枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

関白殿、二月二十一日に⑦ ~御前の桜~

 二条の宮の前庭の(造花の!)桜は露に濡れてもその風情が良くなるわけでもなく、太陽の光とかに当たってしぼんじゃって見た目が悪くなっちゃうのでさえ残念なのに、雨が夜降った翌朝はすごくみっともないわ。とても早く起きて「泣いて別れたっていう顔に比べたら、この雨に濡れた桜は見劣りするわね」って言ったのを定子さまがお聞きになって、「ほんと、雨が降ってる気配がしてたわね。桜はどうなってるかしら?」って目を覚まされた時、関白殿のお屋敷のほうから警固スタッフや仕えてる者がたくさんやって来て花のところにどんどん寄ってたかって来て、引き倒して取って、こっそり持って行くの。
 「『まだ暗いうちにね』とおっしゃってたじゃないか。明るくなりすぎだよ、やばいよ、早く早く!」って倒し取るのにすごくいかしてる感じがあってね。「言はば言はなむ(文句があるなら言ったらいいよ)」って源兼澄(かねずみ)の歌を思って踏まえた上でそんなことするの??って、身分の高い人なら言いたいところなんだけど、「あの花を盗むのはだれ? ダメよ…」
って言うと、ますます急いで桜を引っ張って逃げて行ったの。でもやっぱり関白・道隆さまのお心は素晴らしくていらっしゃるわ。(造花を持って行かなかったら)枝なんかも造花が濡れてからみついて、どれだけ見苦しい様子になってたことでしょ?って思うの。それで私はとやかく言わないで部屋に入ったのよ。


----------訳者の戯言---------

この段の最初に出てきましたが、お屋敷の前にある桜の花はよくできた造花でしたね。

「泣きて別れけむ顔に心劣りこそすれ(泣いて別れたっていう顔に比べたら、この雨に濡れた桜は見劣りするね)」は、

桜花露に濡れたる顔見れば 泣きて別れし人ぞこひしき
(桜の花の露に濡れた花の表情を見てたら、泣いて別れた人が偲ばれて恋しくなってくるんだよ)

という歌から取って来ているようですね。「拾遺集」という歌集にある詠み人知らずの歌です。さすが清少納言、守備範囲広いですね。当時の一般常識なんですか?

そして「言はば言はなむ」というのは、この歌↓から。

山守は言はば言はなむ高砂の 尾上の桜折りてかざさむ
(山の番人は文句があるなら言ったらいいよ。峰の桜を今日は折り取ってかざそう)

調べたところ、後撰集に載っている素性法師という人の歌です。残念なのは、清少納言が源兼澄(みなもとのかねずみ)作の歌と間違っているところです。惜しい。


ところで桜の花を引き倒して取る、というのはどういう行為でしょうか? そんな手荒なことを…と思うのは私だけか? いや、やっぱまずいでしょ。中宮の別邸だぞ。

そしてこれまた清少納言、やはり身分が賤しい者、教養のない者を見下します。が、意外と好意的でもあり、それは関白・道隆の指示を受けたスタッフだからであって。なかなか狡いです。
自身の知識自慢を交えつつ、身分の低いものを見下しつつ、定子、および道隆を賞賛しまくる段ということになりそうないつもの清少納言の文章が進みます。まだまだ長いですが、⑧に続きます。


【原文】

 御前の桜、露に色はまさらで、日などにあたりてしぼみ、わろくなるだに口惜しきに、雨の夜降りたるつとめて、いみじくむとくなり。いととう起きて「泣きて別れけむ顔に心劣りこそすれ」といふを聞かせ給ひて、「げに雨降るけはひしつるぞかし。いかならむ」とて、おどろかせ給ふほどに、殿の御かたより侍の者ども、下衆など、あまた来て、花の下(もと)にただ寄りに寄りて、引き倒し取りてみそかに行く。「『まだ暗からむに』とこそ仰せられつれ。明け過ぎにけり。ふびんなるわざかな。とくとく」と倒しとるに、いとをかし。「言はば言はなむ」と、兼澄がことを思ひたるにやとも、よき人ならば言はまほしけれど、「彼の花盗むは誰ぞ。あしかめり」といへば、いとど逃げて、引きもて往ぬ。なほ殿の御心はをかしうおはすかし。枝どももぬれまつはれつきて、いかにびんなき形ならましと思ふ。ともかくも言はで入りぬ。