枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

好き好きしくてひとり住みする人の

 色好みで独身の男性が、夜はどこに行ってたんでしょ? 夜明け前に帰って来て、そのまま起きてるから、眠そうな感じに見えるんだけど、硯を手元に持ってきて、墨をていねいにすって、何となく筆の進むままテキトーにとかじゃなく、気持ちを込めて手紙を書いてる、リラックスしてる風な姿もいかした感じに思えるわ。
 白い着物を重ね着した上に、山吹や紅なんかの上着を着てるの。白い単衣のすごく縮んじゃったのを見つめながら、書き終えたら、前にいる女房には渡さないで、わざわざ立ち上がって、小舎童子か気心の知れてる随身なんかを近くに呼び寄せて、何か囁きながら手渡しして、出てった後も長いこと外を眺めて、お経なんかのそれなりにいい所どころを、ひっそりと何気に読経してたら、奥の方にお粥、手水なんかを用意してすすめられるもんだから、入って行くんだけど、文机に寄りかかって書物なんかを見てるのよね。面白いのかな?っていうところは、声を大きくして朗詠してるのも、すごく素敵なの。

 手を洗って、直衣だけを着て、経典の六の巻をそらで読むの、本当に尊く聞こえてたんだけど、近い所だったのかな? さっき遣わせた使者が戻ってきて、それっぽいことをちょっと伝えたら、ふと読むのをやめて、返事のほうに気持ちを持って行かれるの。仏罰が下るんじゃないかしらって。でもいい感じなのよね。


----------訳者の戯言---------

好き好きし。
物好きな、という意味でよく使いますね。
風流な~、っていう意味もあります。趣味人とか、センスのいい人のことを言う時に使うこともありました。
そして、好色だ、いかにも浮気っぽい、女好き、という感じを表現する時にも使います。所謂、色好み=プレイボーイを形容する場合にも使うんですね。フィクションで言うと光源氏、実在の人物なら在原業平とかでしょうか。

で、全部当てはめてみたんですが、この段の場合は文脈から考えると、「色好み」。恋愛体質で、多情な男性というのが当てはまるかと思います。渡部ではないですよ。あの人は病的でもあります。依存症に近いかもしれませんし、仮にそうであっても、そうでなかったとしても、結婚すべきではない人ですよね。

いずれにしても、この段の彼は独身ですし、1万円で片づけませんし、LINE消すように言ったりしませんよ。むしろ、彼女の家から朝帰りして、眠くても、今の心境とか昨夜の思い出とかを和歌にして、それを手紙に書いてすぐ使者に持たせて、さっきまでいた彼女の元に送ります。当時の男性っていうのは、こうするのが礼儀っていうか、普通みたいなところもあったんですね。平安男子、さすがです。LINE消させるどころか、真逆ですよね。
そもそも、恋多き男は、結婚したらダメなんですよ。この段の男性は、それもわかってるんでしょうね。渡部、読んでるか? 読んでませんね。大島さんは読んでるかな?

で、彼女のところに遣わされた人。
小舎人童。貴人の雑用係の少年のことだそうです。
もしくは、随身=警護係です。今で言うSPとかボディガードですね、ざっくりと言うと。皇族貴族の外出時に警護のために随従した近衛府の官人ですから、公務員です。ただ、担当は決まっていたようですから、主従関係みたいなのはあったでしょうね。
木村拓哉のドラマ「BG~身辺警護人~」がコロナ明けでようやくスタートしましたけど、前のシリーズで江口洋介がやってたほうですね。警察、つまり公務員のほうがが基本SP=随身です。ですが、近衛府に属さないスタッフを個人が雇うこともあったようで、そうなるとこっちはBG、キムタクのやってる民間の警備会社のボディガード(BG)的なものになります。

