枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、「わかりやすい」「初心者向け」となっているとは思いますがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

職の御曹司におはします頃、西の廂にて⑨ ~さて雪の山つれなくて~

 で、雪の山には別に何ごともなく、そのまんま年が明けたのです。でも一月一日の夜、雪がすごくいっぱい降ったから、「うれしいな、また積もったかなぁ」って見たら、定子さまが「これは気に入らないわね。最初に降った雪の部分はそのままにして、今回の分は掻き捨ててね」っておっしゃるの。

 その後、局にはすごく早く下りてって。すると侍の長の者が、柚子の葉のような宿直衣(とのゐぎぬ)の袖の上に、青い紙を松の枝につけた手紙を置いて、ぶるぶる震えながら出てきたのね。「それはどこからの手紙かしら?」って訊ねたら、「斎院からです」って言うから、すぐさま、素敵!って思えて、手紙を受け取って、さっそく定子さまのところに参上したの。

 まだご就寝中だったので、御帳台の前にあたる格子を、碁盤なんかを引き寄せてそれに乗っかって、一人でヨイショって持ち上げるんだけど、すごく重いの。で、格子の片方だけを持ち上げるから、ぎしぎしと音が鳴って、定子さまが目を覚まされてね、「何をしてるのよ」っておっしゃったもんだから、「斎院からお手紙が届いたんですから、どうして急いで格子を上げないでいられるでしょう?」って申し上げたら、「ほんと、えらく早い時間帯だこと」って、起きられたのよね。お手紙をお開けになったら、五寸くらいの長さの卯槌二つを、卯杖に見立てて頭の所を紙に包んだりして、山橘、日陰、山菅なんかの草木で美しく飾ってあったんだけど、お手紙はないの。何もないはずないじゃない、って、よくよくご覧になると、卯杖の頭を包んでる小さな紙に、こう書いてあったの。

山とよむ斧の響きを尋ぬればいはひの杖の音にぞありける
(山に鳴りわたる斧の響きをたずねてみたら、祝いの卯杖を作るための木を切る音だったよ)

 ご返事をお書きになる定子さまのご様子もとっても素敵。斎院にはこちらからお送りする時も、お返事する時にも、やはりことさらに書き損じも多くって、ご配慮がうかがわれるの。お使いの者に、白い織物の単衣(ひとえ)、蘇芳色に見えたのは、梅染めだったようで、雪の降り積もった上を、これら賜った織物を肩に掛けて行くのも美しく見えるのよね。このとき定子さまがどんな返歌を書かれたのか、知ることができなかったのは残念だったわ。


----------訳者の戯言---------

斎院(さいいん)というのは、賀茂神社の祭祀に奉仕した未婚の内親王のことです。伊勢神宮では斎宮と言います。これらを合わせて「斎王」とも呼びますね。

卯槌(うづち)とは「中務省の糸所(いとどころ)から邪気払いとして朝廷に奉った槌」だそうです。
すさまじきもの③ ~よろしうよみたると思ふ歌を~」にも出てきました。ご記憶に残ってますでしょうか。

卯杖(うづえ)とは、正月初の卯の日に、魔よけの具として用いる杖らしいです。「ここちよげなるもの」に詳しく書きましたのでご参照ください。

蘇芳」という色は、蘇芳という植物で染めた黒味を帯びた赤色です。インド・マレー原産のマメ科の染料植物とか。

さて、いよいよ年が明けました。
また新たな展開です。「常陸の介」はどこへやら、話はあっちこっちに飛びまくりですね。

雪山を作った雪が最初に降ったのが12月の10日過ぎ、12日なのか15日なのかはわからないですけど、みんなあと10日くらいしか残ってないんだろう、大晦日まではないだろう、と言ってた中、清少納言だけは来年1月の10日過ぎても残ってるんじゃないかと予想してましたから、なかなかの慧眼(けいがん)です。まずこれ、自慢だったんでしょうね。

で、斎院の手紙が届きました。
「山とよむ(山が響く)」の歌がどういったことを表してるのかはよくわからないのですが、こういう歌を斎院が中宮定子に寄せたわけですね。その「こころ」は、この後何か出てくるのでしょうか。

もう少し読み進めないといけませんね。
⑩に続きます。


【原文】

 さて雪の山つれなくて年もかへりぬ。一日の日の夜、雪のいとおほく降りたるを、「うれしくもまた降り積みつるかな」と見るに、「これはあいなし。はじめの際をおきて、今のはかき棄てよ」と仰せらる。

 局へいととく下るれば、侍の長なる者柚の葉のごとくなる宿直衣の袖の上に青き紙の松につけたるを置きて、わななき出でたり。「それはいづこのぞ」と問へば、「斎院より」といふに、ふとめでたうおぼえて、取りて参りぬ。

 まだ大殿籠りたれば、まづ御帳にあたりたる御格子を、碁盤などかきよせて、一人念じあぐる、いと重し。片つ方なればきしめ<く>[き]に、おどろかせ給ひて、「など、さはすることぞ」とのたまはすれば、「斎院より御文の候ふには、いかでか急ぎあげ侍らざらむ」と申すに、「げにいと疾かりけり」とて起きさせ給へり。御文あけさせ給へれば、五寸ばかりなる卯槌二つを卯杖のさまに頭などつつみて、山橘・日陰・山菅などうつくしげに飾りて御文はなし。ただなるやうあらむやはとて御覧ずれば、卯杖の頭つつみたる小さき紙に、

山とよむ斧の響きを尋ぬればいはひの杖の音にぞありける

 御返し書かせ給ふほども、いとめでたし。斎院にはこれよりきこえさせ給ふも、御返しもなほ心ことに書きけがしおほう、御用意見えたり。御使に白き織物の単衣、蘇芳なるは梅なめりかし、雪の降りしきたるに、かづきて参るもをかしう見ゆ。そのたびの御返しを知らずなりにしこそ口惜し<けれ>[う]。

 

検:職の御曹司におはしますころ、西の廂にて 職の御曹司におはしますころ西の廂にて 職の御曹司におはします頃西の廂にて

『枕草子』をどうぞ―定子後宮への招待― (新典社選書44)

『枕草子』をどうぞ―定子後宮への招待― (新典社選書44)