枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

御乳母の大輔の命婦

 御乳母の大輔の命婦(たいふのみょうぶ)が日向の国へ下る際に、定子さまがお授けになった扇の中に、片面は日光が明るくのどかに射してる田舎の館なんかがたくさん描かれて、もう片方の面には京のしかるべき所で雨がひどく降ってるのが描かれてて、

あかねさす日に向かひても思ひ出でよ 都は晴れぬながめすらむと
(日向の国に行って明るい陽射しに向かってても思い出してね、都では晴れることなく長雨を眺めて私が寂しく暮らしてるんだろうって)

って、ご自分でお書きになったの、とてもとっても切なくって。お仕えしてるこの方を見捨てて行ってしまうなんて、できないでしょ!?


----------訳者の戯言---------

御乳母(おんめのと)。昔は特に貴人の場合は、乳児に母親に代わって乳を与える乳母を召し使ったようですね。 身分の高い人は子育てのような雑事を自分ですべきではないという考えがあったり、しっかりとした女性に任せたほうが教育上もいいという考えもあって、乳離れした後で母親に代わって子育てを行う人のことも乳母と言いました。

「大輔の命婦(たいふのみょうぶ)」というのは、女房名だと思います。
以前、「小白河といふ所は①」等でも書きましたが、女房の名は「~の式部さんとこの妹さん」「~~の少納言さんとこの娘さん」「~の乳母さん」「~~の衛門さんの娘さん」的に名前がつくられたようで、たとえば紫式部は、式部省の官僚であった父(もしくは親戚)がいたから、とか、和泉式部は父が式部丞だったから、とか、赤染衛門は父が右衛門尉であったとか、でした。

「大輔の命婦」も、父親か親族が八省(中務省/式部省/治部省/民部省/兵部省/刑部省/大蔵省/宮内省)のいずれかで大輔(次官)の役職にあったのでしょう。自身は命婦(五位以上の女官の総称)だったので、この名が付いたのだと思われます。


日向は今の宮崎県あたりにあった国です。日向坂46とかではないですよ。ちなみに日向坂は「ひなたざか」と読みます。元「けやき坂」なんですが。どうでもいいですね。ネーミングの由来は港区にある「日向坂=ひゅうがざか」らしいですけど。大輔の命婦も日向坂46に入るとかだったらまだいいんですけど。センターかフロントで。

いやいやそういうことではありません。むしろ定子さまユニットCGT卒業なんですよね。
日向へ下るというと、どっちかというと都落ちのイメージがあります。夫とかが地方官になったのかもしれませんね。落ち目の定子サロンにいるよりも、堅実な地方官の妻としての前途を選んだということなのでしょう。中宮の乳母が地方に下るというのは、中関白家凋落の象徴的出来事なんですね。


そして、定子の詠んだ「あかねさす日に向かひても思ひ出でよ 都は晴れぬながめすらむと」です。
「あかねさす」は「日」の枕詞。「日に向かう」と下向先の「日向」を表しています。「眺め」と「長雨」も掛かっていますね。かなりダイレクトに意気消沈している様子が伺えます。もはや、やせ我慢をしたり、気丈に振舞ったりも全くしていません。ヘロヘロに凹んでます。前段もそうでしたが、完全に弱り切っている様子です。

清少納言からすると、この扇の絵と歌を見たら、定子さまを見捨てて行くなんて、普通できないでしょ? 私は絶対にしないわ!という、乳母=大輔の命婦に対するdisりです。そして自分はずっと定子さまにご一緒するわという決意表明ですね。

中関白家が落ち目になって定子さまも追いやられて、大進の平生昌邸に身を寄せていた時期のことです。清少納言的にはこれまであまり悲惨な部分を、特に定子については見せていませんでしたが、前の段と言いこの段と言い、率直に描いていますね。ほぼリアルタイムで書いているのか、述懐してるのかは知りませんが、かなり感傷的になっているなーと思います。


【原文】

 御乳母の大輔(たいふ)の命婦、日向へ下るに、賜はする扇どもの中に、片つ方は日いとうららかにさしたる田舎の館(たち)などおほくして、今片つ方は京のさるべき所にて、雨いみじう降りたるに、

  あかねさす日に向かひても思ひ出でよ都は晴れぬながめすらむと

と御手にて書かせ給へる、いみじうあはれなり。さる君を見おき奉りてこそえ行くまじけれ。