墨は
墨は丸い形のがいいわ。
----------訳者の戯言---------
墨は今から約2200年前、漢の時代の中国で発明されたそうです。日本では「日本書紀」に墨のことが書かれてるのが最も古くて、610年に高麗の曇徴(どんちょう)というお坊さんが来た時に、松ヤニを使う「松煙墨(しょうえんずみ)」というものの製法を伝えたとのこと。その後、写経をする寺社で墨作りが盛んになり、奈良の興福寺で菜種(なたね)油の灯明から出る煤(すす)を利用した「油煙墨(ゆえんずみ)」が作られるようになったそうなんです。
製法としては、素焼の皿に植物油を入れて燃やし、同じく素焼の蓋に付いた煤を採取。先にも書いたとおり油は主に菜種油が使われるようです。
煤に混ぜる膠(にかわ)というのは動物の骨や皮や筋などに水を加え煮沸抽出した動物性タンパク質の物質。この二つに香料なんかも入れて練り合わせます。よく練るほどのびのよい書きやすい墨ができるらしい。
そしてそれを型に入れて成形し、乾燥させると墨になるそうですね。
膠(にかわ)は昔から使われてる接着剤で、今は日本画の定着材としてよく使われます。日本画の絵の具が岩とかを砕いたものですから、それだけでは画面に乗らない。なので膠の液を混ぜます。
それ以外にも木の楽器、バイオリンやチェロとかの製作に使われます。コントラバスやビオラにも使われるでしょうね。言い出すとキリがありません。紙の接着剤としても使われます。
木工用ボンドよりも強力だそうで、湿気や熱を与えると剥がすのも比較的容易だということです。
ということで逸れましたが、墨の形のことを書いてます。
よく見かけるのが長方形のやつですが、真四角に近いのとか丸いのもありますね。丸いのが良いらしいです。
ちょっと磨りにくいようにも思いますが、そういう問題ではないのでしょうか。ファッションだけでなく、ステーショナリーにもこだわりは強いようですね。
【原文】
墨は 丸(まろ)なる。
筆は
筆は冬毛。使うのにも、見た目にも良いわ。兎の毛のも。
----------訳者の戯言---------
筆には山羊、馬、狸、鹿、兎、鼬(いたち)などの獣毛を使うらしいです。当時はどうだったのでしょうか? それほど今と変わらないような気もしますね。
冬毛というのは冬の抜け変わる毛で、おおむね白いので見た目にも良いとしたのでしょう。
兎毛の筆は弾力が強く、まとまりが良いそうですね。野兎ですから、結構ゴワゴワらしいですが、毛先はとても滑らか、つまり動物の毛にしてはざらざら感が少ないものだそうです。
ということで好みの筆の毛はコレね!でした。
カンタンにまとめちゃった段ですね。もうちょっと蘊蓄とかエピソードとかないんでしょうか。オチは? さんま御殿でさんまさんに「あーあーそうなんや。ほいで?」って言われるやつですね。
【原文】
筆は 冬毛。使ふもみめもよし。兎(う)の毛。
硯の箱は
硯の箱は、重ねて描かれた蒔絵に雲鳥(くもとり)の模様のものがいいわ。
----------訳者の戯言---------
重ねの蒔絵、というのがいくつも絵柄を重ねて描かれた蒔絵という意味合いなのか、二段重ねの箱に描かれた蒔絵なのか、解釈を迷ったのですが、私は「重ねて描かれた蒔絵」のほうが自然かなぁと思いました。
「雲鳥」というのは雲に鳥、特に鶴を配した文様です。雲鶴(うんかく)とも言い、織物にはよくあった紋様のようですね。これはその一例です。
漆器に付ける蒔絵の文様としての雲鶴にもいろいろなものがあるようです。ちなみに「雲鶴×硯箱」で画像検索をするとこのような検索結果となりました。上品なもののようですね。
というわけで、先日より自分で書きながら気になっていたのが「模様」「文様」「紋様」の違いです。どう違うのか?? 調べてみました。
広い意味で一般的に使う場合は「模様(もよう)」でいいのだそうです。で、美術・工芸における模様の様式を指す用語としては「文様(もんよう)」という慣用があり、中でも織物、染め物などの模様を「紋様(もんよう)」と呼ぶことがある、ということらしいですね。
スッキリしました。
清少納言的には硯箱はこういうのが好き!という段でした。
【原文】
硯の箱は 重ねの蒔絵に雲鳥(くもとり)の紋。
薄様色紙は
薄様色紙は、白いの。紫。赤いの。刈安染(かりやすぞめ)。青いのもいいわ。
----------訳者の戯言---------
薄様というのは、和紙で、雁皮(がんぴ)を原料に、薄く漉いたものの通称でした。この雁皮紙(がんぴし)の薄様は貴族の女子たちに好んで用いられ、和歌や文書等を書き写したり、物を包んだり、あるいは子供の髪を結ぶ元結という紐にするための紙縒りなんかにしたそうですね。
雁皮というのはジンチョウゲ科の落葉低木で、樹皮の繊維を紙の原料としました。
