枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

心ゆくもの

 満足できるもの。上手く描かれた女絵で、素敵な物語もたくさん書かれているの。観光からの帰り道、車から衣をのぞかせながら、お供の男性もすごくたくさんいて、牛を上手く扱う者が車を走らせるのもね。白くてきれいな陸奥紙(みちのくにがみ)に、すごくすごく細すぎて、書けないような筆で、手紙を書くの。きれいな糸の練ったの(練糸)を、合わせて繰ったの。調食をした時、「調」がたくさん出るの。気のきいたお話ができる陰陽師と河原に出て、呪詛されたのを祓い除く祈祷をするの。夜中に起きて飲む水もね。

 何もすることがなくって退屈な時、そんなには親しくないお客さんが来たんだけど、社会情勢や最近のできごとの面白いこと、嫌なこと、不思議なこと、あれこれについて、公私にわたって、迷いなくはっきりと、わかりやすくお話ししてくれたのは、すごく充足感があってよかったわ。

 神社やお寺なんかに参詣して、お願い事をするんだけど、お寺はお坊さん、神社は禰宜(ねぎ)さんとかが、暗くもなくって爽やかで、思ってた以上にてきぱきと、聞いた願い事を申し上げてくれるの。


----------訳者の戯言---------

満足感、充実感と言ったらいいのでしょうか、心が満たされる、という感じだと思います。

女絵というのは「平安時代、男絵(おとこえ)に対して使われた語。情趣に富んだ濃彩の絵をいうとするが、その内容ははっきりしない」とコトバンクにありました。
何だかはっきりしないので、いろいろ調べはしたんですが、いまいちわからなかったですね。ただ、「源氏物語絵巻」がその女絵の代表ではないか、とされているようです。

陸奥紙」というのは高級和紙を代表するもので「檀紙」のこと、というのが一般的なようです。檀紙自体知らなかったんですが、ウィキペディアにも載っているくらいですから、それはまあ、それくらいのものなのでしょう。なんのこっちゃ。で、今も高級和紙として一般的なもののようです。

「糸を練る」ということについてです。生糸や絹をあく(灰汁)で煮ることで、柔らかく、白くするんだそうですね。これを「練る」と言うわけですが、練った糸はやわらかくて光沢があるそうです。「練る」という字が糸へんなのも、このあたりに起源があるようですね。その練糸を2本、あるいはそれ以上の複数、撚り合わせて繰った状態のものが、束になったものなのか、リールみたいなものかはわかりませんが、それがきれいでさぞ気持ちよかったんでしょうね。

「調食(てうばみ)」というのは、二つのさいころを振って同じ目(ゾロ目)を出すのを競う、っていう遊びです。ゾロ目が「調」で揃わないのを「半」と言いました、とか。そりゃ「調」がたくさん出たら気持ちいいでしょう。競馬で午前から当たりまくればテンション上がるしさ、パチンコで連チャンしまくりだとウッハウハでしょ。ま、平安貴族はそんなことしませんが。

呪詛(すそ/じゅそ)というのは端的に言うと「呪い」です。コワイですね。源氏物語なんかにもよく出てきますけど、昔はこういうのもよくあったんですね。ただ、よく考えると、実際に血を見ない攻撃手段であった、とも言えると思います。
基本、貴族社会ですから、切った張ったは似合わない、その代わりこういう陰湿なことをやりあったのかもしれません。そして、一方の陰陽師が呪いをかけ、他方、陰陽師が応戦してお祓いの祈祷をする、と。究極の飛び道具対決ですね。しかし、これ、何だか持ちつ持たれつみたいな感じでもあります。貴族お抱えの陰陽師が、これでそれぞれ潤うわけですし…。マッチポンプとは言いませんけど。

そして、この段での陰陽師の描かれ方を見ると、結構カジュアルな印象さえあるのです。何せ「ゾロ目がいっぱい出る」とか、後で出てくる「夜中に起きて飲む水」なんかと並列ですからね。

さて。そんなに親しくもない人が家に来ることって、今はあまりないです。当時はちょくちょくはあったんでしょうか。たしかに今みたいに電話もメールも宅急便もないですからね。今だったら、そんなに親しくはないけど、たまたまLINEとかで盛り上がる、ような感じでしょうか。

この段の雰囲気は、今で言うなら、いい絵を見たとき。何かのイベントの後、夜景を見ながら帰るタクシーの中のいつもよりちょっとおしゃれな自分。素敵な映画を見た後。夏、仕事終わりのビール。現代だって、いろいろあります。


【原文】

 心ゆくもの よくかいたる女絵の、詞をかしうつけておほかる。物見のかへさに、乗りこぼれて、をのこどもいと多く、牛よくやる者の車走らせたる。白く清げなる陸奥紙に、いといと細う書くべくはあらぬ筆して文書きたる。うるはしき糸の練りたる、あはせぐりたる。調食に、ちよう多くうち出でたる。物よくいふ陰陽師して、河原に出でて呪詛の祓へしたる。夜寝起きて飲む水。

 つれづれなる折りに、いとあまりむつまじうもあらぬまらうどの来て、世の中の物語、この頃のあることのをかしきもにくきもあやしきも、これかれにかかりて、おほやけわたくし、おぼつかなからず、聞きよきほどに語りたる、いと心ゆく心地す。

 神、寺などに詣でて物申さするに、寺は法師、社は禰宜などの、くらからずさわやかに、思ふほどにも過ぎて、とどこほらず聞きよう申したる。


検:心ゆくもの こころゆくもの 心ゆく物

 

 

NHK「100分de名著」ブックス 清少納言 枕草子

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