職の御曹司の西面の立蔀のもとにて③ ~立ち出でて~
すると頭の弁(行成)が出ておいでになり、「まったく余すことなく、全部見ちゃいましたよ」っておっしゃったもんだから、「則隆と思ってたから、油断してましたわ。どうして『見ない』っておっしゃっておきながら、そんなにじっくり見ちゃうのかなあ」って言ったら、「『女は寝起きの顔がすごくいい』って言うから、ある人の局に行って垣間見たんだけど、もしかするとあなたの顔も見られるかも、って思って来ちゃったんですよ。まだ帝がいらっしゃった時からいたんだけど、気づきませんでしたね」って。で、それから後は、局の御簾をくぐって入っていらっしゃるようになったの。
----------訳者の戯言---------
さて、結局、顔をしっかりと見られた清少納言。行成はこの日、意図的に顔を見に来ていたようですね。帝夫妻が突然やってきた日に重なっちゃったようです。
才覚はお互いに認め合っていて、藤原行成は清少納言姉さんを頼りにし、屈託なく押せ押せでアプローチしてきます。本気で彼女にしたいのか、それとも友人としての愛情表現なのか。そして清少納言は自分の容姿にコンプレックスを持ちながらも、悪い気もせず、行成の言動にときめく心隠せず。という展開。
しかし、結局は、簾の中で顔を合わす関係に。もちろん、これをもって男女の関係になったのかと言うと、その可能性はきわめて大だけど、確定ではないということで。仲のいい友人でしょ説、いやいややはり恋人同士説、両方あるようですね。
私は最終的にはそういう関係にはなったと思います。ただ、それが「恋仲」と言えるものかどうかはわかりません。
実はいろいろ調べていたら、これ、前半と後半で約3年くらいの差があるようなんです。つまり、帝と中宮が清少納言の部屋に突然やってきた日は実は前半の3年後くらいなんですね。だから、その間、清少納言と行成も一線を越えてはいないということ。しかも、それぞれの逸話を寝かしておいてから、後年まとめて執筆し、あえて公表しているわけです。このへん含めて考えると、案外舞い上がってもなく客観的に捉えていて、「気持ち」としては、仲のいい友人関係におさまってるのかな、という気もします。
また、上の様なある意味わかりやすいストーリーの中にあって、「論語」「史記」「白子文集」「九条殿遺誡」「万葉集」といった和漢両方の古典から引用した言葉を随所にちりばめてきます。もちろん、実際に言った言葉なんでしょうけど、こうした行成と清少納言のやりとりは当然、両者の教養レベルが揃っていないと成立しないし、お互いにそうした知的な遊びのパートナーである、ということも確かに表現されていますね。つまり、私たち二人ってこんなにインテリジェンスに富んでるのよ、的な趣の話でもあるのです。
さらに。もっと穿った見方をすると、すでに35歳を超えた清少納言ですから、あえてうぶうぶなラブストーリーに絡めて博識自慢してくるということだって、なくはないでしょう。高度ですね。あざといですね。秋元康じゃあるまいし。それはないですか。
ま、もっと単純に、お姉さん的存在ながら意外とかわいい清少納言と、年下で世間からは面白みのない男子と思われてる藤原行成のときめきストーリー。少女漫画か!?と思うようなお話。じゃれ合っているのか?とさえ、思って読むほうが、楽しいには違いありません。
しかしこの段、いろいろな読み方ができて面白かったです。長かったですけどね。
【原文】
立ち出でて、「いみじく名残なくも見つるかな」とのたまへば、「則隆と思ひ侍りつれば、あなづりてぞかし。などかは、見じとのたまふに、さつくづくとは」といふに、「『女は寝起き顔なむ、いとか<た>き』といへば、ある人の局に行きて、かいばみして、またも見やするとて来たりつるなり。まだ上のおはしましつる折からあるをば、知らざりけり」とて、それより後は、局の簾うちかづきなどし給ふめりき。
枕草子―付現代語訳 (上巻) (角川ソフィア文庫 (SP32))
- 作者: 清少納言,石田穣二
- 出版社/メーカー: 角川学芸出版
- 発売日: 1979/08/01
- メディア: 文庫
- 購入: 1人 クリック: 43回
- この商品を含むブログ (9件) を見る