枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。最初から読みたい!という奇特な方は「春はあけぼの」https://makuranosoushi.hatenablog.com/entry/2018/04/19/163807←こちらから。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

さて、その左衛門の陣などに

 さて、左衛門の陣とかに行ったりなんかした後、里の実家に帰ってしばらくして「早く宮中に参内しなさい」なんて書かれた手紙が来て、その端っこに「左衛門の陣に出掛けてったあなたの後ろ姿がいつも思い出されるわ。でも何であんなに平然と古臭い恰好をしてたのかしら。めちゃいかしてるって思ってたの?」なんて書かれてたから、その返事には、「恐縮します」って書いて、私信のdisられてる部分へのレスには、「何でイケてないなんて思わなきゃいけないんです? 定子さまは『中なる乙女』みたいにご覧になってたって思ってましたけど?」って書いて送ったのね、そうしたら、返事が来て。「とっても贔屓にしてる藤原仲忠の不名誉になることをどうして言ってきたのよ。すぐ今夜のうちに、すべてのことをやめて参上しなさい。じゃないとすごく嫌いになっちゃうわ」って書かれてたものだから、「好ましくない、っていうだけでも大変なコト! ましてや『すごく嫌い』って文字が書かれてるわけだから、命も身もそのまま捨て去って行くしかないでしょ!」って宮中に参上したの。


----------訳者の戯言---------

左衛門の陣=建春門(けんしゅんもん)というのは、平安宮内裏外郭七門の一つで、東面の門。左衛門府の役人の詰め所があったので「左衛門の陣」と言われたのだそうです。

しかしそもそもなんですが、「あの、左衛門の陣とかに行った後」とあり、それで書き手読み手双方に「あーあの時ねー」っていう共通認識があたかもあるような書き方ですね。
ですが、これまでに出てきた段を調べても、「左衛門の陣 清少納言」と入れてGoogle先生に伺っても、ちょっとわからなかったです。そのへんの事情、というか、タイミングというか、もしご存じの方がいらっしゃいましたら、お教えいただけるとうれしいです。

「あの、左衛門の陣とかに行った後」とあるのは「職の御曹司におはします頃、木立など」の段で、「じゃあ、左衛門の陣(建春門)に行ってみましょう」って行ったらみんなついてきて…というあの逸話のようです。(ゆきお55様にご指摘いただきました)

ちょうど中宮定子が「職の御曹司(しきのみぞうし)」に滞在していた頃の話ですね。私、うっかり忘れていました。この辺の状況というのは、枕草子においては結構重要な要素であるにもかかわらずですね。というのも、政治的に定子の実家が権力闘争に敗れ、藤原道長の時代になり、中宮定子の立場が微妙になって、道長の娘・彰子優位へと変わろうかという時期で。清少納言はその辺の政治的なことはここまで一切書いてはいないんですが、そういう空気感はあります。今回、この段で実家に帰っていたのも、そのような背景があるのかもしれません。案外、清少納言という人はセンシティブな部分もあったようですからね。

「中なる乙女」というのは、少し前の段「かへる年の二月廿余日⑤」にも登場した「うつほ物語(宇津保物語)」で「藤原仲忠」が詠んだ歌のようですね。
「朝ぼらけ ほのかに見れば 飽かぬかな 中なる乙女 しばしとめなむ」(朝ぼらけの霞の中、ほのかに見えたのは、見飽きることがない乙女。もうちょっとの間見ていたいんだけどなぁ)というもの。
こんな感じに、中宮定子さまに、あたし見られてたはずだと清少納言は思いこんでた、ということなんですね。

なのに。
古臭せー、ダッセー、いけてねー、みたいなことを手紙に書いてこられた清少納言。当然ムッとしますわね。で、まあ、着こなしについてはここではあまり言及せず。宇津保物語のほうに話題が行きます。この辺、文学乙女の清少納言らしい。いつものように文学的に返したわけですね。というか男性のファッションチェックは細かい割に、自分のファッションチェックはあまりせず。どうして。

面伏せなること=顔をつぶすようなこと、ぐらいの意味でしょう。「不名誉」というか。
もっと言うと、「あなた、自分を天女、って? それ、あんたみたいなオバサンが、あんなBBAな服着て、なんぼなんでも、言い過ぎでしょ。仲忠の天女といっしょにすんなよ」とからかう定子さま。いや、こんな下品な言葉遣いはしませんが。定子側からすれば、そんなワケのわかんないこと言ってないで、とにかく早くこっちに帰ってきなさいよ、ということなのでしょうね。

が、実際には、私たちってこんなこと言い合えるくらいの間柄なのよと仲良しアピールする清少納言
定子も清少納言を近くにおいておきたいんでしょうし、清少納言も定子さまに嫌われるのはどうしても嫌なようで。ま、何だかんだ言ってこの二人、相思相愛という顛末。めでたしめでたし。


【原文】

 さて、その左衛門の陣などに行きて後、里に出でてしばしあるほどに、「とくまゐりね」などある仰せごとの端に、「左衛門の陣へいきし後ろ(=姿)なむ、常に思しめし出でらるる。いかでか、さつれなくうちふりてありしならむ。いみじうめでたからむとこそ思ひたりしか」など仰せられたる御返しに、かしこまりのよし申して、私(わたくし)には、「いかでかはめでたしと思ひ侍らざらむ。御前にも、『なかなるをとめ』とは御覧じおはしましけむとなむ思ひ給へし」と聞こえさせたれば、たちかへり、「いみじく思へるなる仲忠がお<も>[り]てぶせなる事は、いかで啓したるぞ。ただ今宵のうちによろづの事を捨ててまゐれ。さらずは、いみじうにくませ給はむ」となむ仰せごとあれば、「よろしからむにてだにゆゆし。まいて『いみじう』とある文字には、命も身もさながら捨ててなむ」とて参りにき。


検:さてその左衛門の陣などに

 

これで読破! 枕草子 上

これで読破! 枕草子 上