枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

関白殿、黒戸より出でさせ給ふとて①

 関白殿(藤原道隆)が黒戸よりご出発になるということで、女房が隙間なく侍っているのを、「ああ、素敵な女房たちだ、この老いぼれをどんなにか笑ってるだろうかね」って、かき分けて出てこられたから、戸口に近いところにいる女房たちが色々な袖口で御簾を引き上げたら、権大納言藤原伊周)が道隆さまのお靴を取ってお履かせ申し上げてるの。とても重々しくて、美しくて、装いはちゃんとした感じで、下襲の裾を長く引いてね、そこがまるで狭いような風に控えていらっしゃるの。まあすばらしい、大納言ほどのお方に靴をお取らせになるとはね、って見てたのよ。
 
 山の井の大納言(藤原道頼)や、さらにその下のご兄弟、その他の人々が、黒いものをまき散らしたみたいに藤壺の塀の際から登花殿の前まで座って並んでて。関白・道隆さまはほっそりと上品な感じで、腰の刀の装着具合をお直しになって、少し立ち止まっていらっしゃったんだけど、宮の大夫殿(藤原道長)が清涼殿の戸の前に立ってられて、弟だし、まさかひざまずいたりはしないだろうな、って思ってたら、関白様が少し歩き出されると、すぐにひざまずかれたのは、やはりどれだけ前世で善行を積まれた結果なんだろうって拝見したの、とってもすばらしかったわ。


----------訳者の戯言---------

関白殿は言うまでもなく藤原道隆。何度も登場していますから、今さらですが、中宮定子の父親です。で、権大納言藤原伊周。道隆の息子で、定子の兄でしたね。

黒戸というのは、清涼殿の北側の廊にあった細長い部屋で、歴代天皇の位牌や念持仏・仏具などが安置されており、天皇が必要な時に黒戸の内側で経典を読んだり、念仏を唱えたり、臨時の法会や加持祈祷が行われることもあったそうです。光孝天皇(830-887)がご即位された後も料理をなさってた部屋だったため、薪の煤で戸が黒くなっていたらしいです。

山の井の大納言と呼ばれていたのは、藤原道頼という人。伊周や定子の異母兄弟です。その他、道隆の子どもたちについては「淑景舎、東宮に参り給ふほどのことなど⑨」の「訳者の戯言」にいろいろと書いていますので、ぜひご覧ください。

「宮の大夫(だいぶ)」というのは、中宮職(ちゅうぐうしき)の大夫、つまり長官、トップです。そもそも中宮職というのは、律令制において中務省に属して后妃に関わる事務などを扱う役所とのこと。当時、後に権勢をふるう藤原道長(道隆の弟で彰子の父)がこの職にあった、ということですね。

例によって、関白殿(藤原道隆)一家を褒め称える段のようです。後に伊周の政敵となる道長も登場していますね。この文章が書かれたのは、すでに道長の天下になりつつあった頃で道隆は亡くなり道長と伊周の政争もあった後だと思いますが、清少納言の文章を読む限りは、あまりそういった生々しい話は感じられません、枕草子のここまでの段も含めてですが。

定子の実家である中関白家の人々を礼賛はしますが、定子のライバルであった彰子の父(道長)をdisったり、道長派と思われる公卿なんかに敵意を表わしたりもしないんですね。私も枕草子を読み始めた頃は、道長派や彰子にかなり敵意を持ってるんじゃないかと思ってたんですが、意外と公平な感じです、表面的には。
前にも書いたかもしれませんが、自身、道長とはいい仲だったと噂もありますしね。ただ、その真偽はわかりませんし、中関白家を没落の道に追いやったのは道長ですからね、時とともに心持ちも変化するのかもしれません。

というわけで、②に続きます。


【原文】

 関白殿、黒戸より出でさせ給ふとて、女房の隙(ひま)なく候ふを、「あないみじのおもとたちや。翁をいかに笑ひ給ふらむ」とて、分け出でさせ給へば、戸口近き人々いろいろの袖口して御簾引き上げたるに、権大納言の御沓取りてはかせ奉り給ふ。いとものものしく清げに、よそほしげに、下襲の裾(しり)長く引き、所せくて候ひ給ふ。あなめでた大納言ばかりに沓取らせ奉り給ふよと見ゆ。山の井の大納言、その御次々のさならぬ人々、黒きものを引き散らしたるやうに、藤壺の塀のもとより登華殿の前までゐ並みたるに、細やかになまめかしうて、御佩刀(はかし)など引きつくろはせ給ひ、やすらはせ給ふに、宮の大夫(だいぶ)殿は戸の前に立たせ給へれば、ゐさせ給ふまじきなめりと思ふほどに、少し歩み出でさせ給へば、ふとゐさせ給へりしこそ、なほいかばかりの昔の御おこなひのほどにかと見奉りしこそ、いみじかりしか。

 

平安ガールフレンズ

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