平安時代には懐紙として、男性は厚様の檀紙(だんし)を使うことが多く、女性は薄様だったそうです。和歌なども男性は厚様の一枚に書いたのですが、女性は薄様を二枚重ねて書きました。上の紙には歌、下の紙には名前、という風に書いたみたいですね。手紙ももちろん二枚重ねで書きました。
以前、「五月の御精進のほど」という段にも少し書いていますが、二枚重ねにする時も上下の色を変えて、色を作ってその時その時の情趣を表したらしいですね。季節とか心情とかを重ね方で表現したのでしょう。
刈安染。刈安という植物の葉や茎を煮て黄色に染めたもので、日本の伝統色の一つです。綺麗なレモンイエローですね。刈安というのはイネ科ススキ属の多年草で、日本では飛鳥時代から染色に使われてきたそうです。奈良時代のものでしょうけれど、東大寺の正倉院には実際に刈安で染めた「刈安紙」が今も保存されているらしいですね。
というわけで、薄様の色ことを書いています。白、紫、赤、黄、青。もはやほとんどの色です。ネタ切れの時期に書いたのかもしれません。
【原文】
薄様色紙は 白き。紫。赤き。刈安染(かりやすぞめ)。青きもよし。
綾の紋は
綾の紋は、葵。かたばみ。霰(あられ)地。
----------訳者の戯言---------
葵は今でも上賀茂神社や下鴨神社の神紋、つまりシンボルマークになっているように、賀茂神社を象徴するもの。賀茂祭を葵祭と言いますしね。いずれにしても葵の葉っぱがデザイン的にもいかしてた、ということなのでしょう。
小葵という文様があるようで、これでしょうか。
今まさに「どうする家康」という、松潤が主役のドラマをやっていますが、徳川家の紋は、フタバアオイの葉をクローズアップして三枚配置した「三葉葵」とか「葵巴」とかと呼ばれる家紋ですね。水戸黄門でもおなじみのやつです。
徳川将軍家のこの「三葉葵」の家紋は、一説に上賀茂神社の神紋「二葉葵」と関係があるとも言われています。ドラマでは松平元康から家康に改名したところのようですが、徳川家になる松平氏の発祥地の松平郷っていうのは、賀茂神社の神領で、松平氏は氏子だったのだそうです。
かたばみ(片喰)は酢漿草、鳩酢草とも書くそうです。茎や葉に蓚酸(シュウ酸)が含まれて酸っぱいのでこの漢字になったらしいです。この酸を利用して、カタバミの葉で鏡を磨いたり、皮膚病の薬にしたそうですね。
葉っぱの形はハート形で、当時は♡とは思わなかったでしょうけど、優雅な形ではあるので古くから人気はあったようです。カタバミは荒地や畑に群生する繁殖力の強い雑草の一種で、子孫繁栄を意味するとも言われてるようですね。
おそらくそこそこ有名な話だと思いますが、ももクロのシンボルマーク、あれはカタバミです。ももが4つと真ん中に四つ葉のクローバーらしきものがレイアウトされていますが、葉っぱがハート形ですから実はカタバミなんですね。クローバーは葉っぱが丸っこいです。ももいろクローバーZっていうアイドルのマークですからハート形、となってしまったんですかね。
カタバミはカタバミ科、クローバーはマメ科なので分類上でも異なる植物です。三つ葉で這うように茂る感じはそっくりなので、たしかに見た目的にはややこしいです。
霰(あられ)地というのは、正方形のパターンを縦横に連続した地文です。霰に似ている?ってことなのでしょう。特に小形の市松文様を霰文と言いました。チェック柄のようにも思いますが、厳密に言うとチェックではありません。チェック柄というのは、直角に交差する線や四角形で構成された模様で、二色が交差して重なる部分があります。しかし、市松文様にはその重なりは無いんですよね。
この霰地に窠文(かもん)を浮き文として織り出した「窠に霰」は古くから有職(ゆうそく)模様として用いられた代表的なものの一つとされています。
というわけで、綾織の紋様はこんなのが素敵!ってことなのでしょうか。それとも綾織といえばこれがポピュラーだわ!ってことなのでしょうか。私はどっちでもいいんですが。
【原文】
綾の紋は 葵。かたばみ。霰(あられ)地。
汗衫は
汗衫(かざみ)は、春は躑躅(つつじ)。桜。夏は青朽葉。朽葉。
----------訳者の戯言---------
汗衫(かざみ)です。「汗」という字がはいっていますから、汗に何か関係あるのでしょう。
衫は杉に似た字ですが、あまり見たことがありません。と思って調べると、実は肌着とか襦袢を表す字らしく、訓読みでは「はだぎ、ひとえ、ころも」などと読むようです。音読みでは「衫(さん)」だそうですね。
汗、つまりスウェットですから、汗衫というとスウェットシャツみたいなものだと思っておけばいいのでしょうか。
さて、袙(あこめ)っていうのがまず女児の着物の一つなんだそうです。その袙の上にこの汗衫という上着を着るらしいですね。
「あてなるもの(上品なもの)」という段では、薄色の袙の上に白い汗衫を重ねて着た少女が上品である、と書いていました。
