正月に寺にこもりたるは③ ~御あかしの~
仏壇のお灯明が常夜灯ではなく、内陣に別の人が奉納した灯明が恐ろしいくらい燃えてて、ご本尊がキラキラと輝いて見えるのは、とても尊くて、僧侶たちが手に手に願文を捧げ持って、礼盤で体をゆらゆら揺らしながら誓願をしてるんだけど、そんな風に全員で騒ぎ立てたもんだから、内容を一つ一つ取り出して聞き分けたりはできないけど、彼らが何とか絞り出してる声は、そうは言っても他の音に紛れずに聞き取れるわ。「千灯の御志(こころざし)は何がしの御ため」なんていうのは、わずかに聞こえるの。帯をちゃんと締めて拝み奉ってたら、「ここにお持ちしました」って、樒(しきみ)の枝を折って持って来たのは、香りなんかもすごく尊くって素敵なの。
----------訳者の戯言---------
内陣(ないじん)というのは、寺院の本堂内部で本尊を安置する場所だそうです。
礼盤(らいばん)とは、壇の前に据え、導師が着座して礼拝読経する仏前の高座のこととか。高さ約30cmの箱形の座席で、前には経机、右に磬(けい)、左に柄香炉を置くそうです。
磬というのは、中国古代の打楽器で、バチで打ち鳴らすものだそうす。鐘とかに近いんでしょうか。磬には2種類あって、「へ」の字形の石版が1個だけの「特磬」と、十数個からなり旋律を鳴らすことができる「編磬」とがあるそうです。日本では奈良時代以降、銅や鉄製の特磬を仏具に用いるようになったらしいですね。
原文の「かひろぎ」は「かひろく/かひろぐ(ゆらゆら揺れ動く)」の連用形です。
「ゆすり満つ」で、全員が騒ぎ立てる、全員が動揺する、という意味だそうです。
堂内の様子のレポートが続きますが、これといった事件はありません。それそろ何か起きてもいいはずなんですが、まださほどのことはありませんね。そろそろ次くらい、何か起こるでしょうか。
④に続きます。
【原文】
御あかしの、常灯にはあらで、内にまた人のたてまつれるが、おそろしきまで燃えたるに、仏のきらきらと見え給へるは、いみじうたふときに、手ごとに文どもをささげて、礼盤にかひろぎ誓ふも、さばかりゆすり満ちたれば、取りはなちて聞きわくべきにもあらぬに、せめてしぼり出だしたる声々の、さすがにまたまぎれずなむ。「千灯の御志(こころざし)は何がしの御ため」などは、はつかに聞こゆ。帯うちして拝み奉るに、「ここに、つかう候ふ」とて、樒(しきみ)の枝を折りもて来たるに、香(か)などのいとたふときもをかし。
検:みあかしの