枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

内裏は、五節の頃こそ

 内裏では、五節の頃になるとなんとはなしにだけど、いつも見慣れてる人も素敵に思えるのよ。主殿司(とのもりづかさ)の女官なんかが、色々な布っ切れを、物忌の札みたいに釵子(さいし)につけたりなんかするのも、レアで特別感があるのよね。宣耀殿(せんようでん)の反橋の上に、髻(もとどり)の元結の糸のむら濃(ご)がすごく鮮明に見えて、女房たちが並んで座ってるのも、何かにつけてただただ素敵なことなの。上の雑仕や女房に仕えてる童女たちが、すごく晴れがましいこと、って思うのも、もっともだわ。小忌衣(おみごろも)の模様を染める山藍や、冠を飾る日陰の蔓(かずら)なんかを柳筥(やないばこ)に入れて、冠を被った男性なんかが持って歩いたりしてるのはすごくいい感じに見えるの。殿上人が脱ぎはだけた直衣を垂らして、扇や何かで拍子をとって、「つかさまさりとしきなみぞ立つ」っていう歌を歌って、五節所の前を通って行くのは、とっても慣れてる心持ちの女房たちだって、胸が高鳴るに違いないわね。ましてや、殿上人が一斉にドッと笑ったりなんかしたら、半端なくドキドキしちゃうわよ!
 行事担当の蔵人が着てる掻練襲(かいねりがさね)も何ものにもましてきれいに見えるのよね。敷物なんかも敷いてあるんだけど、かえってその上に座ることもできないで、御簾から衣を出して座ってる女房の様子を誉めたりけなしたりしてね。この頃は他のことは全然興味なし、五節所のことオンリーになっちゃうの。

 帳台の試みの夜、行事の蔵人がすごく厳しく仕切ってて、ヘアメイク担当と2人の童女以外は入っちゃダメ、って戸を押さえて、憎ったらしい顔で言うのね、で、殿上人なんかが「あと、この一人はダメ?」とかっておっしゃっても、「羨む人もいるでしょうから、どうでしょうかね?(ダメですね)」なんてきっぱりと言うもんだから、定子さま付きの女房20人ほどが蔵人を無視して、戸を押し開けてどやどや入ってって。蔵人もこれにはあきれちゃって、「めっちゃくちゃじゃん、これ、ルール無用の世の中ですかー」って、立ってるの、それもおかしっくてね。その後に続いて、舞姫のお世話役の人たちもみんな入ってく様子にも、彼はすごく不満そう。こんな様子、帝もいらっしゃって、面白いってご覧になってることなのでしょうね。

 灯台に向かって寝てる舞姫たちの顔もかわいいの。


----------訳者の戯言---------

「内裏」というと、ざっくりと皇居というのが私の認識ですが、正確には「天皇の私的な在所」ということらしいですね。あ、合ってますか。つまり、平安宮の中でも官庁エリアは除くということです。

「さいで」は「さ(裂)きい(出)で」の変化した語?ということのようで、布の切れはしです。

「物忌み」という単語は、ちょくちょく出てきます。陰陽師が占って凶日とした日らしいですね。「神事ないし凶事の非常にあたって一定期間宗教的な禁忌を守り身を慎む」期間とされています。「陰陽道の風習で凶日に外出を慎み、家に籠ること」ともあります。すなわち、災いを防ぐため、家に閉じこもって、来客も禁じて、おとなしくしてたらしいです。そんなある「物忌の日」に村上帝と宣耀殿の女御が「古今和歌集言い当てっこゲーム」をした「清涼殿の丑寅の隅の③ ~村上の御時に~」という話もありました。
「物忌の札」というのもあるようですね。この段で「物忌」は、その札のことですね。

「釵子(さいし)」というのは、平安時代、女房の晴の装束で、宝髻(ほうけい)とよぶ髪上げの際に使用したかんざしだそうです。

宣耀殿(せんようでん)というのは、「平安御所の後宮の七殿五舎のうちの一つ。女御などが居住した」とウィキペディアにありました。内裏の北東部、桐壷(淑景舎)の西、麗景殿の北です。

「反橋」は中央が上方にふくらんでいる橋、とか。

元結? というのは何ぞや。えー、「髻(もとどり)」を結い束ねる糸。古くは麻糸または組み糸、のちにはこよりを水引きのようにのりで固めたものを用いた。「もとひ」とも。と、webの学研全訳古語辞典に書いてありました。では、「髻(もとどり)」って何だ?と思って調べましたところ、「平安時代から現代の宮廷行事まで続く男性貴族の髪型」「髪を頭上に集め束ねたもの」とありましたね。同じ「髻」の字「たぶさ」とも言うらしい。

