枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

滝は

 滝は、音無の滝がいいわね。布留の滝は、法皇が御覧にいらっしゃったらしくって、すばらしいわ。

 那智の滝は、熊野にあるって言われてて、それがしみじみといい感じ。轟の滝は、名前からして、どんだけやかましくて恐ろしいんでしょうかね。


----------訳者の戯言---------

音無の滝の所在については諸説あるらしいですが、おそらく京都にあった滝のようです。
京都の大原、今の三千院の近くにある滝だそうで、当時は三千院はまだ無かったわけですが、ま、今の三千院の背後にある小野山の中腹から帯状に静かに流れ落ちる幅3~4メートルの美しい滝、とのことです。もちろん私は行ったことがないのでよくわかりません。

そもそも京都にはあまり滝が無いようで、このように大原の裏山の小野山に滝があったので、それが有名だったんでしょう。当時から「音無の滝」と呼ばれていたようです。ですから、特にどんな滝とかという説明の必要もなかったんでしょうね。

今でもこの滝は「音無の滝」と呼ばれていて、観光案内なんかにも出てきます。しかし由来は、声明(仏教音楽)の天才的なプレイヤー、ボーカリストであった聖応大師(良忍上人)が声明の練習をした滝なのだと書かれているんです。

聖応大師という人が、稽古を重ねるに従って滝の音が音律に同調して音が消えて無くなり声明の声のみが朗々と聞こえるようになった(声明を滝の音で消されないよう呪文を唱えて水音をとめたとの説もあり)とかで、その伝説によって「音無の滝」と呼ばれるようになったということらしいんですね。

しかし実は、聖応大師は生年1072年~没年1132年の人なのです。枕草子が書かれてから70年以上後の人です。
ということは「音無の滝」は、このお坊さんの出現よりも先に名付けられていたということ。この方の伝説はもちろんあるのでしょうが、名前の由来とするのは、必ずしも正しくないような気がしますね。実は清少納言だけでなく、同世代の紫式部も「朝夕に泣くねを立つる小野山は 絶えぬ涙や音無の瀧」と詠んでいますから、ま、名前の由来はかなりもっと古いと考えていいでしょう。

ついでに紹介しておくと、

恋ひわびて ひとりふせやに 夜もすがら 落つる涙や 音無の滝(藤原俊忠
小野山の上より落つる滝の名は 音無にのみ 濡るる袖かな(西行

といった歌が残っていて、藤原俊忠は1073年~1123年なのでほぼ聖応大師と同世代、西行法師は1118年~1190年の人なので聖応大師よりは45、6歳くらい若いです。藤原俊忠が聖応大師の噂を聞いてすぐに「音無の滝」を詠むというのも不自然ですから、やはり前々から「音無の滝」の名はあったとするのが妥当でしょう。これが西行の時代くらいになると、聖応大師の逸話も聞いていたかもしれませんけれどね。

次に「布留の滝」です。
布留川の上流、桃尾山にある滝なので今は「桃尾の滝」と言われ、元々は「布留の滝」という名前だったようです。奈良県天理市滝本町にあります。しかし、法皇さまがいらっしゃったから、すばらしい、というのも何だかな―と思いますね。どんだけ権威主義的なんでしょう。文筆家として少しはプライドを持ってほしいものです。

那智の滝」は、言うまでもなく、今の和歌山県那智勝浦町にある、あの滝です。熊野というのは古来から人びとが畏敬の念を抱く神秘的な場所、聖地でもありました。ここで書いてるのは、那智の滝は、熊野にある、というのがプレミアムなんですね、ということです。そんなこと書いてもいいのでしょうか。これ逆に言うと、熊野になかったら普通じゃん、ということですからね。

轟の滝。原文に「かしがましく」とあります。漢字では「囂し」と書きます。はじめて見た字です。一生書くことはないでしょう。やかましい、うるさい、という意味だそうですね。なお、「轟の滝」の所在地はわかりませんでした。

文章から察すると、実際に清少納言が自分の目で見たのは、音無の滝だけのようです。あとは伝聞とか、名前からの想像なのでしょう。名前からの印象であれこれ論評する、清少納言に非常に多いパターンです。


【原文】

 滝は 音無の滝。布留の滝は、法皇の御覧じにおはしましけむこそめでたけれ。

 那智の滝は、熊野にありと聞くがあはれなるなり。轟の滝は、いかにかしがましく恐ろしからむ。

 

学びなおしの古典 うつくしきもの枕草子: 学び直しの古典

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