ちなみに汗衫(かざみ)を辞書で調べると、
①汗取りの下着(男女ともに用いる)。
②平安時代中期以後、後宮に仕える童女の正装用の衣服。「表着」または「袙」の上に着用する、裾の長い単(ひとえ/一重)のもの。一重または二重。
と書かれています。
やはり、元々は汗取り用の下着だったということです。アンダーウェアだったわけですが、そのうち、それを女の子用の上着にするようになり、ひいては正式に女児用上着として作るようになった、ということのようですね。
今みたいにニット、つまりカットソーのプルオーバーの下着なんてないわけですから、前開きで一重のシャツジャケット的なもの、とイメージできます。
ちなみに「職の御曹司の西面の立蔀のもとにて」という段では、「唐衣(からぎぬ)をただ汗衫の上にうち着て」つまり、(私たちは上着の)唐衣を肌着(汗衫)の上に羽織っただけで、、と描いていました。
今回この段はその汗衫の色のことを語っているようです。
躑躅(つつじ)。あの花のツツジです。漢字が難しすぎますね。読めないし書けません。
前にも書きましたが、以下再掲します。
「躑躅」というのが何なのか調べたところ、「テキチャク」と読むことがわかりました。意味は「足で地をうつ」「行きつもどりつする」「躍(おど)りあがる」などで、さすが足ヘンだけあってこうなのですね。しかしなぜこれが「ツツジ」なのか。
で、よくよく読んでいると、これは羊がツツジの葉を食べると「躑躅(てきちゃく)」して死ぬ、とか、食べれば死ぬので羊たちはこの葉を見ると「躑躅」して散り散りになってしまう。そういう説があるらしいんですね。しかし、ほんとうに死んでしまうのか?と思って、今回調べてみましたが、どうもツツジを食べても死ぬことはないようです。
ヒツジ&ツツジ。ガセですか。
と、話がそれましたが、肝心の躑躅色です。花の色のとおり、鮮やかな赤紫、というかピンク。ほぼマゼンタです。
そして桜色。ついこの前にも「女の表着は」に書きましたが、ものすごーく薄いピンクです。白やん、と言われたら、あれれ?そうかな~と思うぐらいですね。
青朽葉というのは、青っぽい朽葉色です。私は、かにみその色だと思いました。
ちなみに、かにみそは蟹の脳味噌ではありません。んなことはわかっとるわい、と言われるかと思いますが。蟹にあんなにたくさんの脳味噌は無いです。蟹の内臓のうち中腸線といわれる部分を「かにみそ」として食べるのだそうです。そう言われると何だかなー、食べられへんな―と思ってしまいますね。スミマセン。
朽葉色は薄いキャメル系のカーキです。カフェオレ色、といったほうがいいかもしれません。着用時期は秋だそうですが、ここでは夏に良いとのことです。これまたおしゃれショップの店員さんのようにちょっと早めの着用がいかしてるのでしょう。
というわけで今回は「汗衫 collection 1001 spring/sammer」みたいな感じでしょうか。
【原文】
汗衫(かざみ)は 春は 躑躅。桜。夏は 青朽葉。朽葉。
裳は
裳(も)は、大海(おおうみ)。
----------訳者の戯言---------
裳はそもそも腰から下に巻きつけた衣服の総称でした。
平安時代からは唐衣(からぎぬ)と合わせて女性の正装の一つとなったそうで、概ね腰から下の後ろ部分を覆うものです。ハレの装束には当たり前に着用され、丈はどんどん長くなっていったそうですね。先にも書いたように、唐衣とセットなんですが、女房は出仕の間、唐衣は脱ぐことがあっても裳は常に着けていたそうです。
腰に当たる部分は大腰と言い、大腰の左右には長く垂らす「引腰」、また前でくくる「前腰」などの紐があります。冬は綾織り、夏は薄物で地摺りで大海の文様が広く用いられたそう。地摺りは生地に文様を摺り出した布帛のことだそうです。
紫式部日記の、行幸当日の女房たちの装束を書いた部分に「大海の摺裳の、水の色はなやかに、あざあざとして、腰どもは固紋をぞ多くはしたる(大海の摺模様の裳の水色は、華やかでくっきりとしてて、裳の腰のところなんかは固紋のものを多くの人はしてたの)」とありました。
海を思わせる模様を摺染(すりぞめ)にした水色の裳(も)が鮮やか!と描かれてます。やはり水色だったんですね。海だけに。
「大海」というのは、布だけでなくて蒔絵とかにも描かれたらしいですが、どういう模様かというと、大波や磯馴松(そなれまつ)、貝、砂浜などの海辺の風物や景色を文様化したものなのです。鳥などを配することもあるようですね。磯馴松とうのは潮風のために傾いて生えている松です。
裳は大海の文様のがいい、と言いたかったのでしょう。
パンツはデニムがいい、とか、スカートはタータンチェックがトレンド! みたいなことでしょうか。
【原文】
裳は 大海(おほうみ)。