枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

心にくきもの①

 奥ゆかしいもの。物を隔てて聞いてたら、女房とは思えない手の音が、ひっそりと素敵な風に聴こえたんだけど、答えは若々しい感じで、衣ずれの音をさせて参上する気配。物の後ろや障子とかを隔てて聞いてたら、お食事をなさる頃なのかしら、箸や匙なんかの音が入り混じって鳴ってるの、いい雰囲気あるのよね。提子(ひさげ)の持ち手部分が倒れて横になった音にも、耳がとまっちゃうわ。

 よく打ちならしてツヤを出した衣の上に、邪魔をする感じじゃなく、髪が振りかかったことで、その長さを推し量ることができるわね。すごく調度が整ってる部屋で、明かりは灯さないで、炭櫃(すびつ)なんかにたくさんおこした火の光だけが照り輝いてて、そこに御帳台の紐とかが艶やかに見えてるのは、すごく素晴らしいの。御簾が帽額(もこう)や総角(あげまき)結びなんかのところに巻き上げられて、それを掛けてる鈎(こ)がくっきり際立ってるのが、はっきり見えるわ。立派に拵(こしら)えられた火桶の、灰の縁のところがキレイになってて、おこした火で内側に描いてある絵なんかが見えたのは、すごく素敵。火箸がとてもくっきりと艶やかに光って、斜めに立てられてるのも、すごくいい感じなの。


----------訳者の戯言---------

「心にくし」というのは、「奥ゆかしい」「心が引かれる」ことを形容する言葉だそうです。今は、「心憎い」って言うと、憎ったらしいぐらいイカしてるとか、腹立つぐらいカッコイイとかの感じですけれどね。似ているようですが、微妙にニュアンスが違います。

そよめきたる、と書いてますが、「そよめく」とは?
一つは、風とかが吹いて、さわさわと音がすることを表したようです。もう一つは、衣擦れや人の騒めきなどでかすかな音がするのを、こう表したようですね。

「ひさげ」というのは「提子」と書くそうです。注ぎ口とつる(持ち手?)のある銀や錫製の小鍋形の器だったようですね。平たく言えば、口の広いやかんみたいな感じ。昔のは蓋が付いてないのが多いみたいです。

「打つ」という言葉は、めちゃくちゃ用例があるので、めんどくさいワードだと思いました。
現代でも、柱やドアで頭を打つ、釘を打つ、野球でボールを打つのもそうだし、キーボードも打つですし、博打も打つですからね。
ムチも打ちますし、蕎麦も打ちます。心や胸も打つことがあります。
「打つべし!」と言ったのは、ジョーというボクサーでした。辰吉ではありませんよ。が、調べたら、違いましたね。細かいようですが、丹下段平というおっちゃんがジョーに送ったハガキに書いてあった言葉のようです。フィクションですが。

昔も同様というか、もっとたくさんの用例があったかもしれません。
布とか藁などを叩いて、つやを出したり、やわらかくしたりするのも「打つ」の一つだったというわけですね。

帽額(もこう)というのは、御簾をかける時、上側の長押に沿って横に張った幕のことです。

総角(あげまき)は元々は、髪型です。別名・みずら(角髪/美豆良)で、「御形の宣旨の」という段は、この「みずら」の髪型の子どもの人形をつくって…という話でした。
総角(あげまき)=角髪(みずら)というのは、古代の神様とかが結ってた感じの、あの髪型で、センター分けにして、顔の両側、耳のところに、括った髪を長細い耳みたいにしてセットしたやつですね。

ここで出てきたのは、「総角結び」のことのようです。御簾のところにあるものですから、最初は何で結った髪が出てくるのかわからなかったんですが、そういう飾り結び、装飾結びがあるようですね。
一結びしただけの二つの輪を互いにくぐらせて結んだもので、シンプルだけどきれいな結びです。御簾を巻き上げる紐の飾り、あるいは御簾の上部に垂らす飾りになっていたかなりポピュラーなもののようですね。
で、鈎(こ/かぎ)ですが、御簾っていうのは所謂「すだれ」ですから、開ける時は上にクルクルっと巻き上げます。今の感じで言うと、ロールアップスクリーンですから、そのロールの部分を引っ掛けるのが鈎なんですね。金具ですが、Jの字型をしていて、御簾の上部の左右に1コずつ、計2コ付いてます。

火桶っていうのは火鉢みたいなもんだそうですが、木製だったらしいです。この段に書かれていることからもわかりますが、当時は内側に絵が描かれているものがあったようですね。
火桶については、枕草子で最も有名な、いちばん最初の「春はあけぼの」の段でも、「火桶の火も白き灰がにちに なりてわろし」とありました。

さて今回は、奥ゆかしいもの、というテーマです。
騒々しくなく、ビジュアル的にド派手でもなく、しかし完全にし~んとしているわけではなくて、物静かな感じではあるけれどほんの少し音がしたり、ピンポイントで際立ってくるビジュアル的要素があったりしながら、物事が行われていく感じです。そうですね、たしかに、これを奥ゆかしい、と言うなら、そうなのかもしれません。

さて、この後どう展開していくのでしょうか? ②に続きます。


【原文】

 心にくきもの もの隔てて聞くに、女房とはおぼえぬ手の忍びやかにをかしげに聞こえたるに、答へわかやかにして、うちそよめきて参るけはひ。ものの後ろ、障子などへだてて聞くに、御膳(おもの)参るほどにや、箸・匙(かひ)など、取りまぜて鳴りたる、をかし。ひさげの柄の倒れ伏すも、耳こそとまれ。

 よう打ちたる衣の上に、さわがしうはあらで、髪の振りやられたる、長さおしはからる。いみじうしつらひたる所の、大殿油は参らで、炭櫃などにいと多くおこしたる火の光ばかり照り満ちたるに、御帳の紐などのつややかにうち見えたる、いとめでたし。御簾の帽額・総角(あげまき)などにあげたる鈎(こ)の際やかなるも、けざやかに見ゆ。よく調じたる火桶の、灰の際(きは)清げにて、おこしたる火に、内にかきたる絵などの見えたる、いとをかし。箸のいときはやかにつやめきて、筋交ひ立てるも、いとをかし。