枕草子を現代語訳したり考えたりしてみる

清少納言の枕草子を読んでいます。自分なりに現代語訳したり、解説したり、感想を書いています。専門家ではないので間違っていたらすみません。ご指摘・ご教授いただけると幸いです。私自身が読む、という前提ですので、初心者向けであって、何よりもわかりやすい、ということを意識しているのですがいかがでしょうか。最初から読みたい!という奇特な方は「(PC版)リンク」から移動してください。また、検索窓に各段の冒頭部分や文中のワードを入れて検索していただくと、任意の段をご覧いただけると思います(たぶん)。

にくきもの② ~ものうらやみし~

 他人を妬み、自分の身の上を嘆き、他人の噂話をして、些細なことも知りたがり、聞きたがり、それも教えてあげなかったら逆恨みして、人を非難して。で、ちょっとだけ聞いて知ったことを、自分が前から知ってたことみたいに人に話して聞かせるの。それも、すっごく憎たらしいわね。

 話を聞こうとしたら泣いちゃう小っちゃい子ども。カラスが集まって飛び回って、騒がしく鳴くの(も嫌だわ)。

 こっそりとやって来る人を覚えてて吠える犬。人に見つかっちゃうと困るところにあえて招いた男が、いびきをかいて寝ちゃうの(も憎ったらしいものだわね)。

 それから、こっそりやって来るところに長烏帽子をかぶって来て、さすがに他人には見えないように気をつけながら入っては来るんだけど、烏帽子が物につっかえて、音を立てちゃうの(もヤだ)。伊予簾なんか掛けてるのに頭がつっかえて、サラサラ、音を鳴らすのも、すごく憎ったらしい。帽額が付いた簾は、ましてや、こはじを床に置く時の音がすっごく響くんです。それだって、そっと引き上げて入ったら、そんなには鳴らないのに。引き戸を荒っぽく開けるのも、めっちゃ見苦しいよね。ちょっと持ち上げるように開けたらそんな鳴るかなぁ。(鳴らないでしょ!)雑に開けるから、障子なんかもゴトゴトって音を立てるのよ!

 眠たいな、って思って横になってる時、蚊が細くか弱い声で鳴いて、顔のところに飛び回るの、そして小っちゃい身体なりに羽風だってあるの、すっごく憎ったらしい。

 ギシギシ軋みがある車に乗って出かける人。耳が聞こえないんじゃ?って、めっちゃムカつく。自分がそんな車に乗ったら、その車の持ち主だってヤな感じに思えちゃうわ。

 また、お話ししてる時に、前に前に出てきて一人しゃべくりまくってくる人ね。何でもかんでも、でしゃばってくるのは、子どもだって大人だって、めちゃくちゃ腹立つわぁ。ほんのちょっと来た子どもに目をかけて、かわいがって、カワイイものをあげたりとかしたら、なれなれしくなっちゃって、いつも入りびたって、部屋の中を散らかしちゃうのもすごくヤなのね。


----------訳者の戯言---------

「あながちなる所」って何?と思いましたので調べてみました。

「あながちなり」という形容動詞なんですが、漢字で書くと「強ちなり」だそうです。今まで知りませんでしたが。字を見るとなんとなく想像できます。意味は「身勝手だ」「強引だ」とか「ひたむきだ」「一途だ」あるいは「はなはだしい」「ひどい」という使い方もあります。

となると、「あながちなる所=あえて無理やりの所」となりますでしょうか。その後「隠しふせたる人」と続きますから「無理やり押し込めた所」とか「強いて招き入れた所」ということでしょうか、私もよくはわからないので、今回は他の訳文をいくつか見てみたところ、はたして「あながちなる所に隠しふせたる人」で、「人に知られてはたいへんなことになる場所に招き入れ一緒に寝た男」という意訳が主流でした。
ちょっと古いネタで恐縮なんですが、矢口真里の例のアレみたいな感じですか。違いますか。

