枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

名おそろしきもの

 名前が怖いもの。青淵(あおふち)。谷の洞(ほら)。鰭板(はたいた)。鉄(くろがね)。土塊(つちくれ)。雷(いかずち)は、名前だけじゃなく、めちゃくちゃ恐ろしいわ。暴風(はやち)。不祥雲(ふしょうぐも)。矛星(ほこぼし)。肱笠雨(ひじかさあめ)。荒野(あらの)等々。

 強盗は、すべてにおいて恐ろしいわ。濫僧(?)は、だいたい恐ろしいの。かなもち(?)も、また全体的に恐ろしいわね。生き霊(いきすだま)。蛇いちご(くちなわいちご)。鬼蕨(おにわらび)。鬼ところ。荊(むばら)。枳殻(からたち)。熬炭(いりすみ)。牛鬼。碇(いかり)は名前よりも実際に見ると恐ろしいのよ。


----------訳者の戯言---------

鰭板(はたいた)っていうのは、庇の両側や縁側の先端などに用いる板、あるいは、壁、塀などのの羽目板、となっています。端板とも書くようですね。この「鰭」、「はた」と読んでますが、今、普通に読むと「ひれ」です。魚のひれ。背鰭、胸鰭、腹鰭etc.いろいろあります。なぜ「鰭板」が恐ろしいのかわかりませんが。魚っぽいから気持ち悪いとでも、彼女はそう思ったんでしょうか。

土塊(つちくれ)は、土へんに鬼というのが怖いんでしょうか。

不祥雲(ふしょうぐも)というのは、悪いことが起こるの前兆の雲だそうです。

矛星(ほこぼし/戈星/桙星)というのは、北斗七星の第七星である破軍星のことという説があるそうですね。この星は北斗七星の先端にあたる星で、陰陽道ではその星の指し示す方角を万事に不吉としたらしい。そのあたりがコワさの理由でしょうか。

肱笠雨(ひじかさあめ/肘笠雨)というのは、にわか雨のことなんですね。急な雨で頭の上に肘をかざして笠の代わりにしなければいけないから、という言葉です。肘雨、肘笠などとも言うようです。私はなかなかいい感じの情趣のある和語だと思ったんですが、怖い感じありますかね。急な雨が怖いんでしょうか。
同じく、にわか雨のことを表す似た言葉に「袖笠雨」というのがあるそうです。これもまた風情のある言葉だと私は思いましたが。

「らんそう」というのは諸説あるようですが、「濫僧」であるとする説が強いようですね。濫は濫用の濫ですね。訓読みでは「濫り(みだり)」と書きますが、文字通りです。「特に権利、権限の行使について用いられ、ある権限を与えられた者が、その権限を本来の目的とは異なることに用いることをさすことが多い」という語ですから、お坊さん風だけど、あるいはお坊さんなんだけど、実態はそうじゃない人物、ってことですか。だとすると、まあ、怖い存在です。

「かなもち」も、結局よくわかりませんでした。金持ちのこと?と思って調べたんですが、かねもち、かなもち、的な言葉は当時なかったようです。鎌倉時代徒然草でもまだ「富める」「財多し」とか、大金持ちでも「大福長者」といった表現しかされてませんでした。ま、全部調べたわけでもないんですが。
ただ、金持ちが怖いというのはあるかもしれません。財産相続争いとか。

生き霊(すだま)です。源氏物語にも六条御息所の生き霊が出てきます。この方は嫉妬で人を殺しますからね、めちゃ怖いです。生き霊が恐ろしいと言うのはたしかによく聞きますね。TVとかでも霊感の強い人なんかは、死霊よりも怖いって言ってましたもんね。

鬼ところというのは、ヤマイモ科ヤマノイモ属の蔓性多年草とのことです。
「野老(ところ)」として、「恐ろしげなるもの」の段で出てきました。そこでは、焼けた「野老(ところ)」が恐ろしげだと表現されていましたが、こっちは「鬼」という言葉が付いているので、名前が恐ろしいんだと。野老、さんざんな言われようです。

鬼蕨(わらび)は、「伸びすぎて食べられなくなったワラビや、ワラビに似て食べられないヤブソテツやオオカグマなどのシダ類の総称」と「精選版 日本国語大辞典」にあったのですが、通称「鬼蕨」で、実際には「鬼日陰蕨」(イワデンダ科ヘラシダ属)というものもあるようです。こちらは独特の風味もあって美味しいらしい。

