淑景舎、東宮に参り給ふほどのことなど③ ~さて、ゐざり入らせ給ひぬれば~
さて、定子さまが擦り膝でお入りになったから、そのまま屏風に寄り添って覗いてたんだけど、「良くないわ、後ろめたい行いだわね」って、聞こえるかのようにこっそり言う人たちもいて。おもしろいわね。障子がとても広く開いてるから、中の様子はすごくよく見えるの。お母様の貴子さまは、白い上着、張って艶を出した紅色の衣を二枚ほどに、女房の裳なのかしら?を、引っ掛けて、奥に寄って東向きにいらっしゃるから、お着物だけは見えたのよね。淑景舎さまは、北に少し寄って南向きにいらっしゃるの。紅梅色の濃い打衣、薄い打衣をたくさん着て、上に濃い綾織の衣、少し赤い小袿は蘇芳色の織物、萌黄色の若々しい固紋の衣をお召しになって、扇でお顔をすっと隠されてて、ほんと、とっても立派で美しい様子を見せていただけたわ。お父様は薄色の直衣、萌黄色の織物の指貫、紅色の衣を重ね着して、紐を締め、廂の間の柱に背中を当ててこちら向きにいらっしゃるの。で、姫君たちの立派な様子を見て微笑みながら、いつものように冗談をおっしゃってるのよね。淑景舎さまがすごくかわいくって、絵に描いたように座っていらっしゃるんだけど、定子さまはとっても落ち着いてらして、少しばかり大人っぽい雰囲気でいらっしゃるんだけど、紅色の衣が光り輝いて映えてるご様子は、やっぱりこの方と比べられる人っているかしら? いえいえ、いないわ、って思わせられるの。
----------訳者の戯言---------
原文の「上」というのは文脈からして、定子さまの母上=藤原道隆の奥方ということがわかります。
裳というのは、表着(上着)のもう一つ外側に着る衣。「腰から下につけ、後ろへ長く引いた衣装」です。
小袿(こうちぎ)貴族女子のなかでも特に高位の女性が着る上着だそうです。
「蘇芳」というのは、文字通り蘇芳というインド・マレー原産のマメ科の染料植物で染めた黒味を帯びた赤色とのこと、だそうです。
「薄色」は単に薄い色ではなく、色の名前。やや赤みのあるとても薄い薄紫です。
こっそり覗いて、姉妹と父母、家族4人のファッションチェックをする清少納言。藤原道隆は冗談とか言ってるらしい。たぶんおもしろくないだろうと思いますが、貴族一家ですから、笑うんでしょうね。
で、結局は、定子さまサイコー!となります、清少納言。
そして④に続きます。
【原文】
さて、ゐざり入らせ給ひぬれば、やがて御屏風に添ひつきて覗くを、「あしかめり、後ろめたきわざかな」と聞こえごつ人々もをかし。障子のいと広うあきたれば、いとよく見ゆ。上は、白き御衣ども紅の張りたる二つばかり、女房の裳なめり、引きかけて、奥に寄りて東向におはすれば、ただ御衣などぞ見ゆる。淑景舎は北に少し寄りて、南向におはす。紅梅いとあまた濃く薄くて、上に濃き綾の御衣、少し赤き小袿、蘇枋の織物、萌黄のわかやかなる固紋の御衣奉りて、扇をつとさし隠し給へる、いみじう、げにめでたく美しと見え給ふ。殿は薄色の御直衣、萌黄の織物の指貫、紅の御衣ども、御紐さして、廂の柱に後ろを当てて、こなた向きにおはします。めでたき御有様を、うち笑みつつ、例の戯言せさせ給ふ。淑景舎のいとうつくしげに絵に書いたるやうにゐさせ給へるに、宮はいとやすらかに、今少し大人びさせ給へる御けしきの、紅の御衣にひかり合はせ給へる、なほ類ひはいかでかと見えさせ給ふ。
検:淑景舎、春宮にまゐりたまふことなど 淑景舎、東宮にまゐりたまふことなど