伊予簾。「伊予国上浮穴(かみうけな)郡露峰(つゆのみね)産の篠竹で編んだ上等のすだれ」とコトバンクに書いてありました。「うちかづく」というのは漢字では「打ち被く」と書くそうです。かぶるとか、頭の上にのせるっていうのが本来の意味、ってか、ここでは、頭が簾にかかって被ったような感じになる=簾をくぐるってコトでしょうけど、その時に出るサラサラって音が嫌だったってことでしょうね。

帽額(もかう)の簾というのは、帽額の付いた簾ってことなんですけど、帽額って何ぞや?
調べてみました。御簾をかける時、上側の長押に沿って横に幕を張るらしいんですね。その幕が「帽額」です、はい。

「こはじ」は漢字で「木端」です。簾をロールアップする時に芯にする細長い板、だそうですよ。すだれの下端の部分なんでしょうね。

「こほめかす=ごとごと音を立てる」「ほとめく=ほとほと音を立てる」という意味ですから、「こぼめかしうほとめく」で、「ごとごとほとほと」と音を立てるっていうことなんでしょうね。ま、訳文として「ほとほと」は余計かもしれませんが。

蚊の鳴き声については、まさに「あるある」です。これはさすがに今も昔も同様ですよね。昔はノーマットも無いから余計ですね。

「さいまぐる」は「先まぐる=さきまぐる」の音便変化のようです。意味は差し出がましい行いをする、ってことですね。よく言う「前に前にでしゃばってくるヤツ」というニュアンスでしょうか。ガツガツ感がハンパ無い人。いますいます。

あからさまに。「急に、いきなり」「ほんのちょっと」「明らかに」みたいな意味があるそうですが、ここでは「ほんのちょっと」です。
大人をなめてつけあがってくる子ども、嫌いみたいですね。

一連の文章からもわかるとおり、この人、音に厳しいです。特に、男性が通って来る時の不用意な音ですね。気持ちはわからなくもないですが、「おたくらさぁ、こっそり来なきゃならんはずなのに、でかい音立てて来んなよナ、ボケが」っていう結構強いメッセージ発してます。言葉が悪いですか、すみません。

「にくきもの」は、大人の人以外、カラス、犬、蚊、子どもなどにも及びます。この辺は、屈託がないというか、清少納言の感情というか、本音そのまんまが出ていますね。


【原文】

 ものうらやみし、身の上嘆き、人の上言ひ、つゆ塵のこともゆかしがり、聞かまほしうして、言ひ知らせぬをば怨じ、そしり、またわづかに聞き得たることをば、我もとより知りたることのやうに、こと人にも語りしらぶるも、いとにくし。

 もの聞かむと思ふほどに泣くちご。烏の集まりて飛びちがひ、さめき鳴きたる。

 忍びて来る人見知りてほゆる犬。あながちなる所に隠しふせたる人の、いびきしたる。

 また、忍び来る所に、長烏帽子して、さすがに人に見えじと惑ひ入るほどに、物につきさはりて、そよろと言はせたる。伊予簾など掛けたるにうちかづきて、さらさらと鳴らしたるも、いとにくし。帽額の簾は、まして、こはじのうちおかるる音、いとしるし。それも、やをら引きあげて入るは、さらに鳴らず。遣戸を荒く閉て開くるも、いとあやし。少しもたぐるやうにして開くるは鳴りやはする。あしう開くれば、障子なども、こぼめかしうほとめくこそしるけれ。

 ねぶたしと思ひて臥したるに、蚊の細声にわびしげに名のりて、顔のほどに飛びありく、羽風さへその身のほどにあるこそ、いとにくけれ。

 きしめく車に乗りてある者。耳も聞かぬにやあらむと、いとにくし。わが乗りたるは、その車の主さへにくし。

 また、物語するに、さし出でして我一人さいまぐる者。すべてさし出では、童も大人も、いとにくし。あからさまに来たる子供、童べに見入れ、らうたがり、をかしき物取らせなどするに、ならひて常に来つつゐ入りて、調度うち散らしぬる、いとにくし。


検:にくきもの

 

 

桃尻語訳 枕草子〈上〉 (河出文庫)

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