枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

上の御局の御簾の前にて

 定子さまのお部屋の御簾の前で、殿上人が琴を弾いたり、笛を吹いたりして、一日中遊んでて。灯火(大殿油)を点けに来る頃になったんだけど、まだ格子は下げてなかったのに、灯りを点けちゃったもんだから、戸が開いてるのがはっきりとわかってしまって、定子さまが琵琶を立ててお持ちになっていらっしゃったの。紅色のご衣裳は、言葉にするのも尋常ではない袿(うちき)、また、張ってある衣(きぬ)なんかを、たくさんお召しになって、すごく黒くてつやつやした琵琶に袖をおかけになって、お持ちになっていらっしゃるだけでもかっこいいのに、その手元から額のあたりにかけてが、とっても綺麗で白くくっきり際立っていらっしゃるのは、他の物に例えようもないくらい素晴らしいのよ。近くに座ってた女房に近寄って、私が「顔を半ば隠してた、っていう人だって、定子さまのようにこんなに素晴らしくはなかったでしょうね。かの人は並みの身分の人でしたから」って言ったら、彼女は道もないところを人をかき分け参上して、それを申し上げてね、それを聞いた定子さまはお笑いになって、「あなた、『別れ』は、知っているかしら?」っておっしゃったのも、すごくいかした感じだったわ。


----------訳者の戯言---------

袿(うちき/うちぎ)というのは、「平安中期以後の貴族女性や女官の正装の一つで、表衣(うわぎ)の下に重ねて着た角形広袖の衣服」でした。内衣(うちぎ)、衣(きぬ) 、御衣(おんぞ)、重ね袿、ときには衵(あこめ)とも呼ばれ、その上に唐衣(からぎぬ)と裳を着けて正装としたそうです。

「顔を半ば隠して」というのが、よくわからないので、たぶん何かの故事かなんかだろうと調べました。さもありなん、今回はネットで案外簡単に見つかりましたよ!
出典は白楽天白居易)作の「琵琶行」という漢詩でした。

白居易は江州司馬に左遷され、失意のうちにあったんですが、その翌秋、波止場に人を送って、琵琶を弾く落ちぶれた長安のかつての名妓に出会い、彼女の弾く琵琶を聴き、その哀れな身の上話に、自らの悲しみを重ね合わせる、という内容の詩を表しました。これが「琵琶行」です。88句から成る七言古詩で、結構長いです。「長恨歌」とともに、後世の戯曲、小説、日本文学にも大きな影響を与えたとも言われ、西欧にも早くから紹介されたそうですね。

実は「琵琶行」の一節は「御仏名のまたの日」の段でも出てきました。なるほど、この詩はかなり有名な詩らしく、知識階級では常識的なネタだったんでしょう。私は知りませんでしたけどね。えへへ。
ま、当時漢文を習熟している女性というのは少なかったようですから、定子にしろ清少納言にしろ、これを何気にコメントに混ぜてくるっていうのが、スゲー!って感じなんでしょう。

「顔を半ば隠して」というのは「猶抱琵琶半遮面」(猶ヲ琵琶ヲ抱キテ半バ面ヲ遮ル=それでもまだ、琵琶を抱え込んで、半分顔を遮って隠すようにしている)という一節。

「並みの身分の人」というのは「琵琶行」の序にある一節「本長安倡女」(元々は、首都長安の倡妓で)からとっているようですね。

「別れ」というのは「別時茫茫江浸月」(別ルル時茫茫トシテ江ハ月ヲ浸ス=別れようとした時、果てしなく広がる潯陽江の水面に、月が沈もうとしていた)

ということでした。(たぶん)

清少納言が、琵琶を持った定子さまの様子を「琵琶行」の主人公の元・人気歌姫の佇まいよりもさらにステキ!彼女は並の身分の人だったし、とヨイショして、それを近くの女房に伝えさせたら、定子さまが「あなたは『別れ』は知ってるかしら?」とすぐさま呼応なさったのが、これまたステキ!って、前段に続いてまたまた大絶賛。もはや定番です。


【原文】

 上の御局の御簾の前にて、殿上人、日一日琴笛吹き、遊びくらして、大殿油(おほとなぶら)まゐるほどに、まだ御格子はまゐらぬに、大殿油さし出でたれば、戸のあきたるがあらはなれば、琵琶の御琴をたたざまに持たせ給へり。紅の御衣ども、いふ<も>[に]世の常なる袿(うちき)、また張りたるどもなどをあまた奉りて、いと黒うつややかなる琵琶に、御袖を打ち掛けて、とらへさせ給へるだにめでたきに、そばより、御額のほどの、いみじう白うめでたくけざやかにて、はづれさせ給へる<は、たとふべき方ぞなきや。近くゐ給へる>人[々]にさし寄りて、「『なか<ば>隠したり』けむ、えかくはあらざりけむかし。あれはただ人にこそはありけめ」といふを、道もなきにわけまゐりて申せば、笑はせ給ひて、「『別れ』は知りたりや」となむ仰せらるるも、いとをかし。

 

これで読破! 枕草子 上

これで読破! 枕草子 上