枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

まことにや、やがては下る

 本当なんですか?「すぐに地方に下る件は」って言った人に、

思ひだにかからぬ山のさせも草 誰か伊吹の里は告げしぞ
(全然思いもよらなかったわ! 伊吹の里に行くって一体誰がそんなこと言ったの!?)

と詠んだの。


----------訳者の戯言---------

「思ひだにかからぬ山のさせも草 誰か伊吹の里は告げしぞ」というのはなかなか技巧的な歌のようです。

まず、
①「思ひ」の「ひ」が「火」の掛詞です。なぜ「火」なのか?? これについては、後で出てきます。

さらに、
②「かからぬ」は「気にかかる」などと言う時の「かかる」ですね。漢字で書くと「掛かる」でしょうか。心に引っ掛かる、感じでしょうか。ここでは否定表現ですから気にもかからない、気にもとめない、思いがけない、という意味になってきます。さらにこれには「思ひ(「火」をかける)(かからない)」といった意味合いが付加されてるんですね。

③「山」というのが唐突に出てきますから何??と思いますが、先に出てきた「かからぬ」というワードと合わせて「かからぬ山の」と続きます。
「山」をここで持ってきたのには何やら意味がありそうです。

そうして、
④「させも草」です。漢字では「艾草」と書きます。読みは「させもぐさ」または「さしもぐさ」と言う場合もあったようですね。ヨモギ(蓬/艾)の異名とされています。お灸の時に使う「もぐさ」がありますが、あのもぐさを作る材料なんです。つまり、「もぐさ」ですから、「火」とか、「焦がす」とか「燃ゆる」とか、そういう縁語が出てくるのです。

ちなみに「古今和歌六帖」という和歌集に載っている「あじきなや伊吹の山のさしも草 おのが思ひに身をこがしつつ」という歌が有名らしいです。
そしてもう一つ、小倉百人一首にもある「かくとだにえやはいぶきのさしも草 さしも知らじな燃ゆる思ひを」です。この歌は藤原実方朝臣という人が詠んでいます。
藤原実方というと、清少納言と付き合ってたんじゃないか?と言われてる人で、今までにも何度も出てきたプレイボーイですね。「関は」という段にも少し詳しく書いていますので、リンク先も参考にお読みください。

そして、
⑤「いぶき」。伊吹です。「誰か『いふ』きの~」と繋がりますから、「伊吹」は「言ふ」(き)の掛詞でもあります。
先に出てきた「山」からの繋がりであって、伊吹「山」がさせもぐさ(艾草/さしもぐさ)の有名な産地であったことが関連してきます。
伊吹山のさせもぐさ、ってことで、もぐさだから「火」、だし、思「ひ」なんですね。ああややっこしい、ってか複雑。
「いぶきの里」と出てきますから、どうも都からそちら方面に下る、という噂が流れたのでしょうか?

そこで伊吹山の所在地です。
伊吹というのは歌枕なんですね。
近江国滋賀県)と美濃国岐阜県)の境にある山です。役(えん)の行者が開いたと伝える修験道の霊地であったようですが、「延喜式」にも薬草の産地として記されているそうです。特に「もぐさ」は有名なようですね。ただ実は滋賀の伊吹山山麓ヨモギの産地となるのは江戸時代からだったようです。
と、諸説あるわけですが、多数説によると平安時代の和歌に詠まれた伊吹山下野国のほうの伊吹山栃木市)であるとされています。

⑥伊吹の「里」とありましたが、「然(さ)と」の掛詞とも解されています。意味は「そのとおりに」ぐらいの感じをダブルミーニングで言ってるのでしょうか。

さらに、
⑦「告げし」ですね。これも掛詞で、火を「点けし」の意味を含めているようです。


掛詞(かけことば)というのは同じ音のもので、ダジャレみたいなものというか、ダブルミーニングというか、和歌における言葉遊びのようなものですね。和歌は短い文言で表現するものですから、少ない言葉や音でいろいろな情報を言いたい、そういうところからこのような言葉の使い方を編み出したのでしょう。

また、今回は縁語というものも多いです。縁語っていうのは、ある語から無理なく連想される語、関連語のことなのですが、ここでは「伊吹」の関連で「もぐさ」「(おも)ひ(火)」を「かける」「つく」といった語が縁語として出てきています。


根も葉もないウワサであると。
どういう事情でそんな話が出たのかはよくわからないようですが、この歌どうよ!よくできてるでしょ??っていう感じです。圧が強い。


【原文】

 まことにや、「やがては下る」と言ひたる人に、

思ひだにかからぬ山のさせも草誰か伊吹の里は告げしぞ