枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

陰陽師のもとなる小童べこそ

 陰陽師のところにいる小さな子どもはめちゃくちゃ物知りなのよね。お祓いなんかをしに出かけたら、陰陽師が祭文(さいもん)とか読むのを、人はただ適当に聞いてるだけなんだけど、さっと走ってって、「酒、水をかけなさい」とも言ってないのにやってのける様子が、ルールが解ってて少しも主人に余計な言葉を言わせないの、うらやましいもんだわ! そんな子がいたらいいなぁ、使いたいな、とさえ思うの。


----------訳者の戯言---------

祭文(さいもん)というのは、神を祀るときに読む文だそうです。本来は祭の時に神様に対して祈願や祝詞(のりと)として用いられる願文だったそうで、後には芸能化したようですが、平安時代の祭文には陰陽道の色彩の濃いものも多いらしく、祭文読みは陰陽師がやることも多かったようですね。


「ちうと」という副詞がハテナ??だったので、考察してみました。調べてもみました。以下その経緯です。

まず「ちと」の音便変化か何かではないかと考えました。無理がありますが。
「ちと(些と)」とは「少し(少々)」「わずかに」「かすかに」「しばらく」を意味する副詞です。リアルではあまり使いませんが、今でも特にネットスラングというか、意図的に古っぽい言い方として使うケースがありますね。実は古く、鎌倉時代以降使われてきたようですが、平安中期には見当たりませんでした。

もしかすると写本をつくった時「ふと」を読み違えた、あるいは写し間違えたという可能性はないか?とも考えました。
「ふと」は「思いがけず」「不意に」を表す副詞ですが、「さっと」「すばやく」の意もあります。
したがって、誤記の可能性はありそうですが、三巻本の手書き原本を見ていないので何とも言えません。残念。
ちなみに能因本での表記は「ちそと」でした。「ちそと」という副詞はどの辞書にもありません。それどころか、「ちそと」という言葉が古今あたってもどこにも一つも見当たらないんですね。これこそ誤写でしょう。


結局振り出しに戻ってしまいました。
と、思っていたところ、「精選版 日本国語大辞典」に載っているという情報をLINEオプチャでいただきました。

ちゅう
[1] 〘副〙 (多く「と」を伴って用いる。古くは「ちう」と表記)
① 動作が滞らないで行なわれるさま、すばやいさまを表わす語。さっ。ぱっ。
※枕(10C終)三〇〇「祭文など読むを、人はなほこそ聞け、ちうと立ち走りて」
(以下略)

つまり、「ちゅうと(ちうと)」と使われるケースの多い副詞、ということです。ただ、今回調べた限りではこの枕草子の記述以外にはやはり一つも出てきませんでした。「多く『と』を伴って用いる」と書かれていますが、きわめて少ない用例、あるいは枕草子以外にはないのかもしれない語です。略称「日国大」と呼ばれ、日本で最大規模の国語辞典である「日本国語大辞典」ですが、この語を執筆した人に聞いてみたいくらいですね、他にどの作品、文献で使われてるのか。

私も「ちうと」「ちゅうと」「ちふと」もちろん「ちふ」「ちゅう」でも調べていましたが、たどり着けませんでした。非常にレアなケースだと思います。
私が先に書いた「ふと」→「ちうと」の転記ミス説もあながち否定できなくもないなぁなどと思いつつ、名だたる先達の国語学者たちが編纂した「日国大」を裏付けとして「さっと」と訳しました。というのが今回の論考です。そんな大そうなものではありませんか??


ということで。
本段の主旨は、利発で、事の次第、手順なんかを熟知していて、タイミングよく機敏に動いてくれるスタッフがいるといいわぁ。という、結構単純な話です。陰陽師のところで教育済みの子をスカウトするといいのかもしれません。中途採用でキャリアのある有能な人材採用。今ならデューダビズリーチですね。

 

追記です。
萩谷朴『枕草子解環』(1981-1983)という解説書にこのような記述があるようです。
--------------------------------------------------
「ちうと」 
 す早く、こまめに動き廻る動作を形容する擬態・擬声の言葉としては、チロの方が適切であるし、三巻本第二類イに「ちらと」「ちゝと」「ちくと」とあり、能因本・前田本に「ちそと」とあることからして、「ちろと」からの本文転化も考えられないことではないが、『梁塵秘抄』巻二雑八十六首の中に、
  御厩の隅なる飼ひ猿は  絆離れてさぞ遊ぶ  木に登り  常葉の山なる楢柴は  風の吹くにぞちうとろ揺るぎて  裏返る
とある。「ちうとろ」は、恐らく「ちうとそ」の本文転化であって、そのチウは、『枕草子』のこの本文個所における「ちう」と同じ擬態語であると思われるから、やはり「ちうと」という副詞句の存在を認めておく。クルクルと動くことにおいては、陰陽師に召し使われる少年も、風に吹かれて裏返る楢の葉も同じだからである。
--------------------------------------------------
とのことでした。

「本文転化」というのは、わかりやすく言うと、上にも書いている「転記ミス」です。写本を作る際、字形や字母の類似から、別字のように書いてしまうことがあります。これを転化、本文転化と言うそうです。
このように「ちうと(ちゅうと)」が「クルクルッとすばやく」の意であるだろうと唱えた学者はいたわけです。「さっと」「俊敏に」という意味にも解釈できますね。


【原文】

 陰陽師のもとなる小童べこそ、いみじう物は知りたれ。祓などしに出でたれば、祭文など読むを、人はなほこそ聞け、ちうと立ち走りて、「酒、水いかけさせよ」とも言はぬに、しありくさまの、例知り、いささか主にもの言はせぬこそうらやましけれ。さらむ者がな、使はむとこそおぼゆれ。