枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

殿上の名対面こそ

 殿上の「名対面」はやっぱりいかしてるわね。帝の御前に誰か人が侍っている時なら、すぐに名前を尋ねるのもいい感じ。たくさんの足音がして、大勢の殿上人が出てくんだけど、それを上の御局の東側で、耳に神経を集中させて聞いてたら、知ってる人の名前が呼ばれて、思いがけず、胸がキュンとしちゃうの。それから、最近はあんまり消息を聞けなくなってた人の名前を、この機会に聞いたりしたら、どんな気持ちになるでしょうね。「名前の言い方がいい!」「ダメね」「聞きづらいわ」なんて、批評するのも面白いわ。

 終わったようだって聞いてたら、滝口(警備係)が弓の音を鳴らし、靴の音をさせてざわざわと出てきて、蔵人がすごく大きな足音を立てて御殿の北東の隅の手すりのところで「高膝まづき」っていう座り方をして帝のいらっしゃる方に向いて、滝口に後ろ向きで「誰々はいるかな?」って尋ねてるのもいい感じね。呼ばれた滝口は、声高に、もしくはか細い声で名乗るの。で、人員が揃ってなかったら、名対面できない旨を帝に申し上げるんだけど、「どうしてなの?」って聞いたら、その理由を申し上げるの。蔵人はそれを聞いて帰るわけだけど、方弘はそれを聞かず、公達が事情をお教えになったんだけど、すごく腹を立てて、滝口を叱って責め立てたもんだから、滝口にまで笑われちゃったのね。

 台所の御膳棚(食器棚)に靴を置いてしまってて、あれこれ言われた時だって、気の毒に思って「誰の靴なんだろう、わかんないよね」って主殿司や女房たちは言ったんだけど、自ら「あれれ、方弘の汚いモノだ」って言って、もっと大騒ぎになったのよ。


----------訳者の戯言---------

名対面。「なだいめん」と読んだらしいです。代理で宿直する者を点呼すること。今の時刻で言うと夜9時頃に殿上の間で行われたそうです。が、天皇のそばにしかるべき人がいる場合は、殿上人がそちらに移って点呼が行われたらしいですね。この段で描かれてるのは、その様子のようです。

上の御局(うえのみつぼね)ですが、上局(うえのつぼね)に「御」がついたやつです。で、上の局というのは何かと言うと、帝のいらっしゃる部屋の近くに后、女御、更衣などの皇妃が与えられてた部屋だそうです。もちろん自室もあるんですが、も一個あったんですね、部屋が。清涼殿には弘徽殿と藤壺の二つの上局があったそうです。ここで出てきたのは弘徽殿らしいです。

知る人=知ってる人というのは、ま、知らない仲ではない人、のことではないかと思います。情を交わした人とか、好意を持ってる人とかかと思われます。

滝口というのは内裏の警備担当のこと。「うへに候ふ御猫は」の解説に少し詳しく書きましたのでご参照ください。

方弘というのは源方弘(みなもとのまさひろ)という人で、蔵人の一人だそうです。なかなかの天然キャラで枕草子の他の段にも登場しているようですね。「徒然草」における日野資朝のようなキャラクターでしょうか。ちょっと違いますか。

厨子所というのは台所のことらしいです。

主殿司(とのもづかさ/とのもりづかさ)については、「主殿司こそ」という段も少し前にありました。女性キャリアの仕事です。

最初は名対面のことを書いてたんですけど、実は源方弘のことのほうがもっと書きたかったんだろうなと思います。今的に言うと「人志松本のすべらない話」的なネタなんでしょう。ちなみにこの源方弘という人、感じとしてはおじさんぽく思えますが、このお話の当時、22歳ぐらいらしいです。意外と若いんじゃん、と思いました。


【原文】

 殿上の名対面(なだいめん)こそなほをかしけれ。御前に人候ふをりは、やがて問ふもをかし。足音どもしてくづれ出づるを、上の御局の東おもてにて、耳をとなへて聞くに、知る人の名のあるは、ふと例の胸つぶるらむかし。また、ありともよく聞かせぬ人など、このをりに聞きつけたるは、いかが思ふらむ。「名のりよし」「あし」「聞きにくし」など定むるもをかし。

 果てぬなりと聞くほどに、滝口の弓鳴らし、沓の音し、そそめき出づると、蔵人のいみじく高く踏みごほめかして、丑寅の隅の高欄に、高膝まづきといふゐずまひに、御前のかたに向ひて、後ろざまに、「誰々か侍る」と問ふこそをかしけれ。高く細く名乗り、また、人々候はねば、名対面つかうまつらぬよし奏するも、「いかに」と問へば、障る事ども奏するに、さ聞きて帰るを、方弘聞かずとて、君達の教へ給ひければ、いみじう腹立ち叱りて、勘(かうが)へて、また滝口にさへ笑はる。

 御厨子所の御膳棚(おものだな)に沓おきて、言ひののしらるるを、いとほしがりて、「誰が沓にかあらむ、え知らず」と主殿司、人々などの言ひけるを、「やや、方弘がきたなきものぞ」とて、いとどさわがる。

 

新編 枕草子

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