枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

日のいとうららかなるに② ~思へば船に乗りてありく人ばかり~

 思ってみたら、船に乗って移動する人ほどあきれるくらい恐ろしい(思いをする)者はないわ。適度な深さであっても、そんな頼りないものに乗って漕ぎ出していけるものじゃないわよ! ましてや底もわからずにもの凄く深いっていうのにね。荷物をすごくたくさん積み込んでるから、水際はたった一尺(約30cm)くらいしかないのに船のスタッフたちは全然怖いとも思わないで走り回ってて、ちょっとでも荒っぽいことをしたら沈んじゃうんじゃないかな?って思うんだけど、大きい松の木とかで2~3尺(約60~90cm)の丸太を5つ6つぽんぽんと投げ入れたりするのは恐ろしいわ!


----------訳者の戯言---------

「ありく」というのは、「歩く」と書いたんですけど、今よりは広い意味だったようですね。
外出する。訪問する。動きまわる。行き来する。といったいろいろな使われ方をしたようです。
広域に移動することを表し、人以外に動物、車、舟などでの移動にも用いられました。
では、一歩一歩、脚で歩くのはどう言うのか? これは「あゆむ」らしいです。
昔は「ありく(あるく)」と「あゆむ」が別々の意味で割ときっちりと分けられていたんですね。

「よろし」は、まずまずだ。まあよい。悪くない。適当。というぐらいのニュアンス。現代の「良い!」っていうのとは少し違うんですね。

千尋ちひろ)というのは「長さ・遠さ・深さが甚だしいこと」を言うそうです。
千尋と言えば、「千と千尋の神隠し」です。「鬼滅の刃」無限列車編が抜くまでは日本映画の1番だった映画ですね。湯婆婆(ゆばーば)が夏木マリだったり、かまじいが菅原文太というのは良く知られていますが、坊(ぼう)が神木クンだということは案外言われませんね。他にもいろいろやってるからでしょうか。声優としての神木龍之介はやはり「サマ―ウォーズ」です。「君の名は。」も主役でしたが「サマーウォーズ」ですね。夏になったら観たくなる。また全然関係のない話をしてしまいました。
「ぼうぼうと」っていうのはポンポンと、っていう感じですかね? 「ぼう」繋がりですね。違うかー。

下衆(げす)というのは、身分の低い者や卑しい者という意味で使いますが、場面によっては「使用人、下僕」のニュアンスも出てきます。ここでは船のスタッフたちのことでしょうか。


でっかい丸太を船の中に投げ入れるのは危ないのでやめてほしいですね。さすがに清少納言に同意。まじ怖いです。③に続きます。


【原文】

 思へば、船に乗りてありく人ばかり、あさましう、ゆゆしきものこそなけれ。よろしき深さなどにてだに、さるはかなきものに乗りて漕ぎ出づべきにもあらぬや。まいて、そこひも知らず、千尋などあらむよ。ものをいと多く積み入れたれば、水際はただ一尺ばかりだになきに、下衆どものいささかおそろしとも思はで走りありき、つゆ荒うもせば、沈みやせむと思ふを、大きなる松の木などの二三尺にてまろなる、五つ六つ、ぼうぼうと投げ入れなどするこそいみじけれ。