枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

御仏名のまたの日

 御仏名の次の日、地獄絵の屏風を持ってきて、帝が中宮さまにご覧に入れて差し上げたの。これ以上ないっていうぐらいハンパなく超恐怖でね。中宮さまは「これ見て、これ見てみ」っておっしゃるんだけど、「もうこれ以上見れませんー」って、めっちゃ怖すぎで、小部屋に隠れて寝ちゃってたの。

 その日は雨がすごいどしゃ降りで、しかも暇だったから、帝が殿上人を上の御局(みつぼね)にお召しになって、詩歌や管弦のお遊び会を開催したのね。特に少納言の(源)道方が弾く琵琶はすごくすっごくいいの。(源)済政の筝、平行義の横笛、中将の源経房の笙の笛とかもいかしてるのよ。で、一通り演奏して、琵琶を弾き終わったところで、大納言の藤原伊周が「琵琶、声やんで、物語せむとする事おそし」って朗誦なさったものだから、私、隠れて寝てたんだけど、起きて出ていって、「やっぱ(地獄絵を見ないで済まそうとした)仏罰は怖いんだけど、すばらしいものに惹かれる気持ちって抑えられないんでしょうよねー」って言ったら、みんなに笑われちゃったんだよね。


----------訳者の戯言---------

御仏名。また聞きなれないものが出てきました。正式名称?は「仏名会(ぶつみょうえ)」らしいです。仏名懺悔ともいうそうですね。過去・現在・未来の三世、八方上下計十方の国にいらっしゃる三千ないし十万の仏の名を唱え礼拝するのだとか。当時は12月19日から3日間、宮中で行われたそうです。一万三千仏画像を掲げて、地獄絵の屏風を立てて、唱礼するとかいうことです。

ちょうどGWも終わりで、今年は天皇陛下の即位があったばかりです。退位即位ともにいろいろな行事があったようで、詳しくは知らないのですが、公式行事以外は「神事」なのだと思います、たぶん。
で、平安時代にはこの段のように宮中で堂々と仏教の法要が行われていたんですね。天皇、皇族というのは神道の本家本元であるはずなのですが、それでも宮中で堂々と仏教の法要が行われました。飛鳥時代にしろ奈良時代にしろ、聖武天皇をはじめとして、仏教を大いに奨励した天皇も昔からいらっしゃったようですから、それ自体さほど違和感はありません。日本は宗教の混合に寛容であり、以前も書いたように、特に神仏習合が古くから行われていました。帝というものはこの国にあるものは須らく肯定するという、そういう存在なのだとも思います。

ですから、今も内親王ICUで学んでいらっしゃるし、現皇后陛下は雙葉、上皇后陛下は聖心、といずれもキリスト教系です。このように時代時代で皇族が神道以外の宗教と深くかかわるのはアリなのだと思います。特に明治以降は仏教よりキリスト教のほうが関係が深いようですね。と言っても、私たち庶民もなんですけどね。クリスマス、初詣、お葬式、結婚式、ハロウィン、全部宗教が違ったりします。あ、話が大きくそれました。

さて、「御遊び」「御遊(ぎょゆう)」というのは、概ね中世古代には詩歌・管弦や舞などをして楽しむことを言ったようですね。
今回は宮中の名プレイヤー勢ぞろいでライブが始まったわけです。さすが帝、雨で暇だとこんな無理も通ります。

「琵琶、声やんで、物語せむとする事おそし」というのは、白居易の「琵琶行」の一節「琵琶声停欲語遅」(琵琶ノ声停ンデ語ラント欲スルコト遅シ=琵琶の演奏が終わっておしゃべりしたいなって思ったのに返事がない)を踏まえた上での朗誦(声を出して唱えること)です。
藤原伊周中宮定子の兄。これまでも何度か出てきました)、もちろんこの漢詩を知っていたということで、これは一般教養なのか、それとも博識なのかは私わかりませんが、それがキッカケとなって清少納言、再登場と。もちろん、この漢詩知っているゾという前提です。例によっていつもの知識自慢が入っています。

まあ、そういうインテリ的なやらしい部分を垣間見せつつも、「ちょっとヘタレでかわいいワタシ」をうまく表現しましたね、清少納言。してやられたり。


【原文】

 御仏名のまたの日、地獄絵の御屏風とりわたして、宮に御覧ぜさせ奉らせ給ふ。ゆゆしう、いみじきこと限りなし。「これ見よ、これ見よ」と仰せらるれど、「さらに見侍らじ」とて、ゆゆしさにこへやに隠れ臥しぬ。

 雨いたう降りてつれづれなりとて、殿上人上の御局に召して御遊びあり。道方の少納言、琵琶いとめでたし。済政筝の琴、行義笛、経房の中将笙の笛などおもしろし。ひとわたり遊びて、琵琶ひきやみたるほどに、大納言殿、「琵琶、声やんで物語せむとすること遅し」と誦じ給へりしに、隠れ臥したりしも起き出でて、「なほ罪はおそろしけれども、もののめでたさはやむまじ」とて笑はる。