枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

川は

 川は、飛鳥川ね。淵と瀬がはっきりと定まってなくて、どうなっちゃうんだろって想像すると、しみじみしちゃいます。それと、大井川、音無川、七瀬川ね。

 耳敏川(みみとがは)は、これまた、何を小賢しく聞こうとしてるのかって名前がおもしろいわ。そして、玉星川。細谷川。

 いつぬき川、澤田川なんかは、催馬楽とかを思い起させるのよ。名取川はいったいどんな「名」を獲得したんだろうって聞いてみたくなるわね。それと、吉野川と。

 天の川原は、「たなばたつめに宿借らむ」と、業平が詠んだっていうのが好印象だわ。


----------訳者の戯言---------

渕瀬とは。淵と瀬のことだそうです。川の深くよどんだ所と浅くて流れの速い所、です。

催馬楽(さいばら)というのは、平安時代に流行った古代歌謡だそうで、元々は庶民の歌っていたものに、雅楽の伴奏を付けたのが貴族、皇族の間で愛好されるようになった、というものらしいです。
ここで出てきた川が歌われる催馬楽があったんでしょうね。

で、川の出てくる歌だったら今でもあると思って、ネットで調べてみました。
ほとんど演歌ですね。そうでなくてもだいたいは昔の歌です。「千曲川」「長良川艶歌」(いずれも五木ひろし)、「神田川」(かぐや姫)、「矢切の渡し」(ちあきなおみ/細川たかし他)、「四万十川」(三山ひろし)、「多摩川」(スピッツ)等々といった感じでしょうか。「矢切の渡し」というのは江戸川(東京/千葉)にある矢切という渡し(松戸市)の歌ですね。

で、綾世一美という演歌歌手の人が歌っている「音無川」という歌もありました。一応歌詞は読みましたが、当然この段で出てきた「音無川」とは全然関係ありませんでした。当たり前か。

「たなばたつめに宿借らむ」は在原業平(825~880)の古今集にある歌が出典です。

狩り暮らし たなばたつめに宿借らむ 天の河原に我は来にけり
(狩りをしてて、日が暮れてしまったので、織姫に宿を借りようか、天の河原に私は来てしまったようだからね)

詞書としては、こう書かれています。

惟喬親王の供に、狩りにまかりける時に、天の川といふ所の川のほとりに下りゐて、酒など飲みけるついでに、親王の言ひけらく、狩りして天の河原に至るといふ心をよみて、盃はさせといひければよめる

意味としては、惟喬親王の狩りのお供をして、天の川っていう川のほとりに行き着いた時に、親王が、「狩りをして、天の川の河原に行き着いたことをテーマにして、歌を詠んで杯にお酒を注いでよ」とおっしゃったことを受けて詠んだ歌、ってことです。

「たなばたつめ」は「棚機女」または「棚機津女」とも書くそうで、ここでは天の川に因んでますから、織姫のことだと考えられている、とのこと。
「天の川」は河内の国(今の大阪)にある歌枕で、生駒山を源流として今の大阪府の交野市、枚方市を流れて淀川に注いでいる川です。今は「天野川」の表記です。枚方市には天之川町があるし、交野市には今も天の川伝説があるようですね。

在原業平はご存じのとおり、一般に「色好み」であると言われている人です。「伊勢物語」の主人公ですね。ま、俗説なんですけれども。
六歌仙の一人であって、ま、よい歌をたくさん詠んだ人としても知られています。天皇の流れを汲む貴族で、しかも美形であったと、そして歌の才能もすごいと。モテないわけありません。福山より、斎藤工西島秀俊より、登坂広臣やキンプリより、もっとモテますね。
なんと生涯、契ったとされる女性は3733人だそうです。1日1人としても10年以上かかります。噂ですけどね。

ですから、「たなばたつめに宿借らむ」もちょっと艶っぽい感じがします。真意はわかりませんが。
で、この歌には返歌があります。同行していた紀有常ので、これがなかなかいいんです。

ひととせに ひとたび来ます君待てば 宿かす人もあらじとぞ思ふ
(年に一度来る彼氏を待ってるんだから、(その人以外に)宿を貸す相手はいないだろうと思うよ)

と、「まあまあまあまあ、キミキミ、彼女(織姫)にまでそれいく? そこはそれ、なんぼなんでも織姫はダメでしょ」って諫めてる感じです。まあ、歌の中の話なんで、お遊び感覚なんですけどね。
紀有常(815~877)は、ウィキペディアには、性格は清らかでつつましく、礼に明るいとの評判が高かった、と書かれています。で、実は義理の親子なんですね、この二人。紀有常の娘が在原業平正室となっています。結婚した時期はよくわからないんですが、年齢的に見てこのやりとりのあった頃(860年前後)に近い時代ではと思います。

で、余談ですが、今ちょうど桜のいい時季なので在原業平の代表的な歌を一つ。

世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし
(この世にまったく桜なんてものがなかったら、春もざわざわせずに平穏に過ごせるのになぁ…やっぱ桜には心がときめいてしまってしょうがないんだよね)

プレイボーイの業平ですから、桜=心惑わす女性、との見方もできそうです。が、当時の藤原氏の栄華と言うか、そういう物質的な、見かけの豊かさ(藤原氏)に対して、ちょっと引いてる感じにも取れます。詳細はここでは述べませんが、現に惟喬親王藤原氏の謀によって天皇に即位できていません。当時惟喬親王はまだティーンエイジャー、失意の中、河内に下って暮らしていたようです。その時にこの歌は詠まれました。先の「たなばたつめ」も同じ頃の作と言われています。業平はその親王の側近でしたからね。

他、在原業平の作品としては「ちはやふる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くゝるとは」というのが有名ですね。小倉百人一首にはこちらが撰入されていて、コミックやアニメでもおなじみ「ちはやふる」のタイトルにもなっています。そうそう、広瀬すずの実写版もありましたね。


ようやく本題です。
前の段でも書いたんですけど、飛鳥川以外は行ってないですね、清少納言。他のは名前からのイメージング作業です。それはそれでアリかもしれないし、私も似たようなことやってるわけですから否定はできないですけど、その割に何の説明もなく名前だけ書いてる川もあるんですね。
この段も臨場感はあまりないです。


【原文】

 川は 飛鳥川、淵瀬も定めなく、いかならむとあはれなり。大井河。音無川。七瀬川

 耳敏川(みみとがは)、またも何事をさくじり聞きけむと、をかし。玉星川。細谷川。

 いつぬき川、澤田川などは、催馬楽などの思はするなるべし。名取川、いかなる名を取りたるならむと聞かまほし。吉野川

 天の川原、「たなばたつめに宿借らむ」と、業平がよみたるもをかし。


検:河は