金太郎っていますよね。童話というか伝説と言うか、auのCMにも出てくる、あの金太郎なんですけど、そのモデルになった人がいるらしいんですが、下毛野公時(しもつけののきんとき)と言います。平安時代中期の官人で、源頼光の家臣、後、藤原道長随身だった人なのだそうですね。余談でした。

「六の巻」というのは、結局、何の六巻なのかよくわかりませんでした。ググっても六巻以上ある本が多すぎて。そりゃ当たり前ですね。けど、よく読んでみると、読むのやめたら仏罰が下るっていうじゃないですか、で、お経だと思ったんですがいかがでしょうか。
しかしお経と言ってもね、「般若心経」「法華経」「維摩経」等々たくさんの経典があります。結局どれかよくわかりません。仏様の教えは同じなんですが、切り口というか、その教えの伝え方が違うんですね。今や日本国内にあるお経だけでも8万種類、と言われているほどなんだそうですよ。
ただ、ここではたぶん「般若心経」「法華経」「維摩経」「勝鬘経」のどれかではないかと思います、勘で。メジャーっぽいですからね。

「うちけしきばむ」というのも難解な語です。「うち」はよく見かけます、接頭語で、意味を強める感じで使うことが多いですけど、これも文脈から察する必要があります。「ちょっと」のときもあるし、「めちゃくちゃ」のときもあるし、「すっかり」みたいな時もあります。程度とかスピード感に差があるので要注意ですね。
「気色ばむ」は「怒った感じを現す、ムッとする」「意味ありげな態度を見せる」「それっぽい感じを現す」とかです。

恋多き男子で、結婚してない人の話です。「一人住みする人」とありますが、使用人はたくさんいるようですから、純粋な一人暮らしではないんですね。そこそこ高い身分の人なのでしょう。
やはり、例によって女性のところに通うんですが、朝帰って来たら、心を込めて、その余韻をしたためた手紙を送るんですね。まず、そういうのをテキトーにやらないのがいいんでしょう、清少納言的には。で、女性からその返事が来たら、読経そっちのけにして仏罰が下るかもしれないのに、返事のほうに気を奪われるところがまたいかしてる、と。やっぱりこれぐらい女性に気持ちのある男ってステキね、という段です。

まあ、言ってることわかります。方々に女性がいる「色好み男」なんですが、それはOKなんですね。別に一途である必要はないんですか。ジェラシーとかはどうですか。そうですか。むしろ重要なのは、それぞれの女性に心を尽くすことなんですかね。
源氏物語とか、まさにそんな感じですけど、女性の方の嫉妬みたいなものは描かれていたような気もしますし。ただ、この人一筋とか、あなただけ、とかっていうメンタリティは、今に比べると少し希薄だったのかもしれません。


【原文】

 好き好きしくて一人住みする人の、夜はいづくにかありつらむ、暁に帰りて、やがて起きたる、ねぶたげなるけしきなれど、硯取りよせて墨こまやかにおしすりて、ことなしびに筆に任せてなどはあらず、心とどめて書く、まひろげ姿もをかしう見ゆ。

 白き衣どもの上に、山吹、紅などぞ着たる。白き単衣(ひとへ)のいたうしぼみたるを、うちまもりつつ書きはてて、前なる人にも取らせず、わざと立ちて、小舎人童、つきづきしき随身など近う呼び寄せて、ささめき取らせて、往ぬる後も久しうながめて、経などのさるべき所々、忍びやかに口ずさびに読みゐたるに、奥の方に御粥、手水(てうず)などしてそそのかせば、あゆみ入りても、文机(ふづくゑ)におしかかりて書(ふみ)などをぞ見る。おもしろかりける所は高ううち誦じたるも、いとをかし。

 手洗ひて、直衣ばかりうち着て、六の巻そらに読む、まことにたふときほどに、近き所なるべし、ありつる使、うちけしきばめば、ふと読みさして、返りごとに心移すこそ、罪得らむとをかしけれ。

 

枕草子 上 (ちくま学芸文庫)

枕草子 上 (ちくま学芸文庫)