枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

胸つぶるるもの

 胸がドキドキするもの。
 競馬(くらべうま)の観戦。元結(もとゆい)を撚(よ)るの。親なんかが気分が悪い、って、いつもと違う様子の時。ましてや、流行り病で世間が騒いでるって話が聞こえてくる時なんかは、他には何も考えられなくなるの。それから、まだお話ができない赤ちゃんが泣き続けてて、乳も飲まず、乳母が抱いてもずっと泣き止まない時もね。

 いつものトコじゃない所で、まだ関係がはっきりと表立ってはいない彼氏の声を聴いた時にドキッとしちゃうのは当然だけど、他の人がその人の噂話をしてても、まずドキドキしちゃうの。それと、すごく憎ったらしい人が来た時にも、またドキッとするのよ。不思議とドキドキしがちなのが、胸っていうものなんだわ。

 昨晩初めて通って来た彼からの、今朝送ってくるはずの手紙が遅いっていうのは、他人のことでもドキドキするものよね。


----------訳者の戯言---------

競馬(くらべむま/くらべうま)。ですが、今のとは違って、多くの場合、二頭の馬を直線で走らせるもので、初めは朝廷で五月五日の節会に行われたそうです。五月五日、六日に催された「賀茂の競馬」が有名だそうです。私は知りませんでしたが。
もちろん、馬券とか、配当とかはありません。なのに、ドキドキするんだそうです。
もちろん勝った馬とか乗り手とかにご褒美くらいはあったでしょうけれどね。

元結(もとゆい)というのは、髪の根を結い束ねるのに用いる紐のことだそうです。これは紙を撚(よ)って作るそうです。紙ですからね、力加減で切れたりとか、失敗とかもしやすいのかもしれません。繊細な作業なのでしょうか。

清少納言の父・清原元輔は908年の生まれで990年に亡くなっています。清少納言は966年の生まれですから、父58歳くらいの時に生まれた娘です。24歳ぐらいの時に82歳くらいでお父さんは亡くなってますから、若い頃のことを思い出してるのでしょうか。かなり高齢の親御さんですから、心配もしたことでしょう。ただ、母親のことはよくわかっていませんから、もしかするとお母さんのことなのかもしれません。

ちょうど今、新型コロナウィルスで高齢者の方が感染し、発症すると致死率が高いなどと報道されていますから、高齢の親御さんをお持ちの方はやはりかなり気になるかと思います。まして、当時は高度な医療技術がなかったし、正確な情報伝達システムもなかったわけですから、疫病で亡くなる人はかなり多かったらしいですね。

で、最後はやはり恋愛、人間関係のドキドキ、ということになります。
自分の好きな彼氏の声を不意に聴いた時、彼氏のことが話題になってるのを聞いた時、っていうのはまあわかります。ヤな人はドキドキするよりも、うんざりですね。ここはちょっとセンスが違います。

最後のは、今なら、LINEが既読になってるのに返事が来ない、いつ来るのかなー?って待ってる時のドキドキする感じですか。これはまあ、わからなくもないです。ただ、平安時代の貴族は、いちいち歌を詠まないといけませんからね、そういう意味ではかなりたいへんだったと思いますね。


【原文】

 胸つぶるるもの 競馬(くらべむま)見る。元結よる。親などの心地あしとて、例ならぬけしきなる。まして、世の中などさわがしと聞こゆる頃は、よろづの事おぼえず。また、もの言はぬちごの泣き入りて、乳(ち)も飲まず、乳母のいだくにもやまで久しき。

 例の所ならぬ所にて、ことにまたいちじるからぬ人の声聞きつけたるはことわり、こと人などのそのうへなどいふにも、まづこそつぶるれ。いみじうにくき人の来たるにも、またつぶる。あやしくつぶれがちなるものは、胸こそあれ。

 よべ来はじめたる人の、今朝(けさ)の文のおそきは、人のためにさへつぶる。

 

桃尻語訳 枕草子〈上〉 (河出文庫)

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