枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

蟻通の明神①

 蟻通(ありとおし)の明神は、紀貫之の馬が倒れた時、この明神が病気になさったのだって歌を詠んで奉納したっていうの、すごくいかしてるわよね。

 じゃあこの蟻通っていう名前をつけたお話は、本当だったのかしら?? 昔いらっしゃった帝が、ただ若い人だけを重用して40歳になった人は殺してしまわれたもんだから、それぐらいの年齢の人は遠い国に行って隠れたりなんかして、都にはそんな年寄りはいなくなったのね。中将ですごく評価も高くって聡明だった人に70歳近い両親がいて、昨今40歳でさえ処罰されるっていうのに、ましてやこの歳なんだからもっとおそろしい!!って両親は怖がって騒ぐんだけど、その人はすごく親孝行な人なもんだから、その親を遠い所には住ませないでおこう、一日に一回必ず見ないではいられないって、秘かに家の中の土を掘って、その中に小屋を建てて隠して住まわせて、いつも行って会ってたの。
 まわりの人にも、朝廷に対しても、姿を隠してしまったってこと、知らせてはあったのね。どうしてかしらね?(帝だって)家に引き籠っている人なんて知らないままになさっておけばいいのに。ヤな時代だったのよ! この親は上達部なんかではなかったのかな、その歳で子供が中将というのではね。でも両親もすごく賢明で、いろんなことを知ってたから、で、この中将も若いんだけどすごく評判がよくって、思慮深くてね、帝も目をかけていらっしゃったの。


----------訳者の戯言---------

蟻通(ありとおし)の明神というのは、大阪府泉佐野市長滝にある蟻通神社(ありとおしじんじゃ)のことだそうです。


紀貫之がこの神社を通過する途中、馬が倒れた時に、和歌を詠んで難を逃れたという逸話があるらしいですね。

かきくもりあやめも知らぬ大ぞらに 在りと星(ありとほし=蟻通)をば思ふべしやは
(かき曇ってものの区別もつかない大空に、星があるなんて思うはずあるでしょうか? いや思いもしなかったんですよー)

意訳としては、「空が雲ってて星がどこにあるかわからなくって、ここが蟻通の神様の神域とも知らないで、馬を乗り入れてしまいました…その罪をお許しください」ということらしい。和歌が神の御心を鎮めたというお話です。


それとは別に。ということでしょうか。清少納言、もう一つ自分の知ってる「蟻通」という名前になった由来のお話、本当なのかな?と語り始めました。

帝は若い人は重用するけど40歳になったら殺しちゃうという超若手主義。今の政界の老害には目もあてられませんが、完全にその逆で、しかも老人は殺してしまうというトンデモなトップです。もうちょっとこう、老若男女適材適所のバランスのとれた人事はできないものでしょうか。これまでに社会に貢献された高齢者は、殺すとかでなくリタイアでいいと思いますよ。まじで。

それに対して自分の70歳近い両親を、小屋を作ってそこに隠れて住まわせる孝行息子の中将。

さてどういう話に進展するのでしょうか。②に続きます。


【原文】

 蟻通(ありどほし)の明神、貫之が馬のわづらひけるに、この明神の病ませ給ふとて、歌よみ奉りけむ、いとをかし。この蟻通しとつけけるは、まことにやありけむ、昔おはしましける帝の、ただ若き人をのみおぼしめして、四十(よそぢ)になりぬるをば、失なはせ給ひければ、人の国の遠きに行き隠れなどして、さらに都のうちにさる者のなかりけるに、中将なりける人の、いみじう時の人にて、心などもかしこかりけるが、七十(ななそぢ)近き親二人を持たるに、かう四十をだに制することにまいておそろしと怖(お)ぢ騒ぐに、いみじく孝(けう)なる人にて、遠き所に住ませじ、一日(ひとひ)に一たび見ではえあるまじとて、みそかに家のうちの地(つち)を掘りて、そのうちに屋をたてて、籠め据ゑて、行きつつ見る。人にも、おほやけにも、失せ隠れにたる由を知らせてあり。などか、家に入り居たらむ人をば知らでもおはせかし。うたてありける世にこそ。この親は上達部などにはあらぬにやありけむ、中将などを子にて持たりけるは。心いとかしこう、よろづの事知りたりければ、この中将も若けれど、いと聞こえあり、いたりかしこくして、時の人におぼすなりけり。