蕨というのは、スプラウトとしても美味ですし、蕨餅もおいしいですね。日本のスプラウトといえば、「もやし」「カイワレ」でしょうけど、昔々はこれが代表格でしょう。
ただ、平安時代に著された「和名類聚鈔」には黄菜(おうさい/さわやけ)=カイワレ大根も出ているらしいです。「さわやけ」とも呼ばれたそうです。なんかわかるーって感じの語感ですね。話がそれましたが。
話を戻せば、鬼蕨もただ、「鬼」が付いてるから、コワイんでしょうね。

荊(むばら)というのは、とげのある低木植物の総称だそうです。特に野性の薔薇(ばら)を言うことが多いようですね。トゲのある木ですから、そもそも恐ろしいです。人参木(にんじんぼく)のことを荊と言ったという説もあります。こちらはクマツヅラ科の落葉低木。昔、これで罪人を叩く杖やムチを作ったらしいですから、そのへんから怖い感じがあるのかもしれません。

枳殻(からたち)というのは、あの「からたち」です。柑橘の一つですね。枸橘とも書くようです。「からたち」というのは唐(から)から渡来した「橘」ということなのでしょう。トゲトゲがあったので怖いイメージがあったのでしょうか。橘(たちばな)自体は日本の固有種らしいですね。

橘といえば、右近橘、左近桜です。紫宸殿の両側にある例の木ですね。先日、私がdisった雛飾りでも、雛段の両側に花を飾ります。
間違えやすいのは、右近橘とはいうものの、向かって右に橘を飾ってはいけないということです。左大臣、右大臣の人形もそうなんですが、あくまでも帝から向かって右に橘、もちろん右に右大臣、となります。ちなみに左大臣と右大臣のどちらが上位の職位なんでしょうか。答えは左大臣。帝から見て左ということは東。太陽の上る東が上位、という考え方だそうですね。

またまた話が逸れまくりですが、からたち、ってなんか、歌とかで聞いたことあるなーと思って調べたら、ありました。「からたちの花」。作詞・北原白秋の童謡でしたね。あと、島倉千代子という歌手が「からたち日記」という歌を歌いました。この2つの記憶があったんですね。
「からたちの花」には「からたちのとげはいたいよ。靑い靑い針のとげだよ。」という一節があります。ちょっとコワイけど、全体的にはほのぼのとしています。そりゃ、童謡ですから。
「からたち日記」のほうは、歌詞を見てみると、初恋が実らない、ちょっと切ない感じでした。恐ろしい、などというイメージは微塵もありません。

熬炭(炒炭/いりすみ)です。炭ですから、暖を取るために使ったのでしょう。怖いのは熱すぎるから、灼熱な感じでしょうか、語感でしょうか、熬という文字からの連想でしょうか。

牛鬼(うしおに/ぎゅうき)は文字通り、牛の形をした妖怪だそうです。ウィキペディアには「西日本に伝わる妖怪。主に海岸に現れ、浜辺を歩く人間を襲うとされている。」とありました。たしかに、恐ろしいですけど、これ、ダイレクト過ぎませんか。

碇(いかり)は、錨です。エヴァゲリファンの方にとっては、碇といえばシンジです。もしくはゲンドウですね。また逸れました。錨、つまり船のアンカーですが、木と石を組み合わせたようなものだったらしいですね、まだこの頃は。詳しくはわかりませんが、その見た目が怖かったんでしょう。

というわけで、この段は調べものが多くて、なかなか読み進められませんでした。
名前が恐ろしいものと言いながら、途中でも、最後のほうとかも、実際に恐ろしいものがちょいちょい出てきてます。いいのか。


【原文】

名おそろしきもの

 名おそろしきもの 青淵(あをふち)。谷(たに)の洞(ほら)。鰭板(はたいた)。鉄(くろがね)。土塊(つちくれ)。雷(いかづち)は名のみにもあらず、いみじう恐ろし。暴風(はやち)。不祥雲(ふさうぐも)。戈星(ほこぼし)。肘笠雨(ひぢかさあめ)。荒野(あらの)ら。

 強盗(がうだう)、またよろづに恐ろし。らんそう、おほかた恐ろし。かなもち、またよろづに恐ろし。生霊(いきすだま)。くちなはいちご。鬼わらび。鬼ところ。荊(むばら)。枳殻(からたち)。いり炭。牛鬼。碇(いかり)、名よりも見るは恐ろし。

 

こころきらきら枕草子 ~笑って恋して清少納言

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  • 作者:木村 耕一
  • 発売日: 2018/07/31
  • メディア: 単行本