枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

故殿の御服の頃①

 道隆さまが亡くなって喪服を着てた頃、6月の末日、大祓ということで中宮さまが退出されるはずなんだけど、職の御曹司は方角が悪いってことで、太政官庁の朝所(あいたどころ)にいったんお移りになっていらっしゃるの。その夜は、暑くてどうしようもない暗闇だったから、なぜかはっきりわかんないけど、漠然と窮屈で不安なまま夜を明かしたの。

 翌朝になって、見たら、建物の様子がすごく平べったくて低いし、瓦ぶきだから、中国風で異様なの。普通あるみたいに格子なんかも無くって、周りに御簾だけをかけてるの、かえって珍しくておもしろいから、女房が庭に下りたりなんかして遊ぶのよ。植え込みに萱草(かんぞう)っていう草を垣根を作って、とてもたくさん植えてあるの。花がくっきり鮮やかに房になって咲いてるのは、こういう格式ばったところの植え込みには、とてもいいわ。時司(ときづかさ)なんかはすぐそばにいて、鼓の音も、いつもとは違って聞こえるのにひかれて、若い女房たち20人ほどがそっちに行って、階段から建物の高いところに登ってるのを、こっちから見上げたら、全員が薄鈍(うすにび)色の裳、唐衣、同じ薄鈍色の単襲(ひとえがさね)、それに紅色の袴を身に着けて登ってくのは、めっちゃ天人とかみたい!ってまでは言えないけど、空から下りてきたんじゃない?っていう感じに見えるわ!! 同じ若い人でも、登るのを押し上げてやった人は、上にいる人たちの仲間に入れなくて、うらやましそうに見上げてるのも、すごくおもしろいのよね。


----------訳者の戯言---------

大祓(おおはらえ/おおはらい)とは、神道儀式の祓の一つで、そもそも祓というものは浄化の儀式として宮中や神社で日常的に行われるもの、所謂お祓いなんですが、特に天下万民の罪や穢れを祓う、という意味で大祓というものが、毎年6月と12月の晦日に恒例行事として行われたということらしいです。

萱草(かんぞう)というのは和名で「忘れ草」とも言うそうです。夏、オレンジ色のユリに似た花を咲かせるとか。和歌にもよく詠まれたようで、このネタを広げはじめると枚挙にいとまが無くなりますので控えますが、画像を見ても、なかなか可憐で、きれいな花です。

「ませ」(籬/間狭)というのは、竹・木などで作った、低く目のあらい垣。まがき。ませがき(籬垣)。

時司(ときづかさ)というのは、陰陽寮(おんようりょう)に属し、時刻を報じることをつかさどる役、または、その役所とされています。時計なんかなかった時代ですからね。そういう役所があっても不思議はないですね。さもありなんと思います。

薄鈍(うすにび)は、薄い鈍色です。鈍色はグレーですから、ライトグレーになります。
ライトグレーに紅。紅はマゼンタ100%に近い赤系の色です。濃いピンクに近いですね。なかなか良いカラーコーディネートだと思います。

昔は女房装束などで着用する袴を一般的には緋袴と言ったそうです。緋色というのは赤、深紅で、つまり黄色が入ったレッドですね。マゼンタ100%にイエローを50%以上足した感じでしょうか。スカーレットというドラマがありましたが、まさにスカーレットという色がすなわち、この緋色です。ただ、紅色のものも広義で緋袴と言ったそうですね。
現在も宮中の装束や神社の巫女装束に、その名残は残っています。白いトップスに概ね赤の袴をはいているのをよく見かけますが、あれですね。

脇道に逸れました。
中宮定子の父で関白だった藤原道隆の喪中ではありましたが、定子さまとその側近の女房たちみんなの、あの、少しほのぼのとした日々、そのワンシーンを切り取って描いた段ということになるでしょうか。久々の日記的な段です。
②に続きます。


【原文】

 故殿の御服の頃、六月のつごもりの日、大祓といふことにて、宮の出でさせ給ふべきを、職の御曹司を方あしとて、官の司の朝所(あいたどころ)にわたらせ給へり。その夜さり、暑くわりなき闇にて、何ともおぼえず、せばくおぼつかなくてあかしつ。

 つとめて、見れば、屋のさまいとひらに短かく、瓦ぶきにて、唐めき、さまことなり。例のやうに格子などもなく、めぐりて御簾ばかりをぞかけたる、なかなかめづらしくてをかしければ、女房、庭に下りなどしてあそぶ。前裁に萱草といふ草を、ませ結ひていとおほく植ゑたりける。花のきはやかにふさなりて咲きたる、むべむべしき所の前裁にはいとよし。時司(ときづかさ)などは、ただかたはらにて、鼓(つづみ)の音も例のには似ずぞ聞こゆるをゆかしがりて、若き人々二十人ばかり、そなたにいきて、階(はし)より高き屋にのぼりたるを、これより見あぐれば、ある限り薄鈍(うすにび)の裳、唐衣、同じ色の単襲(ひとへがさね)、紅の袴どもを着てのぼりたるは、いと天人などこそえいふまじけれど、空より下りたるにやとぞ見ゆる。同じ若きなれど、おしあげたる人は、えまじらで、うらやましげに見あげたるも、いとをかし。

 

桃尻語訳 枕草子〈上〉 (河出文庫)

桃尻語訳 枕草子〈上〉 (河出文庫)

  • 作者:橋本 治
  • 発売日: 1998/04/01
  • メディア: 文庫