枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

雲は

 雲は、白いの。紫の。黒いのもいい感じね。風が吹く時の雨雲。
 夜が明ける頃の黒い雲が、だんだん消えてってあたりが白んでいくのもすごくいいの。「朝に去る色」とかっていうのは、漢詩にもなってるようだわね。
 月がすごく明るい表面に薄い雲、って、しみじみとした風情があるの。


----------訳者の戯言---------

白い雲がいいのはまあわかります。

で、紫の雲ですね。私はあんまり見かけたことないですが。と思って調べてみたところ、紫雲というのは、日中の良く晴れた空で見られる紫色の雲のことを言うそうです。やはりめったに見ることができないらしいですね。それだけに紫色の雲はめでたいものとされ、念仏行者の臨終なんかの時に、阿彌陀仏がこの雲に乗って来迎するとも言われたようです。

ただ、朝焼けや夕焼けの時には、紫色の雲が見られることもあるようですね。そういえば写真とかで見たことがあるような気もします。
清少納言がどの紫色の雲のことを言ったのか、詳しいことが書かれていませんから、わからないんですが、清少納言的には紫の雲はいいものらしいです。以前も書きましたが、当時紫は高貴でエクセレントな色でしたから、好きだったのかもしれません。

そして黒い雲。雨雲でしょうか。で、風で動く雨雲。見方によっては面白いと言えば面白いのかもしれません。


明け方の雲のことも書いています。
夜が明けて雲が消えてあたりが白くなっていく、と。で、「朝に去る色」というのが何のことなのか、調べたところ、白居易(白楽天)の詩にそれらしきものがあるとのことで、「白氏文集」の巻第十二に次のような詩が見つかりました。

花非花

花非花 霧非霧
夜半来 天明
来如春夢幾多時
去似朝雲無覓處

書き下すと、

花にして 花に非ず
霧にして 霧に非ず
夜半に 来たりて 天明に 去る
来たること 春夢の如く 幾多の 時ぞ
去るは 朝雲に似て 覓(もと)むる 處(ところ)無し

となります。

いちばん最後の行ですが、もう少し現代語に近くすると、
「去って行く時は 朝雲のようで 覓(もと)めるところがない」という意味です。「覓める」というのは、「求める」の一種?ですが、特に「無いものを手に入れようと探す」という意味になるそうです。つまり、「去って行く時は朝の雲に似て、探しようがないのだよ」という儚(はかな)い様子、心情を表しているのでしょう。


このほか、朝の雲については「朝雲暮雨(ちょううんぼう)」という言葉もあります。所謂故事成語で、四字熟語です。色恋、情交、男女の契り(ちぎり)を言う言葉のようですが、ニュアンスはもう少し深く、男女のもっと濃密な固い契りを表す感じです。

さて、故事はこういうものです。
中国の戦国時代、楚(そ)の王、懐王が昼寝をした時に夢の中で一人の女性と出会い枕を共にしました。別れる時に、彼女がこう言います。「私は巫(ふ)山の陽(みなみ)に住む神女です」「これからは朝には雲となって、夕方には雨となってここに参ります」と告げて消え去ったのだそうですね。
翌朝、神女の言ったとおり、山には雲が美しくかかっていて、懐王は神女を偲んで廟(びょう=霊を祀るところ)を建てたということです。

なかなかのお話ですね。実在かどうかもわからない夢で出会った女性、しかもそれは神様であって、その女性と情を交わし、夢だったことを知りながら、その人(神?)の言ったことを思い出にして雲を見る、というロマンチックにもほどがあるお話です。

ということで、「朝の雲」というのは、このようにちょっと艶のある男女の恋情が伴うもの、と考えられていたのかもしれないですね。


さて、薄い雲のかかった月を薄月(うすづき)と言ったりもします。ほのかに光る月ですね。朧(おぼろ)月と同義とされるかと思いきや、薄月は秋の季語、朧月は春の季語だそうです。俳句はやらないですし、似たようなものだと思うんですけどね。夏井いつきには怒られるかもしれませんが。


そういうわけで、いかしてる雲はこれよ!!という段。ただ、清少納言、どうしても色恋のほうにシフトして行くんですよね。いいんですけどね。


【原文】

 雲は 白き。紫。黒きもをかし。風吹くをりの雨雲。

 明け離るるほどの黒き雲の、やうやう消えて、白うなりゆくも、いとをかし。「朝(あした)にさる色」とかや、書(ふみ)にも作りたなる。

 月のいと明かき面(おもて)に薄き雲、あはれなり。