心もとなきもの①
じれったいもの。人のところに急ぎの縫い物を頼んで、今か今かと心配しながら座り込んでそっちの方を見守ってる気持ち。子どもを産む予定の人が、予定の日時を過ぎても産気づかないの。遠いところから想ってる人の手紙をもらって、固く封を閉じてる続飯(そくひ)なんかを開ける時、すごくじれったくなるわ。
イベント見物に遅れて出かけたら、もう始まっちゃってて、検非違使の白い杖なんかが見えたら、近くまで車を寄せさせる間さえやりきれなくって、車から下りてでも行きたい気持ちがするのよね。
----------訳者の戯言---------
「心もとなし」という語はいくつかの意味があるようです。じれったい、気がかり、ぼんやりしている、というふうにニュアンス、意味合いがかなり変わります。このため、文脈から判断せざるを得ません。
現代語の「心許ない」は上に書いた中でも「気がかり」にいちばん近いでしょうか。頼りない、不安感を表す場合に使うことが多いようです。
続飯(そくい)というのは、飯粒を練りつぶして作ったのりだそうですね。
白きしもと(笞)、つまり白い杖ですが、これは当時の警察組織であった検非違使のスタッフ「看督長(かどのおさ)」が持ったもののようです。この看督長というのは、赤狩衣、白衣、布袴、そしてそれに白杖を持つ、というちょっと変ないでたちで職務に当たったそうですね。この白い杖っていうのが、警備をやってるわ!っていうサインなんでしょう。
今回は、じれったい、気がはやるというか、気がかりで落ち着いてやってられない感じのようです。先にも書いたように不安であるという気持ちも混じっています。
ま、清少納言もイラチというか、せっかちというか、そんなに焦らなくても、と思うんですが。
②に続きます。
【原文】
心もとなきもの 人のもとにとみの物縫ひにやりて、今々とくるしうゐ入りて、あなたをまもらへたる心地。子生むべき人の、そのほど過ぐるまでさるけしきもなき。遠き所より思ふ人の文を得て、かたく封(ふん)じたる続飯(そくひ)など<はなち>あくるほど、いと心もとなし。
物見におそく出でて、事なりにけり、白きしもとなどみつけたるに、近くやり寄するほど、わびしう、下りても往ぬべき心地こそすれ。