枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

雪のいと高う降りたるを

 雪がすごく高く降り積もってるのに、いつもみたいにじゃなく格子を下ろしたまま炭櫃(すびつ)に火を熾して、お話をしながら集まっていたら、「少納言香炉峰の雪はどうなのかしら?」っておっしゃるもんだから、格子を上げさせて御簾を高く上げたら、定子さまがお笑いになる。
 女房たちも、「その文言(香炉峰の雪)はみんな知ってて、歌とかにだって詠ってるけど、思いもよらなかったわ。やっぱりこの中宮さまに仕えるなら、そうあるべきなのでしょうね!」って言うの。


----------訳者の戯言---------

炭櫃(すびつ)とは、床(ゆか)を切って作った四角の炉。囲炉裏のことをこう言ったようです。一説には部屋に据えつけた角火鉢のこととも。


香炉峰(こうろほう)の雪です。難しい漢字で「香爐峯の雪」と書いたり、「香爐峰の雪」と書く場合もあります。漢文は「爐」を使っている場合が多いかもしれません。
白居易(雅号は白楽天)の書いたこういう詩があるそうです。これが元ネタなんですね。

日高睡足猶慵起
小閣重衾不怕寒
遺愛寺鐘欹枕聽
香爐峰雪撥簾看
匡廬便是逃名地
司馬仍爲送老官
心泰身寧是歸處
故郷何獨在長安

書き下すと、

日高く睡り足りて、なお起くるに慵(ものう)し
小閣(しょうかく)に衾(しとね)を重ねて寒を怕(おそ)れず
遺愛寺の鐘は枕を欹(そばだ)てて聴き
香爐峰の雪は簾を撥(かか)げてみる
匡廬(きょうろ)はすなわちこれ名を逃るる地
司馬はなお老いを送る官たり
心泰(やす)く身寧(やす)きは是れ帰する処
故郷何ぞ独り長安に在るのみならんや

現代語に訳すとこうなります。

日は高く上ってて睡眠は十分とったんだけど、それでもまだ起きるのが億劫なんだ。
小さな庵で布団を重ねて寝てるから、寒さは気にならないけどね。
遺愛寺の鐘は枕を傾けて聴いて、香爐峰の雪は簾(すだれ)をはね上げて眺めるのさ。
匡廬(きょうろ=廬山)は、まさに名誉からのがれる土地。
司馬はやっぱり老後を送る官としてはぴったりだしね。
心も身も安らかになれる所が、すなわち人(私)が最終的に行き着く場所なんだよ。
帰る故郷がどうして長安だけだっていうの? そうとは限らないでしょ!


白居易楽天)は8~9世紀、唐王朝の時代、詩人であり、朝廷においては秀才の官人でもありました。ところが、ある暗殺事件について上申書を出したところ、越権行為として左遷されてしまいます。その赴任地が江西省九江市でした。九江の南西、廬山にある山で、形が香炉に似ているのが香炉峰です。
白居易香炉峰の麓に草庵を新築し、東の壁にその時の悠々自適な心境を書いた、それがこの詩なのだそうです。
「司馬」というのは官名なのですが、彼が生きた唐代には地方官の閑職でした。まさに中央から地方に飛ばされて就くような職です。官職にこだわって朝廷のある都・長安に帰らなくても…という心境ですね。


というわけで、この詩の「香爐峰の雪は簾をはね上げて眺める」という部分です。
共通認識を持っていさえすれば「香炉峰の雪は?」と言っただけで、「簾を上げる」という行動ができるわけです、と。タイムリーでウィットに富んだ対応ができたことで、中宮は喜ぶし、周りからは賞賛されるし、清少納言も鼻高々です。例によって小自慢ですね。

というわけで、この「香炉峰の雪」は「女性が機知に富んでいること」のたとえにも使われてきたらしいです。
私自身今回、徳冨蘆花の「不如帰(ほととぎす)」にこのような文があることを知りました。

「浪子は幼きよりいたって人なつこく、しかも怜悧(りこう)に、香炉峰の雪に簾を巻くほどならずとも、三つのころより姥に抱かれて見送る玄関にわれから帽をとって阿爺の頭に載すほどの気はききたり」

ただ、私は「『女性が』機知に富んでいる」という部分には拒否感があります。別に性別どっちでもいいやん、って話ですからね。現代のジェンダーレス社会、ダイバーシティとかインクルーシブとかの考え方に全く対応していません。もちろん清少納言は関係ないのですが、後世これを「たとえ」にした人が時代遅れなんですね。昔の人でしょうけど。


この段は、清少納言清少納言自身をきわめて清少納言らしく描いた段と言えるでしょう。だからなのかGoogleで検索してもめちゃくちゃ多くの記述が見られます。元ネタの白楽天のこの七言律詩との相乗効果もあるのかもしれません。
中宮定子も登場しますし、非常に枕草子らしい段です。


【原文】

 雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子まゐりて、炭櫃に火おこして、物語などして、集まり候ふに、「少納言よ、香炉峰の雪、いかならむ」と、おほせらるれば、御格子上げさせて、御簾を高く上げたれば、笑はせ給ふ。

 人々も、「さることは知り、歌などにさへ歌へど、思ひこそ寄らざりつれ。なほ、この宮の人には、さべきなめり」と言ふ。