枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

大蔵卿ばかり

 大蔵卿(藤原正光)ほど耳ざとい人っていないわ。ホント、蚊のまつ毛が落ちるのさえもお聴きつけになるほどだったの。

 職の御曹司の西側に住んでた頃、大殿の新中将(源成信)が宿直で、お話なんかしてたら、側にいる女房が「この中将に扇の絵のことを言って」って囁くもんだから、「今に、あの方が座席をお立ちになったらね」って、すごくひそやかに小声で言ったのを、その女房でさえ聞こえないで「何です?何です?」って耳を傾けてくるっていうのに、大蔵卿は遠くに座ってて、「憎らしいね。そんなことおっしゃるなら、今日は席立たないですよ」っておっしゃったのは、なんでお聞き取りになれたんでしょ??って呆れちゃったの。


----------訳者の戯言---------

大蔵卿(おおくらきょう/おおくらのかみ)というのは、大蔵省の長官のことです。今で言うと財務省。で、トップは財務大臣ですから麻生太郎ですかね。
違います。
当時の大蔵卿は藤原正光という人で、ノンフィクション作家にいそうな名前ですが、中宮定子の父・道隆とは従兄弟の関係にあたる人でした。
正光、耳が良かったんですね。この前の声を聞き分ける人もそうですが、くだらないことに感心してます清少納言。無駄な能力かと思います。それに、蚊のまつ毛~のくだりは、上手いこと言うたった感があって、どうだかなーですね。それほど面白くもないと思います。

で、場所ですが、またもや職の御曹司の西面です。「職御曹司(しきのみぞうし)」というのは「職曹司」のこと。「中宮職」の庁舎をこう言いました。一般に「御曹司」は高貴な人の私室だそうです。これが転じてエエトコの子のことを「御曹司(おんぞうし)」と言うようになったらしいですが。
中宮職中務省に属する役所で、皇后に関する事務全般をやっていたところらしいです。

前にも書いたことがありますが、「長徳の変」のあおりを受け後遺症的に謹慎状態だった定子が、その謹慎期間が明けた直後、「職の御曹司」に長期滞在していた時期があって、その時のことのようです。


「大殿の新中将」は前段で登場した「成信の中将」と同一人物です。大殿(おおとの)というのは藤原道長のことで、その猶子(ゆうし)であった新しい中将、それが源成信であるということです。人の声が聞き分けられる人ですね。猶子っていうのは、義理の親子関係なんですが、一般には家督や財産とかの相続、継承を目的にはしないらしいです。その点で養子とは違っていて、子の姓は変わらず、仮親が後見人みたいな存在になるようです。お互いにメリットがあるので親子になる、という関係なのでしょう。

で、その成信。今回も登場はしましたが、特に何かをしているわけではありません。宿直でその場にいた、というだけですが、前回書いたとおり女子たちには人気で、憧れの存在ですから、女房からすると直に話しかけるのも照れくさい感じなんでしょう。
で、そんな時、成信サマにも大蔵卿の藤原正光にも聞こえないようにと女子同士でやりとりしてたヒソヒソ話。

あたかも終業時刻頃オフィスで「あの方が帰ったらね」と、課長が帰ってしまうのを待ちながら小声で話す課員のごとくです。それを聞きつけた大蔵卿・藤原正光。「おたくらなめてます?ワシ、帰らんもんね」としょっぱい対応されたと。

年齢的には藤原正光が40代のオッサン、源成信クンは二十歳前後のぴっかぴかイケメンですから、女子としては早くオッサン帰ってくれたら成信サマとみっちりお話しできるのにィ、って感じです。

「んもう、あのオヤジ耳よすぎー」という話でした。


【原文】

 大蔵卿ばかり、耳とき人はなし。まことに、蚊の睫(まつげ)の落つるをも聞きつけ給ひつべうこそありしか。

 職の御曹司の西面に住みしころ、大殿の新中将宿直にて、ものなど言ひしに、そばにある人の、「この中将に、扇の絵のこと言へ」とささめけば、「今、かの君の立ち給ひなむにを」と、いとみそかに言ひ入るるを、その人だにえ聞きつけで、「何とか、何とか」と耳をかたぶけ来るに、遠くゐて、「にくし。さのたまはば、今日は立たじ」とのたまひしこそ、いかで聞きつけ給ふらむとあさましかりしか。