正月に寺にこもりたるは①
正月に寺に籠る時は、すごく寒くて雪が降って冷え込むほうがいい感じなの。雨が降ってきそうな時っていうのは全然だめなのよね。清水寺なんかにお参りして部屋の準備ができるまでの間、階段のある長い廊下のところまで車を寄せて停めてたら、帯だけをした若い僧侶たちが足駄(あしだ)っていうのを履いて、少しも臆することなく上ったり下りたりしながら、何てことなくお経の一部分を唱えたり、倶舎の頌(くさのず)なんかを暗誦しながら歩いたりしてるのは、お寺っぽくていいわ。自分が上るとなると、すごく危なっかしいように思えて、片側に寄って高欄につかまったりして行くんだけど、彼らはまるで板敷なんかみたいに思ってるのもおもしろいわね。
「お部屋の用意ができました。お早く」って言うと、従者が沓(くつ)を持ってきて、参詣者を車から下ろすの。着物を上の方にたくし上げてる人もいるのよ。裳、唐衣とかで、大げさに正装してきてる人もいるわ。深履や半靴なんか履いて、廊下のあたりを沓を引きずってお堂に入って行くのは、宮中にいるような感じがして、またおもしろいわね。
----------訳者の戯言---------
くれ階(呉階/くれはし)というのは、階段付きの長い廊下だそうです。
倶舎(くさ)の頌(ず)というのは、「阿毘達磨倶舎論」という仏教論書(仏教の教義を解説した書物)があり、その学説を圧縮した形で語る韻文の部分である本頌(ほんじゅ)のことのようです。「阿毘達磨倶舎論」はもちろん元々サンスクリット語で著されたものですが、日本へ渡ってきたものは漢訳されたものであったと思われます。この「倶舎の頌」を若いお坊さんたちが暗誦していたのでしょう。
裳(も)というのは、表着の上で腰に巻くものだそうで、後ろに裾を長く引くらしい。
唐衣(からぎぬ)は十二単の一番上に着る丈の短い上着です。
深履(深沓/ふかぐつ)。革製黒漆塗りで、束帯姿の際に着用された長靴。また大雨、深雪の時にも用いたそうです。長靴と言っても、ショートブーツ、ハーフブーツみたいな感じでしょうか。
半靴(ほうか)。深履よりもやや浅く、束帯(そくたい)以外の略装で馬に乗るときに用いたそうです。
この段は、お正月に「お寺に籠る」というイベント時のレポートのよう。所謂「参籠」(さんろう=神社や仏閣などに参り、一定の期間昼夜こもって祈願すること。おこもり。※精選版 日本国語大辞典)というものです。
結構長い段となるようで、また何回かに分けてアップしてきます。次回②に続きます。
【原文】
正月に寺にこもりたるは、いみじう寒く、雪がちに氷りたるこそをかしけれ。雨うち降りぬるけしきなるは、いとわるし。清水などに詣でて局するほど、くれ階のもとに車引きよせて立てたるに、帯ばかりうちしたる若き法師ばらの、足駄といふものをはきて、いささかつつみもなく下りのぼるとて、何ともなき経の端うち読み、倶舎の頌など誦しつつありくこそ、所につけてはをかしけれ。わがのぼるは、いとあやふくおぼえて、かたはらによりて高欄おさへなどして行くものを、ただ板敷などのやうに思ひたるもをかし。
「御局して侍り。はや」といへば、沓ども持て来ておろす。衣うへさまに引きかへしなどしたるもあり。裳、唐衣など、ことごとしく装束きたるもあり。深履・半靴(はうか)などはきて、廊のほど沓すり入るは、内わたりめきて、またをかし。