいいのよ。
 ずっと長いこと叩いてて、反応もなかったら、寝てしまったんじゃないかなって思うんだろうけど、それもムカつくから、ちょっと身体を動かして衣擦れの気配をさせたら、「あ、起きてるんだな」って思うんじゃないかしら。冬は火桶にそっと立てるお箸の音だって控えめにしてるくらい、って、彼氏もわかってるんだけど、ドンドン叩いて。声に出しても言うんだけどね、物陰から滑り寄って、その声を聞く時もあるの。

 また、大勢の声で詩を朗読したり、歌を歌ったりする時には、戸は叩かなくても先に開けるから、ここに来ようって思ってなかった人も立ち止まっちゃう。
 入って座る場所もなくって立ったまま夜を明かすっていうのも、それはそれでおもしろそうなんだけど、几帳の帷子はすごく鮮やかで、その裾の端が重なって見えててね。直衣の背中がほころんで開いちゃってる若君たちや、六位の蔵人は青色の衣を着て、我が物顔で遣戸のところに身を寄せて立つなんてこともできなくって、塀の方に背中をつけて、袖を合わせて立ってるのも、これまたチャーミングなのよ。

 それから、ボトムスの指貫はすごく濃い色、上着の直衣は鮮やかな色で、いろんな衣を下からちらつかせてるお洒落な男子が、簾を押し入れて、体半分、中に入っている様子は、外から見たらすごくいかしてるんだけど、彼がきれいな硯を引き寄せて手紙を書き、もしくは鏡を借りてセルフチェックしてる様子だって、全部いい感じなの。

 三尺(1m弱)の几帳を立ててるんだけど、横木と布の間に少しだけ隙間があって、外で立っている人と室内にいる人が話す時に、ちょうどこの隙間が二人の顔のところにちょうどにぴったりなのもいいわ。身長が高かったり、低かったりする人なんかだと、どうなのかしら。でも、普通サイズの人はそうやってぴったり合うみたいなのよね。


----------訳者の戯言---------

細殿に人あまたゐて」という段でも書きましたが、殿舎の廂の間で、細長いものを細殿(ほそどの)と言ったようです。仕切りをして、女房などの居室(局)として使用したらしいとのこと。

蔀(しとみ)というのは、開口部の一種なんですが、格子を取り付けた板戸の上部を蝶番(ちょうつがい)で繋いで開けたり閉めたりしたものです。たいてい下半分が固定になってて、開けたいときには上半分を外に垂直に引っ張り上げて留めたりしてたようですね。

「寝入りたりとや思ふらむとねたくて」と原文にあります。「ねたくて」はもちろん「寝たくて」ではなく「妬くて」です。「妬し」で「癪に障る」とか、「忌々しい」とかの感じでしょうか。

つま(褄)というのは、端(つま)とも書きます。物の端っこの部分を言うそうです。

殿上人というのは、六位蔵人まででした。殿上人、六位蔵人については、「説経の講師は①」の「訳者の戯言」の中ほどに詳しく書いていますので、よろしければご参照ください。
蔵人は青色の服を着てたらしいです。で、別名「青色」とも呼んだらしいですね、蔵人のことを。「四月 祭の頃」の段では、蔵人を目指してる人が、この日ばかりはと蔵人の青色の服を真似て着たとありましたね。
で、「四月 祭の頃」でも書いたんですが、この「青色」って実はブルー系じゃないらしい。「麹塵(きくじん/きじん)」と言われる色で、カーキというか、薄い濁った緑、という感じです。「淵は」という段でも書きましたが、当時は「青」というと白と黒の間の広い範囲の色で、主としては青・緑・藍をさしていたらしいですね。

おしゃれというのは、やはり世を問わず、カラーコーディネート力が重要要素なのだということですね。濃淡、そして清色と濁色を上手く合わせて、さらに複数のレイヤードという上級コーデ。立ち居振る舞いもスマートという、いかした男子がいたのでしょう。

この段は、清少納言たちが暮らしている「局」のあった「細殿」の様子をいろいろと紹介しています。

男の人が訪ねてくる時の描写は、自分ちに来た時のことなのか、それともご近所の他の女房のところに来た時に聞こえた音や声なのか、いまひとつ主語がはっきりしないのでわかりにくいですね。
私は清少納言自身の体験談が主なのだと思いますが、途中でふと我に返り「かげながらすべりよりて聞く時もあり」とだけ付け加えて、他人事のように表現したのだと勝手に解釈しています。ま、いろいろなケースがあって、それをアレンジしたんでしょうけど。

で、そりゃあ今の感覚で言っちゃいけないのはわかるんですが、お屋敷ならいざしらず、細殿を間仕切りで仕切った、寮みたいなところに住んでる女性のところに男性が通って睦事をするというのもどうかと思います。色んな音とか声とかダダ漏れでしょう。君たちはいいのかそれで。防音性能はレオパレス以下だと思う。


【原文】

 内裏の局、細殿いみじうをかし。上の蔀あげたれば、風いみじう吹き入りて、夏もいみじう涼し。冬は雪、霰などの風にたぐひて降り入りたるも、いとをかし。せばくて、童べなどののぼりぬるぞあしけれども、屏風のうちに隠しすゑたれば、こと所の局のやうに、声高くえ笑ひなどもせで、いとよし。

 昼なども、たゆまず心づかひせらる。夜はまいてうちとくべきやうもなきが、いとをかしきなり。沓の音、夜一夜聞こゆるが、とどまりて、ただおよび一つして叩くが、その人なりと、ふと聞こゆるこそをかしけれ。

 いと久しう叩くに音もせねば、寝入りたりとや思ふらむとねたくて、少しうちみじろぐ衣のけはひ、さななりと思ふらむかし。冬は火桶にやをら立つる箸の音も、忍びたりと聞こゆるを、いとど叩きはらへば、声にてもいふに、かげながらすべりよりて聞く時もあり。

 また、あまたの声して詩誦じ、歌などうたふには、叩かねど、まづあけたれば、ここへとしも思はざりける人も立ちどまりぬ。

 入るべきやうもなくて立ち明かすもなほをかしげなるに、几帳の帷子いとあざやかに、裾のつまうちかさなりて見えたるに、直衣の後ろにほころび絶え透きたる君達、六位の蔵人の青色など着て、うけばりて遣戸のもとなどにそばよせてはえ立たで、塀のかたに後ろおして、袖うちあはせて立ちたるこそをかしけれ。

 また、指貫いと濃う、直衣あざやかにて、色々の衣どもこぼし出でたる人の、簾をおし入れて、なから入りたるやうなるも、外より見るはいとをかしからむを、清げなる硯引き寄せて文書き、もしは鏡乞ひて見なほしなどしたるは、すべてをかし。

 三尺の几帳を立てたるに、帽額の下ただ少しぞある、外の立てる人と内にゐたる人と物いふが、顔のもとにいとよくあたりたるこそをかしけれ。たけの高く、短かからむ人などや、いかがあらむ。なほ世の常の人はさのみあらむ。

 

枕草子 ─まんがで読破─

枕草子 ─まんがで読破─