「むら濃」は「むらご」と読みます。漢字では「斑濃」「叢濃」「村濃」とか書くらしいですね。

原文にある「けざやか」です。際立っているさま。はっきりとしているさま。鮮やかに、鮮明に見えることを言うそうです。

「雑仕」というのは、内裏や院・女院・公卿の家に仕える女性の召使いのことをいうそうです。ウィキペディアには「身分の高いほうから並べると女官―女孺―雑仕の順となる」とありました。一番下のポジションということになります。通常は無位であり、皇族に直接お目見えすることは許されない身分ですが、五節の舞や女御の入内など、臨時の儀式に参列を許された雑仕もいて、これを特に上雑仕(上の雑仕)と言ったそうです。

「山藍」は、前の前の段「宮の五節いださせ給ふに①」にも出てきました。青摺の唐衣=小忌衣(おみごろも)のプリントをする際にこれを染料として使うそうです。

「日陰」というのは、五節で冠につける日蔭葛/日陰蔓(ひかげのかずら)のことです。「宮の五節いださせ給ふに② ~五節の局を~」にも出てきました。

柳筥(やないばこ)というのは、柳の木を細長く三角に削って寄せ並べ、生糸やこよりで編んだ蓋つきの箱です。拙ブログ「徒然草を現代語訳したり考えたりしてみる 第二百三十七段 柳筥(やないばこ)に置くものは」に説明、画像を掲載していますのでよろしければご参照ください。

行事の蔵人というのは、蔵人で、行事官に任じられた者のことを言いました。当該イベント担当ということでしょうか。

掻練襲(かいねりがさね)「砧(きぬた)でよく打って練ったり、のりを落として柔らかくした絹織物。紅色のものについていうことが多い」(精選版 日本国語大辞典)とのこと。

原文に「帳台の夜」とあるのは、「『帳台の試み』の夜」のことのようです。「帳台の試み」は五節第1日の丑の日に、天皇が常寧殿に出て、五節の舞姫の下げいこを観覧する儀式だそうです。「五節の試み」「五節の帳台の試み」と言います。

「かいつくろひ」というのは、髪や衣装を整えること、その担当者です。ヘアメイク兼スタイリストのアシスタントさん的な感じでしょうか。

灯台」。ここで出てきたのはあの海岸、岬の灯台ではなく、室内の照明器具です。木製の脚のついた台の上に油皿を置いて灯火をともしました。

実は「灯台下暗し」の「灯台」はこの照明器具のほうなんですね、元々は。まあ、今は一般に岬の灯台だと思っている人が多いようですので、それでもいい、と思いますけど。こういうのは私、時代とともに変化してOK派なので。ま、あくまでも元々は…って話なので。

さて、本題です。
前々段「宮の五節いださせ給ふに」の続編というか、五節の頃のエピソードやワンシーン、ワンシーンの切り取って、その時々の高揚感やほのぼの感を描こうとしているのでしょう。当時の人が読むと色彩なんかもビビッドに表現してるんでしょうね。この話も後年に書いていますから、やはり良かった頃のすてきな思い出、という感じかと思います。


【原文】

 内裏(うち)は五節の頃こそすずろにただなべて見ゆる人もをかしうおぼゆれ。主殿司などの、色々のさいでを、物忌のやうにて、釵子(さいし)につけたるなどもめづらしう見ゆ。宣耀殿の反橋に、元結のむら濃いとけざやかにて出でゐたるも、様々につけてをかしうのみぞある。上の雑仕(ざふし)、人のもとなる童べもいみじき色ふしと思ひたることわりなり。山藍(やまゐ)、日陰など、柳筥(やないばこ)に入れて、かうぶりしたる男など持てありくなどいとをかしう見ゆ。殿上人の、直衣脱ぎたれて、扇や何やと拍子(はうし)にして、「つかさまさりとしきなみぞ立つ」といふ歌をうたひ、局どもの前わたる、いみじう立ち馴れたらむ心地もさわぎぬべしかし。まいて、さと一度(ひとたび)にうち笑ひなどしたるほど、いとおそろし。行事の蔵人の掻練襲(かいねりがさね)、ものよりことに清らに見ゆ。褥など敷きたれど、なかなかえも上りゐず、女房の<出で>ゐたるさまほめ<そ>[は]しり、この頃はこと事なかめり。

 帳台の夜、行事の蔵人のいときびしうもてなして、かいつくろひ、二人の童よりほかにはすべて入るまじと戸をおさへて、面(おも)にくきまでいへば、殿上人なども、「なほこれ一人は」などのたまふを、「うらやみありて、いかでか」などかたくいふに、宮の女房の二十人ばかり蔵人を何ともせず戸をおしあけてざめき入<れ>[りて]ば、あきれて、「いと、こは筋(ずち)なき世かな」とて、立てるもをかし。それにつけてぞ、<かしづき>どももみな入るけしき、いとねたげなり。上にもおはしましてをかしと御覧じおはしますらむかし。

 <童舞(わらはまひ)の夜は、いとをかし。> 灯台に向ひて寝たる顔どももらうたげなり。

 

マンガで楽しむ古典 枕草子

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